異世界異聞録(仮)
人工電子頭脳『エデン』が世界統一を果たして一世紀。機械科学の進んだこの世界は全ての意思をエデンに委ねた、歪んだ世界。
俺はそんな世界で生きている。いや、生きていたと言った方がいいかもしれない。
坂谷晴樹、元エデン学園アジア支部高等三年軍部科所属。それが俺の前にいた世界での身分だった。俺のいた軍部科はその名の通り、将来優秀な軍部の人材育成に特化した学科だった。その実践訓練中に俺は何故か異世界への扉をくぐり、エデンとは平行世界でありながら、全く別の文明を築き上げた異世界『メアルジア』に来ていた。
メアルジアは機械科学の進んだエデンでは空想とされた魔法が主流の世界で、初めのころ俺は戸惑ったもんだ。そんな俺に手を差し伸べてくれたのはこの世界でどこの国にも属さない遊牧の民、エレスタの民だった。
そこの族長から聞いた話では過去に何度か俺みたいに異世界からの来訪者はいたそうだ。エレスタの民にこのメアルジアの世界を守護する神子の一人、カノンはここに来た何人かは自分の世界に帰った、とのこと。しかしながら、どうやって元の世界に帰るかは解らないといのだから、俺はお手上げ状態なわけだ。
ならいっそのこと、この世界を楽しめばいいのだと開き直ってエレスタでお世話になって早二ヶ月。俺は元気です。
俺の一日は早朝に遊牧している牛やらから乳しぼり。これは慣れたら結構楽しかったりする。そして朝食の後メアルジアに来てから始めた剣術を族長の息子であり、このエレスタの戦士でもあるドゾイさんから教わる。エデンにいた頃俺は狙撃手だったわけで、剣術はからっきし駄目だった。が、俺も男だ、これきしと必死こいて何とか様にはなったようだ。午後は馬を借りて遠乗りに出たり、族長やカノンから魔法やらこの世界の成り立ちを聞いて勉強する。
ここに来て感じるのは、なんてここが『自由』なんだということ。国に入れば勿論法律があり、エレスタでも掟がある。しかし、エデンのように全てを機械に委ね意思や思想でさえも支配されたあの世界の異常さがこうも浮き彫りになるとは。いや、俺もうすうすは感じていたんだ。ただ、それまでの思想教育やらで俺の意思すらあって無いようなものだったんだろう。
「ハルキ」
「おう、シンア」
座って景色を眺めていた俺を呼ぶ声のする背後を振り返ればそこにはシンアの姿だ。シンアはエレスタでも俺と歳も近い為か、直ぐに仲良くなった青年だ。褐色とまではいかないが、健康的に焼けた肌色に金髪と青い瞳。髪と瞳はエデンの西洋人と似通っているが、それがエレスタの民の特徴だそうだ。
シンアは背中まである長髪を後頭部で一纏めに結っている。顔だちもすっきりとしているからエデンではモデルにでもなれそうだ。
俺にとっては男でも髪が長いことが珍しかったが、メアルジアでは左程珍しくもないそうだ。
「お前は此処が好きだな。此処に来てから良く来ている」
「まぁな。この丘は此処ら一帯の草原が見渡せるし、いいところだ」
シンアはそう言いながら俺の隣に腰掛ける。俺たちはしばし無言で夕日によってオレンジ色に輝く草原を眺めた。
一週間前に此処に移ってきてから馬を走らせ見つけたこの場所は、今俺たちが居を構える場所から馬で五分ほどしたところにある小高い丘の上だ。秘密の場所というわけでもないからこうして時折シンアや他の仲間とも来る。
「・・・そろそろ戻った方がいい。風が雨を運んでくるそうだ」
「流石風使い。便利だな」
ここに来て驚いたのは魔法と精霊の存在だった。魔法は自然界の精霊の力を借りて発動させるそうだ。その為に術師は自分の得意とする属性の精霊との意思疎通が欠かせない。精霊は基本人が好きのようで、こうして術師に話しかけてくるそうだ。
「ハルキにもきっと聞こえるようになる。族長もカノン様も仰ってたことだしな」
「そうなるといいけどな」
俺たちは立ち上がり後ろの木に繋いでおいた馬に跨り、その場を後にした。
カノン曰く、俺も魔法は使えるらしい。まだこの世界に体が馴染んでいないため、精霊の姿も声も聞こえないが、いずれは精霊との意思疎通が可能になるとのこと。それなら是非風の魔法で空を飛んでみたいものだ。空軍の戦闘訓練で戦闘機には乗ったことはあるが、空を自由に堪能したことは無かったからな。
よって俺が魔法が使えるようになった時の目標は空を自由に飛ぶこと。・・・あれ、どっかで聞いたことのあるフレーズだがいいか。
坂谷晴樹。異世界でも元気です。
どうも、野々村です。連載ほったらかしてちょっと浮気作品。この『異世界異聞録』は『俺と~』と同時期に構想を練っていた作品でして、長編作品なんですが、今回は短編での投稿となります。
いつか長編として再投稿できたらなぁと考えております。
感想がありましたらお気軽にどうぞ!