家庭教師ロボット :約1500文字 :SF :ロボット
とある大きな屋敷。インターホンの音が鳴ってから数十秒後、重厚な門扉の横に備え付けられたモニターがぱっと点灯し、『はあい』とどこか間延びした女の声がスピーカーから響いた。
「……あ、ドーモ! ワタクシ、本日ご用命を承りました、家庭教師のタナカと申します!」
『あらあら、どうもお』
「ワア! なんと、お綺麗な奥様! ワタクシをお選びいただき、誠に至極光栄でゴザイマス!」
『あらあら、うふふ。さあ、挨拶はそのくらいにして、どうぞお入りくださいな』
モニターから光がふっと消え、同時に門が音もなくゆっくりと左右に開いた。家庭教師はぎこちない動きで敷地の中へと足を踏み入れた。
あらゆる業種でロボットが活躍している現代。医療や介護、物流、建築といった分野に続き、急速に勢いを増したのが教育業界である。家庭教師サービスや学習塾はこぞって高性能AI搭載ロボットを導入し、『業界最速!』『最新人工知能モデル採用!』などといった宣伝文句を掲げ、顧客の奪い合いを繰り広げていた。
この家もまた、その流れの中で新たな家庭教師を招き入れたのだった。
「さあ、息子の部屋はこちらですよ」
夫人に出迎えられ、スリッパに履き替えた。広々とした大理石の玄関ホールを抜け、階段を上がる。赤いカーペットの廊下をどこか遠慮気味に進む。
「イヤア、立派なお宅で……。ハハハ、少々緊張してしまいますねえ。奥様もモニター越しで拝見するより、ずっとお綺麗だ」
「うふふ、冗談も言うんですね」
「いやいや、とんでもない。スベテ本心でゴザイマス。はははは」
家庭教師は大きく肩を揺らした。
「うふふ。ここが息子の部屋です。では先生、よろしくお願いしますね」
「ハ、ハイ!」
家庭教師は勢いよく頭を下げ、夫人の背中を見送った。
そしてドアへ向き直ると、一度ネクタイを整え、控えめにノックした。
返事を確認すると、家庭教師は意気揚々とドアを開けて中へ入っていった。
それから数時間後――。
「ママ……」
「ん、なあに」
リビング。ソファに深く身を沈めた夫人は、手元のタブレットを指でなぞりながら、気のない返事をした。
「あいつ、てんで駄目だったよ」
嘲笑と苛立ちが混ざり合った響きに、夫人は小さくため息をついた。
「なあに、またなの? もう、他に家庭教師サービスはほとんど残ってないわよ」
「だって馬鹿なんだもん。話しててイライラするんだよ」
「もう、どうしましょ……。最新式のは全部試して駄目だったから、ここにお願いしたのに。あなたも少しは妥協――きゃあああああ!」
息子のほうへ顔を向けたその瞬間だった。鋭い悲鳴がリビングに響き渡った。
タブレットが手から滑り落ち、床に鈍い音を立てた。
夫人はゆっくりと立ち上がろうとした。が、膝が震えてぐらりと身体が傾き、どうにかソファの肘掛けを掴んだ。
「あ、あ、あ、あなた、そ、それ、ど、どうしたの……!」
「これ? ああ、あいつのオイルだよ。くせえの」
「お、オイル……? で、でも、あれ、人間よ……? 人間の家庭教師よ……?」
「えっ、人間? でもあいつ、これまでで一番ロボットみたいだったよ」
血まみれの息子はうんざりといった様子で、深いため息をついた。




