第25話 地獄の果ての楽園と、欲にまみれた招かれざる客
最下層、アビス。
そこは本来、光すら絶望に染まる、人類未踏の死地である。
その紫色の瘴気が渦巻く荒野を、足を引きずりながら進む一団があった。
「……はぁ、はぁ……クソがっ! なんだって、こんな……っ!」
悪徳クラン『黒い毒蛇』の精鋭部隊。そのリーダーであるバルカスは、ボロボロになったS級の鎧を叩きつけ、毒づいた。
彼らは地上の配信でルミナが映し出した「極楽ログハウス」と、そこにある「未知の超高級素材」の利権を奪うべく、クランの全財産を投じて強引に最下層まで降りてきたのだ。
だが、現実は甘くなかった。
最下層へ至る道中で、数千万ゴールドもする高価な使い捨て魔道具を使い果たし、副リーダーを含む精鋭の半分を失った。今や全員が満身創痍。回復薬も底をつき、食料もなく、精神は崩壊寸前だった。
「リーダー……もう限界です。ここが本当に最下層なら……俺たちは、ここで野垂れ死ぬんじゃ……」
「黙れ! 配信を見たろ!? あの女と、あの冴えないおっさんは、ここで優雅にピザを食ってたんだ! そこに行けば、食い物も、宝も、全部俺たちのものだ!」
バルカスは血走った眼で、瘴気の向こうを睨みつけた。
強欲。それだけが、彼らを死地で動かす唯一の燃料だった。
その時。
紫色の霧が、ふっと薄くなった。
「……おい、あれを見ろ」
部下の一人が、震える指で前方を見つめた。
一同の視線の先に現れたのは、悪夢のようなアビスの絶景の中に、ぽっかりと浮かび上がる『異界』だった。
温かみのある木の質感。
美しく磨き上げられた黒曜ガラスのサンルーム。
そこから漏れるのは、この世のものとは思えないほど優しく、穏やかなオレンジ色の光。
そして、風に乗って漂ってきたのは——。
「……肉? 焼いた、肉の匂いか……?」
「馬鹿な。コーヒーだ。それも、最高級の豆を挽いたような……」
彼らがこの数日間、泥水をすすり、魔獣の死肉をかじって生き延びてきた地獄。その最果てにあったのは、あまりにも場違いな『究極のリゾート』だった。
***
「——というわけで、午後の配信は、ケントさん特製の『ドラゴン肉のローストビーフ』を食べながら、まったり雑談していくよー!」
ログハウスのウッドデッキ。
ルミナは、新調されたばかりのゲーミングチェアに体を沈め、ホカホカの湯気を立てるローストビーフをカメラに向けていた。
『出たあああ! 昼から贅沢すぎるだろ!』
『ルミナちゃん、顔色が良くなりすぎてて笑う』
『救出部隊が泣いてるぞww』
コメント欄が盛り上がる中、ケントはサンルームの隅で、新しい『からくり警備システム』の最終調整を行っていた。
「よし、これで『害獣駆除』の設定は完了だな。からくりバルブの感度も良好だ」
「ケントさん、また何か物騒なもの作ってるんですか?」
ルミナが笑いながら尋ねると、ケントはタオルで額の汗を拭きながら振り返った。
「いや、ほら。最近、黒曜竜みたいな大きなトカゲが迷い込んできたりするだろ? 配信中に邪魔が入っちゃいけないからさ。敷地内に不審な動きがあったら、自動で空気圧式の捕獲ネットが飛ぶようにしておいたんだ」
ケントにとって、それはあくまで『ハエ叩き』や『ネズミ捕り』と同じ感覚の、生活を守るためのDIYだった。
——その時。
「おい、そこをどけ!! 汚ねぇ手を上げろッ!!」
耳を裂くような怒声と共に、ログハウスの結界(ケントが目隠し用に貼った防音カーテン)を強引に引き裂いて、数人の男たちが乱入してきた。
ルミナは悲鳴を上げて立ち上がり、ドローンカメラが咄嗟にその侵入者たちを映し出す。
『!? 誰だこいつら!』
『探索者? でも、なんかすごくガラの悪い……』
『あれ、悪徳クラン「黒い毒蛇」の連中じゃないか!?』
現れたバルカスたちは、ログハウスの内部を一瞥した瞬間、そのあまりの豪華さと快適さに、怒りと嫉妬で顔を歪めた。
「はっ……ははっ! 本当にありやがった! 噂通りの宝の山だ!」
バルカスは足を引きずりながらも、凶悪な笑みを浮かべて剣を抜いた。
彼の目には、震えるルミナと、作業着姿でキョトンとしている冴えないおっさん(ケント)しか映っていない。
「おい、そこの作業着。この家と、その女と、宝の素材……全部置いて、今すぐ消えろ。さもなきゃ、その首をここで落とすぞ」
死線を越えてきたプロの探索者の殺気。
だが、ケントは恐怖に震えるどころか、困惑したように眉をひそめた。
「えっと……どちら様ですか? ここ、一応『私有地』なんですけど。建築確認、取ってないですよ?」
「あぁん!? 誰が地主だとか関係ねえんだよ! ここはダンジョンだ。強い奴が全部奪う……それがルールだろ!」
バルカスが叫び、部下たちが一斉に獲物を構える。
彼らは気づいていなかった。
自分たちが今立っている場所が、一級建築士ケントによって「ミリ単位で計算された絶対防衛区域」であることに。
そして、ケントの足元にある『からくりスイッチ』が、既に作動していることに。
「はぁ……。最近の『害獣』は、言葉を喋るタイプもいるのか。困ったな」
ケントが溜め息をつき、ぽんとスイッチを足で叩いた。
「ルミナちゃん、危ないからサンルームの中に避難して。……今からちょっと、『大掃除』を始めるから」
その瞬間。
ログハウスの庭全体が、シュゥゥゥ……という空気圧の音と共に、巨大な「罠」へと変貌した。
暴力で全てを奪おうとした傲慢な探索者たちが、現代の「設計・施工」の粋を集めたDIYトラップの前に、なす術もなく粉砕される『無自覚ざまぁ』の幕が開けたのである。
次回(第26話)は、本日【21:10】に更新予定です!
救出部隊を犠牲にして最下層へ乗り込んだ極悪クラン。しかし、おっさんが仕込んだ『全自動・迎撃システム?』が彼らを待ち受ける……!?
おっさんによる、圧倒的ざまぁをお楽しみに!
「続きが気になる!」「おっさん頑張れ!」と思っていただけましたら、
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