第12話 最下層に建つ、場違いすぎる『極楽リゾート』
「……えっ……? 嘘、でしょ……?」
人類未踏の絶対死地、ダンジョン最下層。
その禍々しい紫色の水晶の影にひっそりと佇んでいたのは、温かみのある木目が美しい、巨大でモダンな『ログハウス』だった。
ただの山小屋ではない。
周囲のゴツゴツした岩場は、まるで高級別荘地のように平らなタイル状に舗装されている。
ハウスの前面には広大なウッドデッキが張り出し、そこにはオシャレなローテーブルと、真っ白な特大のビーズクッションが並べられている。
さらにログハウスの横には、湯気を立てる巨大な木製の露天風呂まで併設されており、そこから極上のヒノキの香りが漂ってきていた。
死の恐怖と痛みに耐え続けていたルミナの脳は、ついに幻覚を見せ始めたのだと、彼女自身が納得しかけた。
しかし、ドローンカメラを通じて流れる生配信のコメント欄は、彼女とは別の視点でパニックを起こしていた。
『は? 待て待て待て待て! おかしいだろ!!』
『アビス(最下層)にログハウスだと!?』
『幻覚じゃない! 俺の画面にもはっきり映ってるぞ!』
『おい、建築関係の仕事してる俺にはわかる。あのログハウスの黒光りしてる基礎部分……Sランク魔獣【デス・スコーピオン】の甲殻だぞ!!』
『はあああ!? それを建材にしてるってこと!?』
『待て、ウッドデッキの横に積まれてる薪みたいなやつ、Aランクの魔獣の骨だぞ! なんであんな綺麗にカットされてんだよ!』
視聴者の大混乱を代弁するように、ルミナはよろよろとウッドデッキの方へ歩み寄った。
「ここは……天国……?」
限界を迎えている右足を引きずり、ログハウスの敷地——綺麗に舗装された石畳の上に一歩足を踏み入れた、その瞬間だった。
「あっ……」
ルミナは奇妙な感覚に包まれた。
ダンジョン最下層特有の、底冷えするような寒さと、肌にへばりつくようなねっとりとした湿気。
それが、このログハウスの周囲数十メートルだけ、完全に遮断されているのだ。
「あったかい……。息が、しやすい……」
まるで初夏の高原にいるかのような、適温で爽やかな空気が、ボロボロになったルミナの体を優しく包み込む。
それは、ダンジョン・コアたる精霊が権能によって書き換えた『絶対安全領域』の力であり、さらにケントが魔石で構築した全自動空調システムの恩恵だった。
『なんだあの空間……ルミナちゃんの周りだけ、空気の歪みがないぞ?』
『結界でも張ってあるのか?』
『ルミナちゃんの顔色が急に良くなってきた!』
『っていうか、後ろの風呂からマジで温泉の湯気出てるじゃんww』
死地における、あまりにも異常で、過剰なまでの『快適さ』。
ルミナは緊張の糸が完全にプツリと切れるのを感じた。
「あ……ぅ……」
右足の激痛がぶりり返し、ルミナはウッドデッキの階段に倒れ込むようにへたり込んだ。
もう、一歩も動けない。
木の温もりと、漂ってくる肉の焼ける美味しそうな匂いに、彼女の意識は深い安堵と共に遠のきそうになっていた。
その時である。
ギィ……と。
静寂に包まれた極楽リゾートに、滑らかなドアの開く音が響いた。
「……んあ? 朝から外が騒がしいな。コア公、お前またつまみ食いしに外に出たのか……?」
ログハウスの中から姿を現したのは。
寝癖をつけ、よれよれの作業着を着て、白い湯気が立つチタン製のマグカップを持った——どこにでもいそうなくたびれた表情の『おっさん』だった。
ルミナは、信じられないものを見る目で、そのおっさんを見上げた。
「あ……あなたは、一体……?」
力を振り絞って問いかけるルミナに、その男は驚くでもなく、面倒くさそうにするでもなく。
まるで、近所の迷子を見つけたかのような、ひどく間の抜けた声を上げた。
「ああ、なんだ。お嬢ちゃん、こんなところで何やってんの? 遠足の途中で迷子か?」
その言葉に、ルミナの、そして全世界の視聴者の時が完全に止まった。
『おっさん! そこは最下層だぞ!!』
『遠足なわけあるか!!www』
『なんだこのおっさん……オーラが全くない……だと……!?』
『ただの現場の作業員にしか見えないんだが!?』
数百万人が見守る生配信のカメラは、ダンジョン最下層の覇者(?)たるその男の姿を、全世界へと大写しにしていた。
リスナーの絶叫コメントなど知る由もなく、自称・一級建築士のケントは、ズズッ……とコーヒーをすすると、困ったように眉を下げた。
「とりあえず、外は魔物とかいて危ないだろ。……ああ、足、怪我してるじゃないか。今ちょうど飯ができたところだ。食って休んでいきな」
死を覚悟した大人気配信者ルミナと、限界社畜から脱却した規格外の建築士ケント。
世界を揺るがす「史上最強のバズり生配信」が、いよいよ本格的に幕を開けたのである。
次回の第13話は、明日(5/4)の【12:10】に公開予定です!
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