盛トワ文化祭 〜天使の食べ歩きと、最強の護衛団〜
1. 喧騒の中の「特別」
盛トワ工業高校の文化祭。ガラの悪いヤンキーたちが、この日ばかりは屋台の呼び込みに野太い声を張り上げ、校内はガソリンとソースの匂いが混ざり合ったような異様な熱気に包まれていた。
そんな喧騒の中、まるでそこだけ別世界から迷い込んだような、清涼な空気を纏った一団が廊下を静かに進む。
「……ゆう。気分が悪くなったらすぐに言え。人混みが酷くて歩きにくいようなら、俺が力ずくで道を開けさせる」
獅子堂が、ゆうの細い肩にそっと、けれど所有権を主張するように手を添え、近づく者すべてを射殺さんばかりの鋭い視線で周囲を威圧する。
「大丈夫だよ、獅子堂くん。みんな楽しそう! ……わあ、あっちの焼きそば、すごくいい匂いがするね!」
「……そうか。お前がそう言うなら、端から端まで全部回るとしよう」
2. 阿久津の「食レポ」と、羽柴の「采配」
「頭! 3階の1組が出してるヤキソバ、ソースが特製でマジで美味いらしいっすよ! ゆうくん、俺が最高に山盛りのやつを確保してくるから、そこで待っててくれよな!」
阿久津が鼻の穴を膨らませて気合を入れると、人混みの中へ弾丸のような勢いで突っ込んでいった。
「阿久津、あまり騒ぎ立てるな。……獅子堂さん、中庭の日陰にあるベンチを事前に確保しておきました。あそこなら日当たりも程よく、ゆうくんも落ち着いて食べられるでしょう」
羽柴が眼鏡の奥の瞳を光らせながら、完璧なタイミングで報告を上げる。
「……助かる、羽柴。ゆう、あそこで阿久津を待つとしよう。歩き疲れては敵わんからな」
3. 至福のティータイム
中庭の特等席には、阿久津が「戦利品」として持ってきた大量の食べ歩きメニューが並べられた。
香ばしいたこ焼き、山盛りの焼きそば、色鮮やかなチョコバナナ。そして阿久津が「これが俺のクラスの自信作っす!」と自慢げに差し出した、手作りの特製クッキー。
「……んん、美味しい! 阿久津くん、このクッキー、お店のよりずっと心がこもってて美味しいよ!」
ゆうが頬をリスのようにパンパンに膨らませて幸せそうに笑うと、阿久津は顔を真っ赤にして照れくさそうに頭を掻いた。
「へへっ、ゆうくんにそう言ってもらえるのが、何よりのご褒美っす!」
獅子堂は、ゆうが美味しそうに頬張る姿を、まるでお宝でも眺めるような、この世で最も慈愛に満ちた眼差しで見つめていた。
「……お前が笑っているだけで、この無骨で救いようのない学校も、少しはマシに見えるな」
「……獅子堂さん、ゆうくんの口元にソースが付いていますよ」
羽柴が差し出した清潔なハンカチを、獅子堂は奪い取るようにして受け取ると、自らの手でゆうの汚れを、羽毛を撫でるような手つきで丁寧に拭った。
4. 幸せの風景(嵐の前の、純粋な約束)
出し物を企画して奔走する側ではなく、ただ「美味しいもの」を大切な仲間と一緒に食べて、笑い合う。そんなささやかで、けれど盛トワの猛者たちにとっては、何物にも代えがたい奇跡のような時間が流れていく。
これは、後に訪れる過酷な運命を知る由もない彼らが、この平穏を何があっても守り抜くと、心の奥底で静かに誓うプロローグ。
「……ねえ、獅子堂くん。来年も、またみんなでこうやって、美味しいもの食べ歩きしようね」
ゆうの無垢な言葉に、獅子堂は力強く、深く頷いた。
「……ああ。約束だ。来年も、その先も、ずっとお前の隣には俺たちがいる。絶対にだ」
背後で阿久津が「来年はもっと美味いもん作れるように、今から秘密の修行しとくっす!」と叫び、羽柴が「まずは留年して来年ここにいない、なんてことにならないようにしてくださいね、阿久津」と冷たくあしらう。
そんな、いつもの賑やかなやり取りを聞きながら、ゆうは秋の柔らかな陽光の中で、心からの幸福を噛み締めていた。




