3分間の迷子と、小さな指先
1. 獅子堂、不在の3分間
「ゆう、ここで座って待っていろ。……阿久津、羽柴。一瞬でも目を離すなよ」
「分かってますって、頭。早く行ってきなよ」
獅子堂が担任(というか、もはや生活指導)に呼ばれ、応接室を出た。
ゆうはソファの端っこで、借りてきた猫のように小さくなっている。
「……あの、えっと……」
「ん? どうした、ゆう君。喉乾いた?」
阿久津が強面を少しでも和らげようと(逆効果で凄味が増しているが)、身を乗り出す。
「……お、お手洗い、に……」
「ああ! そうだよな。羽柴、案内してやれ」
「了解。さ、行こうか。……あ、おっと電話だ。ごめん、ゆう君、角を曲がってすぐ右だよ。すぐ追いつくからね」
羽柴が電話に出た一瞬。ゆうは言われた通りに角を曲がった。
……が。
2. 修羅の廊下で子猫、固まる
「……あれ? 右って……どっち……?」
極度の緊張でパニックになったゆうの目の前には、**「落書きだらけの壁」と「割れた窓」と「怒鳴り合う不良たち」**が延々と続くディストピアな廊下。
「ひっ……あ、うぅ……っ」
怖くて動けない。涙が溢れて視界がにじむ。
その時、向こうからドカドカと足音が近づいてきた。
「おい、一年! 何突っ立ってんだコラァ!」
「……っ! ご、ごめんなさいぃ……っ!」
ゆうが床にへたり込んで頭を抱えた、その時。
「——おい。……うちの『姫』をビビらせてんのは、どこのどいつだぁ?」
3. 救世主(保父さん)たちの降臨
低い、地を這うような声。
顔を上げると、そこには阿久津と羽柴が立っていた。
さっきまでの「優しいお兄さん」の面影は一切ない。般若のような顔で不良を睨み殺している。
「あ、阿久津さん……羽柴さん……」
不良たちが脱兎のごとく逃げ出した後、二人は慌ててゆうに駆け寄った。
「ごめんごめん! 怖かったよね。……怪我はない?」
羽柴が膝をついて、ゆうの涙を指で拭う。
「……う、うわぁぁぁん! 怖かったぁ……!」
我慢の限界だったゆうは、思わず目の前にいた阿久津の学ランの裾を、ぎゅっと握りしめた。
「……っ!!」
阿久津に電流が走る。
今まで、自分の服を掴む奴といえば「命乞いをする敵」か「喧嘩を売る馬鹿」だけだった。
こんなに弱々しく、頼るように、一生懸命に握られたのは初めてだった。
「……あー、もう。……よしよし。もう大丈夫だからな」
阿久津は不器用な手つきで、ゆうの背中をトントンと叩く。
「……阿久津、ずるい。僕も裾、掴まれたい」
「うるせぇ羽柴、今は俺の番だ」
4. 獅子堂、帰還
応接室に戻ると、そこには衝撃の光景が広がっていた。
ソファで、阿久津の袖を離さないまま、安心しきってウトウトしているゆう。
そして、その隣で「尊い……」という顔でスマホのカメラを構える羽柴。
「……。阿久津、代われ」
獅子堂が静かに、だが絶対的な威圧感で告げる。
「えー、頭。今やっと懐いてくれたところなんすよ」
「……代われと言っている。……ゆうの『初めてのなつき』を、俺がいない間に済ませるとは……万死に値するぞ」
獅子堂は、眠っているゆうを壊れ物を抱くように自分の方へ引き寄せた。
ゆうは夢うつつの中で、獅子堂の香木のような落ち着く香りを嗅ぎ、その胸板にトスッと頭を預ける。
「……ししどう、くん……」
「……。ああ、俺だ。……もうどこへも行かせない」
獅子堂の独占欲に火がついた瞬間だった。




