春。入学。出会い。
1. 絶望の入学式
「……あれ? 噴水がない……。ステンドグラスは……?」
瀬戸ゆうは、校門の前でガタガタと震えていた。
彼が受かったはずの「聖トワ学院」は、お洒落なレンガ造りのはずだった。しかし、目の前にあるのはコンクリート剥き出し、窓ガラスの半分が割れ、壁には『死露』だの『羅王』だの謎の漢字が躍る、県内最凶の男子校「盛トワ工業」だった。
「ひっ、ひいいいっ……!」
名前の書き間違い。たった一文字のミスが、ゆうの人生を地獄へと突き落とした。
校舎からは「オラァ!」という怒号と、何かが壊れる音。ゆうは半べそをかきながら、逃げようと踵を返した——その時。
ドンッ。
「あだっ……」
壁のような胸板にぶつかり、ゆうは尻餅をついた。見上げると、そこには身長190センチはある、漆黒の学ランを肩にかけた男が立っていた。
鋭い眼光、整いすぎた容姿、そして圧倒的な「強者」のオーラ。
「……おい。何泣いてんだ、お前」
「ご、ごめんなさい! 食べないでくださいっ、間違えたんですぅ……!」
ゆうは頭を抱えて丸まり、ポロポロと涙をこぼした。その姿は、獰猛な獣の前に迷い込んだ真っ白な子猫そのものだった。
2. 獅子の心に灯った火
その男——盛トワ工業のトップ、獅子堂 凱は、呆然とした。
自分の前に立つ者は、恐怖で動けなくなるか、命乞いをするか、向かってくるかの三択だった。
だが、この少年はどうだ。あまりに柔らかそうで、無防備で、そして……守ってやりたいほどに、愛らしい。
獅子堂の脳内で、何かが弾けた。
彼は膝をつき、怯えるゆうの視線に合わせると、驚くほど穏やかな声で言った。
「……怖がらせて悪かった。俺は獅子堂。お前、名前は?」
「……せ、せと、ゆう……です……」
「ゆう、か。いい名前だ。……大丈夫だ、ここはもう怖くない。俺が保証する」
獅子堂は大きな手で、ゆうの頭を優しく撫でた。その手つきは、割れ物を扱うように繊細で、紳士そのものだった。
3. 校内騒然、「癒やし」の降臨
獅子堂は、泣きじゃくるゆうを抱き上げるように(というか、ほぼ脇に抱えて)教室へと向かった。
廊下にたむろしていた、顔に傷のあるヤンキーたちが一斉に色めき立つ。
「おい、頭が何か連れてるぞ……!?」
「何だあの白い生き物……めちゃくちゃ可愛いじゃねーか……」
獅子堂が鋭い声で告げた。
「いいか、野郎ども。今日からこの『ゆう』は俺の特別だ。指一本でも触れて泣かせた奴は、俺が叩き潰す」
その宣言と共に、ゆうは獅子堂の隣の席(特等席)に座らされた。
最初は怯えていたゆうだったが、獅子堂が鞄から「お近づきの印だ」と、なぜか高級な琥珀糖(お菓子)を取り出して食べさせてくれる姿に、少しずつ毒気を抜かれていく。
4. 不良たちの「推し」
休み時間。ゆうの机の周りには、遠巻きに「子猫」を一目見ようとするヤンキーの群れができた。
「おい、これ……俺のパンの半分、食うか?」
「お、俺のこの限定ステッカーやるよ! 泣くなよ!」
彼らもまた、殺伐とした日常の中で、ゆうの「ふわふわした可愛さ」に骨抜きにされていた。
ゆうが「……ありがとう」と、おずおずと微笑むたびに、周囲から「尊死……」「浄化される……」という、ヤンキーらしからぬ呻き声が漏れる。
「……ゆう。他の奴から物を貰いすぎるな。お前を甘やかすのは、俺だけでいい」
獅子堂がゆうの腰を引き寄せ、背後から包み込むように抱きしめた。
独占欲を隠そうともしないトップの姿に、ゆうは「あぅ……」と顔を真っ赤にしてフリーズする。
こうして、間違えて入学したはずの「最弱」な主人公は、学校一の「最強」に溺愛され、さらに強面の不良たちに「守護らねばならない存在」として崇められる、天国のような(?)学園生活をスタートさせたのだった。




