表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

闇しぃ太郎

【祝!ローファンタジー日間5位】『勇者召喚システムに対するログ、及びエラー報告』

作者: しぃ太郎
掲載日:2026/01/16

※本作は「勇者召喚」という仕組みそのものを扱った物語です。

残酷描写・倫理的なテーマを含みます(R15)


 

 ――勇者召喚の儀式。

 大勢の魔術師が集まり、呪文を唱えている。


「古臭い。魔術師の名が泣くね」


 ぼそり、と隣で兄が呟いた。

 いつもなら注意するところだが、この空気に圧倒されて彼の裾をギュッと握った。


 魔法陣が一際輝き、中央に人影が現れた。

 風変わりな服を着た、若い男性だった。


「勇者様!」


 周りの大人たちは一斉に膝まづく。


「え……なにこれ?勇者?異世界転移?え、マジで?」


 説明するために、魔術師の一人が近づいていく。


「うわーー!それ、ローブってやつ?初めて見た!なんの意味があるの?」


 魔術師は慣れた調子で、この世界の事と勇者の役割りの話をする。

 周りも、この風変わりな勇者に驚きもしない。

 ――「勇者」はもっと大人だと思っていたのに。


「すげーー!猫耳幼女??しかも美幼女??凄い!コスプレじゃないよね?かわいい」

「え、え……」


 勇者は一目散に私に駆け寄ってきた。

 隣で兄が、頭を抱えて溜め息をついている。珍しい事だった。


 私は、彼のお世話係に任命された。

 ――8歳で。


 ◇◇◇


「レミちゃん。俺、もうすぐ誕生日なんだよね。21歳になるんだ。向こうではさ、ようやく成人して一年目」

「21?16歳くらいかと思った」


 勇者――ユウは私の頭をグシャグシャと撫でた。


「この猫耳幼女は!日本人は童顔なの!……カメラでもあればなぁ。記念になるのに」


 彼は視線を遠くへ投げた。


「カメラ?」

「原理はよくわからないけどな……。うーーん、大昔の発明では光を焼き付けて?……とにかく、映像を残せるものなの」

「そうなんだ。作ってみようか」


 兄と相談したら作れそうだ。私は軽い口調で言ったが――。


「え、本当に!?レミちゃんは凄いな」

「そ、そんな事は」


 満面の笑顔で褒められてしまった。

 幼い私は、彼の孤独も、その恐怖も気づかなかった。


 ――王城の地下。

「勇者」がくぐる扉がある。


 その先で「何か」を成して帰還するという。

 私は、扉の前で手を振った。

 誰もが危険がないと言っていた。

 その言葉を真に受けて。


「じゃあ、行ってくるな!」


 大勢が見守る中、ユウはそのまま扉に入っていった。




 ユウが帰ってこない。

 一日目。

 とにかく、異様なあの扉の先で何が起きているのか不安だった。

 二日目。

 ユウが心配で何度も祈った。


 三日目。

 兄に聞いても、答えてくれない。

 でも、何かを隠しているのは確実だった。


 四日目。

 ため息をつきながら、兄は扉まで連れて行ってくれた。

 中には――。


 中には、ユウがいつも身につけていた「腕時計」というものが転がっていた。床には、赤いもの。


 魔術師たちは淡々と片付けていく。

 そういえば。


「……お兄様。ユウの腕時計。前に研究室で、全く同じ物をみました……。ほんとうにおなじもの、なんですか。ユウは毎回……?」


「こういうシステムなんだよ。俺自身はあまりにも非効率に思えるけどな。これは、そういうものだと考えたほうがいい」


 私は、そっとその時計を拾った。

 ポケットに入れる。


 そして、夜。

 ユウと一緒に撮った「写真」の上に「腕時計」を乗せた。


 写真の中の私と彼は、

 何も知らずに笑っていた。


 ポタリ。と水滴が落ちた。

 いつの間にか溢れて止まらなかった。

 抱えきれない感情が、一晩中、机を濡らし続けた。


 ◇◇◇


 ――13歳。

 五年に一回の勇者召喚の儀式。

 兄の補助として、私は参加していた。


 兄は、次期魔当主として儀式を主導していた。


「そう睨むなよ。また、彼に会えるぞ」

「それは……」


 古い魔法陣が光りだした。

 いつかの見たそのままの再現された光景。

 光が収まると――。


「え……なにこれ?勇者?異世界転移?え、マジで?」

 懐かしい声が聞こえた。


 一瞬、彼と目が合う。

 状況を説明している魔術師を無視して、こちらを見ているユウ。

 私は視線をそらした。 

 とても見ていられなかった。

 しかし――。


 彼は、また、まっすぐに私の所に走ってきた。

 私を見て、同じ事を言う。

 同じ自己紹介をして、私を側に置きたがる彼の希望通りに、また世話役として選ばれた。



「ここって、違和感が凄いね」

「そうかな」

 前回にはない会話だった。


「実際のところ、俺は剣すら握らずに、ただ役目を果たす時を待つだけだ。……まぁ、レミちゃんに言っても仕方ないか」

「……ごめんね。役に立てなくて……」

「せめてカメラでもあればなぁ。俺、もうすぐ誕生日でさ」

「……あるよ。これ、あげる」


 これ以上は耐えられなかった。

 唇を噛み締め、必死に言葉を抑えつける。

 ユウに、以前作ったカメラを押し付けて部屋から逃げた。


 ――それを見た彼が、どう感じるか考えもしない行動だった。

 

「……カメラ?なんでこの世界に」

 せめて、彼のこの呟きだけでも、聞いてあげられていたら良かったのに。



 勇者が扉を開ける当日。


「レミちゃん。せっかくだし一緒に撮ろうか」

「……うん」


 カメラの前に二人で並ぶ。

 ボタンを押す音がした。


「なんかさ。前に話したこと、整理できた気がするよ。みんな、俺を知りすぎてるね」

「……。」

「特にレミちゃん。君は、俺を知ってる。そうでしょ?」


 喉が貼り付いて声が出せない。

 そんな私に、ユウは手を振って、そのまま扉をくぐって行った。


 残されたカメラを握りしめている私。

 それを、地面に置く。


 ゆっくりと息を整えた。

 そして一拍の後。


 私は閉じる直前の扉に滑り込んだ。

 後ろで静止の声がするが、全部振り切ってユウの元へ向かった。


「レミちゃん?」

「ユウ!」


 彼は部屋の中央。

 魔法陣の上で、驚いた声を出した。

 彼には珍しく笑顔を浮かべてもいない。


「私もつきあうよ。やっぱり無理だった。だって、ユウなんだもん。あの時と同じ、ユウなんだもん」


 彼は小さく呟いた。

 そういうことか……と。


「あーー……。なるほど。ありがたいけど、子どもを道連れにする悪い大人にはなりたくないな」


 眉を下げて苦笑いをする。

 魔導陣が発動する兆候が現れてきた。

 私は覚悟を決めて、ユウにしがみつく。


「ユウ!お願い」

「ごめんね。レミちゃん、これだけは無理かな?」


 次の瞬間、私は彼に思い切り突き飛ばされ、

 部屋の隅まで転がっていった。


 発動してしまった。

 これではもう近づけない。


 物凄く長い時間が経った気がする……。

 彼のうめき声が。抑えきれなかった声が、耳から離れない。


 ようやく光が収まり、倒れた彼に近づく。


「ユウ……」


 まだ意識があるのかもわからない。

 それでも私は、彼の体温が消えていく瞬間まで、抱きしめ続けた。


 ◇◇◇


 ――ユウ視点。


 いつも通りの日だった。

 バイトに遅れないように早足で駅まで向かう途中。

 急に足元が光り、次の瞬間には暗くて広い空間に座っていた。


「勇者様」


 大勢の人が一斉にひざまずく。

 ――勇者様?

 周囲を見ると、みな喜んでいる様子も見られない。

 淡々と説明を受ける。

 その瞳には、尊敬のような熱も、怯えた色も見えなかった。

 なんだ?


「え、これって噂の召喚ってやつ?マジで?」


 軽口を叩いてみても、反応は変わらない。

 明らかに、おかしい。


 普通なら、何かしらの反応があるはずだ。

『勇者』にがっかりしてくれてもよかった。

 驚いてくれてもよかった。

 しかし、当たり前のように受け止められる。


 違和感が積み重なる。


 その時、一人の女性と視線があった。

 こちらを注視している。


 しかし、彼女だけは「俺」を見てくれている。そんな気がした。彼女は俺の世話役に立候補したらしい。


 通り過ぎるとき、彼女の隣の男性が低い声で告げた。

 同じ猫耳だ。血縁か?


「これ以上、レミに深入りするな」

「は?」


 ――深入りもなにも。まだ数回しか話していない。

 会ったばかりだ。


 ◇◇◇


「レミちゃん、この世界に魔王とかいるの?」

「魔王?ユウの世界にはそんな存在がいたの?」


 レミは首を傾げた。

 この世界の「勇者」。何をする存在なんだ?


「俺の世界にもいなかった。でも、レミちゃんみたいに獣人ってやつも居なかったよ」

「だから、あんなに喜んでたんだね」


 彼女はクスッと笑った。彼女の耳がぴくぴくと動いている。


(あんなに喜んでいた、ね)


 まただ。彼女に対する違和感。

 最初からの知人のように話をする。


 ふとよぎる面影。説明が出来ない胸の詰まり。

 夢の中で最後に自分を抱えて泣いている少女が、レミに見える。

 でも年齢が合わない。


 最初から距離が近いレミ。

 彼女が知らない話題をわざと振ってみる。


「これさ。お気に入りなんだよね」


 最新の腕時計を掲げる。一番新しいモデルだった。


「うん。よく似合ってるよ」


 彼女は驚かなかった。

 当たり前のように続く会話。


「俺って何歳だと思う?」

「ユウは大人だよ。童顔を気にしてるの?」


 軽い口調で会話を続ける。


「いや?ただの問題。当たったら勝ち。負けた方が一つだけ言うことを聞くっていうのは?」


「いいよ。約束だからね?――20歳」

「ハズレ。21歳」


「誕生日までまだあるんでしょ。卑怯もの。でも、私は18歳になったよ。ほら、目線も変わった」


 やっぱり、彼女は俺を知っている。

 疑いが確信に変わった。


 彼女の留守を狙って部屋を漁った。

 何を探しているかもわからない。

 何が証拠になるのかすら判断が出来ない。


 そして――。

 見つけてしまった。

 彼女の机の引き出しの中。

 現在、俺が付けている、同じ型の腕時計が二つ並んでいた。

 

 今しているのと同じ時計だ。しかし、壊れているらしい。ヒビが入り、すでに止まっている。

 かなり古そうだった。あちらこちらに傷がある。


 ――こびりついた赤黒いもの。


 何を信じればいいのか。

 全く見当もつかなかった。


 ◇◇◇


「ユウ、何か悩んでる?」

「いや……」


 顔を上げて、彼女と視線を合わせる事が怖かった。

 コトンと何かを机に置いた。


「これは……」

「カメラだよ。一緒に撮ろう!今なら、ちゃんとユウにつり合うよ」


 カメラ。俺の世界と同じ名前の、同じ機能のもの。

 見た目もそっくりだった。


 さらに。


(――今なら、俺につり合う?)


「いいよ。それで、これはどうやって使うものなの?」

「え?ここのボタンを押すだけじゃない。どうしたの?」


 不思議そうに首を傾げるレミから、今すぐにでも逃れたい衝動に駆られる。


「いや。この世界にも便利な物がいっぱいあるなぁって思って。こういうの沢山あるの?」

「ううん。これは一個だけしかないよ。特別に作ったんだ」


 彼女は優しい手つきでカメラを撫でた。


「じゃあ、撮ろうか」

「うん!……えへへ。もっと近づいてもいい?」


 無邪気に聞いてくる。

 その瞳に、悪意のようなものは一つも感じなかった。


 だが、違和感は積み重なっていく――。


 ◇◇◇


 今夜、勇者の仕事があるという。


 何をするのか、どうすればいいのか。

 誰も質問に答えてくれなかった。


 ――逃げ場がない。

 仕方なく、周囲を魔術師に囲まれながら移動する。

 隣には、ピッタリとレミがついてきていた。


 王城の地下だという、その扉の前で立ち止まった。

 重々しい扉。

 それを二人がかりで開けていく。

 中は薄暗く、よく見えなかった。


「じゃあ、行ってくるよ」


 言葉を振り絞って、前に進む。足が震える。


「ユウ。今回は、私の好きにするからね……」


 後ろから、静かな声が聞こえた。

 レミ。最後まで信じきれなかった。


 彼女の全てが信頼できず……でも心の何処かでは受け入れていた。不思議な少女。


 扉をくぐり、ポケットから小型のナイフを取り出す。


 何か書こう壁を触ったら、そこには日本語が刻まれていた。


『ユウ。正、正、正……』

 日本人らしく、『正』の字で数を残していた痕跡。


「……なんだこれ。なんなんだ。俺?俺の字か?」


 震える手で、そこに棒を一つ足す。


 その時。


「ユウ!今回は私も一緒にいく……!」

「レミ?」


 それでも、飛び込んできたレミを見て安心する。彼女は敵じゃなかった。

 そして、それを見越していたのか……。


「――駄目だ」


 彼女の兄が、突然目の前に現れ――、

 レミを気絶させて抱き上げた。そのまま、背を向けて扉に向かって歩いて行く。


「……俺は、毎回ここで死んでるのか?」

「どうせ、お前は忘れるよ」


 それが答えだった。

 気を失ったレミを抱えた彼が退出する。


 ――バタン。


 扉が静かに閉まった。


 ◇◇◇


 23歳になった。

 もう、彼の歳を追い越した。


 今は儀式の最中だった。

 また、国のためにユウを呼び出すのだろう。


 何度も救出に失敗した記憶が脳裏をよぎる。

 今回は、ユウに真実を伝える。

 そして彼に選択してもらおう。


 お馴染みの召喚陣で、彼が呼ばれる。


 久しぶりに見た、彼の姿。


 ふと気づいた。

 いつも軽口をたたいて余裕そうだったのに。

 ずっと、彼の方が年上だったから気づかなかった違和感。




 視線が何度も彷徨っている。

 軽口を言っている間も、かすかに指が震えていた。


 ――そうだったんだ。

 ユウは強くなかった。

 明るくて、能天気でもなかった。


 私は、ゆっくりと近づいて彼に話しかけた。


「あなたは勇者じゃない。安心して」


 彼はほっと息をついたようだった。


 この場ではこれ以上は発言できなかった。

 それでも、ユウの信頼を少しは得られたようだった。


 ◇◇◇


 ある時は、猫耳の幼い子供が癒してくれた。

 別の時は、少し成長した少女が泣いて、俺を抱き締めてくれた。

 毎回、言葉が少し違う。


 また、泣いている。

 俺の知らないはずの場所で。

 その面影が、重なる女性。


 手を伸ばしたくなって――。

 つい、猫耳を触ってしまった。


「……!」

「うわ、ごめん!もしかして、あれなの?よくある設定で獣人の耳は……」


 ――レミに殴られた。


 ◇◇◇


「ごめん。ボーッとしてたみたいだ」

 

 あまりにも驚いて、つい殴ってしまった。

 私は咳払いして、仕切りなおす。


「正直に言うわ。あなたは『生贄』として呼ばれているの。それも今回だけじゃなくて……」


 あまりにも酷い話に、口ごもってしまう。

 そこに、ユウの気楽そうな声がかけられた。


「夢でさ。よく、猫耳の女の子が出てくるんだけど……君だよね?」

「……さぁ?夢の話は分からないけれど。真剣に聞いて、お願い」

 

 心臓の音が大きい。

 期待と恐怖と、その他がない混ぜになって私を動揺させる。


「俺、馬鹿だからさ。人を見る目だけはあるんだ。いいよ、信じる」

 

 ユウは、そう言って笑った。

 ただ、それだけの理由。とても彼らしいと感じた。


「そっか。じゃあ、1回目から信用されてたのね……」


 その事実を知って、嬉しくて少し前かがみになってしまう。

 あの時の、8歳の私が少しだけ救われた気がした。


「あなたを犠牲にする、この国から逃がしたいの」

「犠牲……か。なるほどなぁ」

「驚かないの?」


 彼のあまりの落ち着きぶりに驚いて聞き返す。

 少し考える素振りをして。

 しかし彼は、やはり観察力がある答えを導き出した。


「普通に考えて、この国って勇者なんていらないじゃん?だから、そういうことかなって」


 きっと、いつも疑問に思っていても、あの扉をくぐり続けてきたのだろう。


「勇者は、安定的なエネルギー源として、五年周期で召喚されているわ」

「へぇ。……毎回、装置か何かに組み込むために?」


 それを伝えても彼は驚かなかった。


「ごめんなさい」

「君が謝ることじゃないし。……この国、終わってんな」

「え?」

「たった一人に国中を便利にさせるだって?」


 ユウは肩をすくめた。


「俺の世界では、不便だからこそ凄い人間が出てきたけどな」


 ――バーーンっ!

 扉が思い切り音を立てて開かれた。

 現れた人物を見て溜息が出る。


「そう!僕もそう思うんだよ」

「……お兄様。少し待っててくださいとあれほど言ったのに」

「誰?」


 頬を掻きながら首をひねるユウに紹介する。


「すみません、私の兄です。これでも一応、魔塔主で……」

「うわーー!魔塔主!?しかも若い!アニメでしか存在しないと思ってた」


「?」


 兄と二人で首を傾げる。



「いいねぇ!僕も今の保守的な国に不満だらけだった!何だあの古臭い魔法陣は!新しい論文もいつも却下しやがって――」


 何かを思い出しているのか、やたらと熱が入っている。


「お兄様。うるさい」

「はぁ。妹は冷たい。しかし、来るべくして来た瞬間だな。俺の代でっていうのも運命的だ。明日は雷が降るぞ。いや、炎のほうがいいかな?」


 しかし、私たち全員は目を合わせた。


「じゃあ」

「あぁ、老人どもの古臭い風習を壊してやるよ」


 兄の実力は本物だった。

 そして、保守的な考えを嫌う異端児だ。


「じゃ、勇者ユウ。妹をよろしくな!」


 兄が親指を立てる。

 ユウがそれを同じ動作で返し、口元を少し歪ませた。


「じゃあ、俺は異世界人として――この国に宿題を出そうかな?」


 何をする気かは知らないが……。

 楽しそうなユウを見るのは嬉しかった。


 こっそりと下を向いて、袖で顔を拭った。


 ◇◇◇


 兄は今後の動き方を考えると、退出していった。


 二人きりになった部屋の沈黙に耐えられなくて。

 私は、無意識に沢山話をしていた。


「ユウはね。最初は、優しいお兄さんだった。大好きだったんだよ」

「俺が初恋なんてね、いいのかな」


 幼い頃の思い出を、少しずつ彼に伝えた。


「毎回、同じ自己紹介してくれたけどね……。初めましてなんて言いたくなかった」


 記憶がないユウに、また再会した話も。

 一緒について行く覚悟をしていたが失敗したことも。


「目の前で助けられなかった時は……」

「いいよ。大丈夫」


 ユウはそっと抱き締めて、背中を優しく叩いた。


「私、年上になっちゃったんだ。それでもいい?」

「こんなに一途に思ってくれる可愛い子を、許せないはずがないよ。……一緒に逃げてくれる?」


「……うん、もちろん!」


 ◇◇◇



 外の国へ行っても、そこまで不自由ではなかった。

 結局は、あの国で恩恵を受けていたのは一部の人間たちだけだったのだろう。

 人は薪で火を焚き、井戸で水を汲む。

 商人は新しい物を売りだし、買い物客も溢れている。街の活気は何一つ変化してはいなかったようだ。


 しかし、たまにレミの人生を奪ってしまった気がする。

 初めて会ったのは8歳の頃だという。

 それは、幼い少女にとっては呪いではなかったか。


 新居に引っ越して数日。

 荷物を片付けていると、ヒラヒラと落ちてきた紙があった。


 やばい。レミの荷物だ。

 慌てて拾うと――。


 四枚の写真だった。

 一枚目は、幼い女の子と俺が笑っている。

 二枚目は、少し成長した女の子がつらそうに笑顔を作っている。

 三枚目は、俺が笑えていなかった。

 四枚目は、この前撮ったやつだった。二人とも一番の笑顔だった。


 過去は思い出せない。

 彼女だけが背負っている物も多いだろう。


 でも、この笑顔を嘘だとは思わない。俺は、俺なりに進むしかない。

 そう思って、胸に写真を抱き、空を仰いだ。

 異世界でも、空は真っ青だった。


 ◇◇◇


 突然、勇者が消えた。

 魔術師は大騒ぎだった。

 国も、貴族も巻き込んでの大混乱だった。


 そこで届けられた一枚の手紙。



「宿題」


 誰が犠牲になりますか?

 勇者が「特別」ではありません。

 魔力が高い人を、五年毎に選びますか?

 国が「便利さの代償」を考えざるを得ないなら、犠牲は増え続けるでしょう。


 王族

 貴族

 魔術師

 あるいは「次は誰?」


 ◇◇◇


「まだ魔塔主は有用だ。……次の魔力源を探し、スペアに取っておいてもいいだろう」


「異議なし」


 ―――――――――――――


「勇者召喚儀式について」


 本儀式は、魔力供給を安定させるための装置として機能している。

 召喚対象は同一個体であり、時間軸の影響は確認されていない。

 対象は魔力枯渇後に死亡するが、次回召喚時には生存状態で確認されるため、

 継続運用に支障はない。

 以上の理由から、本件は倫理的問題よりも、

 運用効率の観点で判断されるべきである。



 机に置いてある紙の束。

 その一番上の【次の被験者】の項目がある。


 誰かの手が、静かにペンを走らせた。



 【HAPPY END】


 ――――――――――――――――――――――――――――


 【IF】


 ――初恋のおにいちゃん。


 私は引き出しを空けた。

 数えるのも大変な程の赤黒い時計の数。

 全て、彼の痕跡だった。


 その一つを手に取る。

 鉄臭い香り。

 これが彼の証だ。


 また会える。変わらない彼にまた会える。

 私の大好きなユウは永遠に変わらない。

 なんて完璧な存在なんだろう。


 また、送り出して。

 また召喚して。

 そして送り出す。


 ――ああ。

 それが私の祈りだ。


「ユウ。またね」


 目の前の書類、その一項目。


【勇者召喚の候補】

その下の空欄に、ペンを入れる。

『同個体で継続』



 【レミBAD END】




 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

もし物語を楽しんでいただけましたら、

評価やブックマークで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ