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Blueto-th  作者: ふんころ
思い出話、その1
3/3

夏と始まりと、春の終わり

練習が終わり、グラウンドに夕方の気配が忍び寄る頃。

 土の匂いと汗の混じった空気の中で、俺たちは一列に並ばされていた。


 夏だ。

 高校三年の夏。

 野球部にとって、終わりが見え始める季節。


 監督がバットで地面を軽く叩き、ざわついていた空気を一瞬で静める。

 蝉の声だけが、やけに大きく響いていた。


「――背番号、発表するぞ」


 その一言で、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

 わかっている。背番号は、実力と信頼の証だ。

 数字ひとつで、立場も、役割も、覚悟も、すべてが決まる。


「背番号、一番」


 一瞬の間。


「北沢光弘」


 納得、という空気が流れた。

 誰も驚かない。


 北沢光弘。

 俺たちの野球部が誇る、絶対的エース。


 最速百五十一キロのストレート。

 それに加えて、多彩な変化球。

 決め球はチェンジアップ――それだけで打者のタイミングを完全に奪う。

 真っ直ぐと変化球を混ぜられるだけで、もう打てない。


 身長は百八十五センチ。

 顔も整っている。

 才能も、体格も、運も、全部持ってるタイプの人間だ。


 正直、なんなんだよ、こいつ。

 って思わないわけがない。


 しかも――

 あいつの名前が、頭をよぎる。


 茜美奈子。


 俺の、片思いの相手。

 そして幼なじみ。


 北沢と茜が付き合っているらしい、という噂。

 確証はない。

 ただの噂だ。

 それでも、胸に刺さるには十分すぎる話だった。


 茜は、昔から表情が豊かで、よく笑う子だった。

 ポニーテールがよく似合っていて、少し男勝りで、でもちゃんと女の子で。

 小学生の頃は一緒に泥だらけになって遊んでいたのに、高校に上がってからは、その男勝りな部分は影を潜めて、誰がどう見ても“美少女”になっていた。


 そんな茜の隣に立つ男として、北沢は――

 正直、似合いすぎていた。


 別に嫌いじゃない。

 むしろ、野球に対しては誰よりも真剣だし、チームを引っ張る存在だ。

 ただひとつ、問題があるとすれば――

 こいつ、やたらモテるくせに、俺を童貞扱いして弄ってくる。

 挙げ句の果てに、俺の片思い相手のことまでネタにする。


 そのたびに内心で何度も殴り倒してきたが、

 それでも俺は必死に北沢についていこうとした。

 こいつの球を受ける捕手として、信頼されたいと思った。


「背番号、二番」


 次の声で、心臓が跳ねる。


「小川陽介」


 一瞬、思考が止まった。


 ――俺?


 次の瞬間、周囲から拍手とどよめきが起きる。

 「おお……」という声が、いくつも重なった。


 正捕手。

 俺は、正捕手になった。


 本当なら、飛び跳ねるほど嬉しいはずだった。

 実際、胸の奥では確かに何かが弾けている。


 俺がこの部に入った頃は、下っ端も下っ端。

 補欠確定の選手だった。

 周りはレベルが高くて、才能あるやつばっかりで、自分がここに居ていいのかすら分からなかった。


 それでも――

 根性と、負けん気だけは、人一倍あった。

 それだけは、自分で胸を張って言える。


 その部分を、監督や仲間たちが見てくれていたのなら。

 そう思うと、胸の奥が少し熱くなった。


 だが。


 北沢と比べれば、俺はどうだ。


 下位打線。

 主力でもない。

 身長はまあ百七十五くらい。プロフィールには百七十七って盛ってるけど。

 顔も、別にイケメンじゃない。


 ――敗北者じゃけぇ。


 そんな言葉が、頭をよぎる。


 茜に、報告したかった。

 「正捕手になった」って。

 背番号を見せて、自慢したかった。


 小学生の頃も、中学生の頃も、

 「試合見に来いよ」って、普通に言えてたのに。

 背番号だって、誇らしげに話せていたのに。


 今は、それができない。


「背番号、六番」


「東山和斗」


 守備の名手。

 セカンドかショートか迷われていたが、ショートに定着か。

 さすがだと思う。


 そして、もうひとつ。

 俺には、投手を諦めた過去がある。


 主役になれるかもしれなかったポジションを、自分から手放した。

 茜を呼んだ、あの日の試合。

 俺は大炎上して、戦犯になった。


 あの話は――

 また、いつかしよう。


 今の俺は、捕手だ。


 捕手とは、補い手。

 主役を支え、流れを整え、勝利を陰で作る存在。


 俺はこのポジションに誇りを持っている。

 好きだ。

 でも――


 恋愛においては、どうしても引っかかってしまう。


 主人公には、なれないんじゃないか、と。


 主人公とヒロインが結ばれる物語。

 その横で、黙って支える役割。

 縁の下の力持ち。


 そんな立ち位置が、この背番号と一緒に、ずしりとのしかかってきた。


 ――とは、口が裂けても言えない。


 ベンチ入りすら叶わなかった仲間もいる。

 気持ちを、踏みにじるわけにはいかない。


 だから俺は、今日も胸の奥にしまい込む。

 言葉にならなかった感情と一緒に。


 

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