Bluetooth
――物凄く、面食いな子だった。
これは誇張でも何でもなくて、事実としてそうだった。
テレビに映る俳優、雑誌のモデル、街ですれ違う知らない誰か。背が高いとか、顔立ちが整っているとか、そういう要素を見つけるたびに、あいつは驚くほど正直に反応した。
「え、今の人かっこよくない?」
そんな軽い一言を、何度聞いたかわからない。
それを聞くたびに、俺は曖昧に笑って誤魔化した。
胸の奥がちくりと痛むのを、なかったことにするために。
だって仕方ないだろ。
俺は別に、目立つ顔をしているわけでも、背が高いわけでもない。運動部ではあるけど、エースでもスターでもなくて、クラスの中心にいるタイプでもない。
良く言えば無難、悪く言えば印象に残らない。
自己紹介で終わる人間だ。
それでも、俺はずっと一緒にいた。
小学校、中学校、高校と、学年が変わっても、クラスが違っても、何故か会話が途切れなかった。
隣の席になれば自然に話し、ならなくても廊下ですれ違えば手を挙げる。
特別な関係じゃない。
でも、赤の他人とも違う。
そういう距離感。
一番厄介なやつだ。
あいつはよく恋の話を俺にした。
「ねえ、今度さ、〇組の△△君と話したんだけどさ」
そんなふうに始まる話を、俺は何度も聞いた。
相槌を打ちながら、内心では必死だった。
心臓の音がうるさくて、耳に入る言葉が遅れて届く。
それでも、俺はちゃんと聞くフリをした。
聞いている“友達”でいなければ、ここに居られない気がしたから。
たまに、期待してしまう瞬間もあった。
あいつが恋の相談をしてきたあとで、「でもさ」と続けて、
「やっぱり違うかも」
なんて言うとき。
そのたびに、胸の奥で何かが少しだけ浮き上がる。
もしかして、って。
馬鹿みたいに。
でも現実は、いつもその先にあった。
「あ、でもやっぱ顔は大事だよね!あの人とかかっこいいなぁー!きゃー!」
その一言で、全部が地面に叩き落とされる。
分かってた。
分かってたんだ。
あいつは悪くない。
正直なだけだ。
好みを隠さず、好きなものを好きと言うだけ。
悪いのは俺だ。
そんな相手を好きになって、期待して、勝手に傷ついてる。
告白しようと思ったのは、ほんの出来心だったのかもしれない。
高校最後の年。
このまま何も言わずに終わるのが、怖くなった。
失うのが怖いくせに、何も変わらないまま時間だけが過ぎていくのが、もっと怖かった。
でも、告白する前に――
その必要はなくなった。
あいつには、もう好きな人ができていた。
しかも、それを知ったのは、あいつの口からじゃない。
友達経由の、噂話。
「〇〇、△△君といい感じらしいよ」
名前を聞いた瞬間、全部理解した。
高身長、爽やか、運動神経抜群。
絵に描いたような“好きそうなタイプ”。
ああ、負けたなって思った。
戦ってすらいないのに。
だから今、俺は走ってる。
音楽を最大音量にして、考えないようにして、それでも浮かんでくる顔を振り払うために。
青い空はやけに澄んでいて、白い雲は呑気に流れている。
世界は何も変わらない。
変わったのは、俺の中だけだ。
ワイヤレスイヤホンが、耳から少しずれた。
音楽が途切れ、代わりに自分の荒い呼吸が聞こえる。
――Bluetooth。
繋がっているようで、実際には触れられない。
距離が少しでも離れれば、簡単に切れてしまう。
俺とあいつの関係も、きっと最初からそうだった。
繋がっている“つもり”だっただけ。
最初から、恋愛には対応していない規格だったんだ。
だから俺は、走る。
失恋した事実を、告白すらできなかった自分を、
全部置き去りにするみたいに。
けれど、どれだけ走っても、
胸の奥に残った青い痛みだけは、
どうしても、切断できなかった。
試合にも勝負にもならない俺の
ひと時の幸せの物語。
今更になって必要はないことなんだけど、つい話したくなってしまったので
俺の話を少しずつ話していこうと思う。




