落語声劇「居酒屋」
落語声劇「居酒屋」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約20分
必要演者数:2名
(0:0:2)
(1:1:0)
(2:0:0)
(0:2:0)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
客:居酒屋にやって来た客。
小僧をからかいながら酒を呑む。
※(劇中、客はだんだん酔いが回っていきます。ただしべろんべろん
ではない。)
小僧:居酒屋の小僧さん。
質の悪い客に絡まれる不憫な子。
●配役
客:
小僧・枕:
※女性が演じる場合は適宜口調を変えて下さい。
枕:「酒呑みは やっこ豆腐に さも似たり はじめ四角で 後がグズグズ」
て歌がございます。
笑い上戸ってのは傍で聞いてましても実に愉快そうですな。
些細なことまでおかしくなるらしいんでございます。
「ははは…お前、頭がハゲてるな」て、つまらない事言っても笑う。
ハゲてる頭は普段から見ているわけでございますが、酒を呑むってえ
とその輝き具合が一段と目立ちまして、さらにおかしくなるらしいん
でございます。
なんの上戸かてのは、ご自分じゃお気づきにならないもんだそうで
ございます。癖でございますからな。
「ごらんよ、あいつ壁塗り上戸だよ。今に見ててごらん、出てくるよ
。」
これは酌をご辞退なさる時に壁を塗るような手つきになるんですな。
「一杯いこうか!」
「私?いけませんよ、さっきから私ばかりいただいてんですから。
少しは他にもやって下さいよ。」
って壁に塗り込んでる方がございます。
他には鶏上戸なんてのもありますな。
これはもっと芸術的で、自然と鶏が時を知らせるような声になるんで
す。
「一献いこう!」
「そうですか、じゃ、お軽く願います。
【段々ゆっくりになっていく】
いよォーっとっとっとっとっとっとっとっとっ…!
【一口飲んで】
お結構!」
てな感じで時を知らせてる方がございます。
こんな感じで人に迷惑を掛けない呑み方ができるならいいのですが、
中には人に悪絡みして困らせる、絡み酒をする質のよくない輩も
一定数いらっしゃるようでございまして。
客:おう、ごめんよ。
小僧:へぇ~い、宮下へおかけなぁ~イ。
客:何だァ?
小僧:大神宮様の下が空いとりますからお宮の下へおかけなぁーイ。
客:どっか破けたような声出すなこいつは。
大神宮様の下?ははは…おもしろいなァ。
宮下たァ付けたな。
小僧さん、お酒持ってきてくれ。
小僧:へェ~い、お酒は澄んだんですか、濁ったんですか?
客:おい変な聞き方するなよ。
おめぇは人の柄を見るね。
頭の先から足の先まで見下ろしゃがって、
澄んだんですか濁ったんですかだあ?
濁った酒なんか飲めるかい。澄んだのだよ。
小僧:へェい、上一升ぉ~~~~ッ。l
客:おいちょっと待てよ、一合でいいんだよ。
小僧:へへ、これ景気でございます。
客:あ、景気か。
びっくりしちまったじゃねえか、おどかすなィ。
景気ならもっと大きくやれ。上一斗ォーっとかなんとかな。
小僧:おまちどうさま~。
客:おぉ来た…おぅおぅ小僧さん、この猪口はいけねえな。
小せえもんで呑んでたんじゃ酔わねえんだよ。
生あくびばっかり出て、生酔いになっちまうんだな。
ぐい吞みってのはねえのか?
ねえなら湯呑みでも何でもいいぞ。
そいつでガブガブっと呑んで、酔ってきたら小せえもんでいいんだ。
小僧:じゃあこちらの湯呑みでどうぞ~。
客:おう、そいつでいいや…おぉっとっとっとぉおい、
これ置いてどんどんそっち行っちまうなよ。
一杯ぐれえ注いでいけよ。
小僧:まことに相すいません。
込み合いますから、お手酌で願います~。
客:なんだよ、はっきり断りやがって。
んな愛想のねえこと言うもんじゃねえよ。
一晩中ここについててお酌してくれってんじゃねえや。
持ってきたついでだから、一杯だけ酌してくれってんだ。
込み合います…って他に誰もいやしねえじゃねえか。
変なこと言うなよ。
どうせお酌してもらうんなら女の方がいいよ。
酒は燗、肴は気取り、酌は髱、綺麗におけいけいした姐ちゃんが
、白魚を並べたようなまっちろなほそーい五本の指で、
「いかが?」なんてこと言われると、ふらふらってよけい呑む気に
ならァ。
おめえの…手かい、それァ。
いや疑るわけじゃねえけどよ。
まるでたらこみてえじゃねえか。
でもうまそうだな、本場もんだろ。
掛け値なしと来てやんだな。
どうでもいいけどおめえの指は親指ばかりだな。小指があんのかい?
太さも長さもみんな同じじゃねえか。
でも肉付きはいいやな。身がいっぱい入ってるよ。
月夜に獲れたんじゃあねえな。
小僧:カニでもたらこでもありませんよ。
客:ははは、そう言いたくもなるじゃねえか。
ぶるぶる震えねえでしっかり注げよ、いいか。
湯呑みの口に徳利がカチカチって当たんのはァ嫌な心得だよ。
おい、もっとケツを持ち上げなきゃ出ねえよ。
もっとケツ持ち上げてってこら、おめえのケツじゃねえよ!
徳利のケツを持ち上げろってんだよ。そそっかしいな。
ケツ持ち上げろって言いや自分のケツ持ち上げてやがる。
おめえのケツ持ち上げたって酒が出るかい。
小僧:へェい、相すいません~。
客:うぅわっと!
おいおい、夜の酌は八分目ってんだ、気を付けろよ。
お口からお迎えに行かなきゃなんねえじゃねえか。
んっ…んっ…んッ…。
なんでぇこりゃ、酸っぺぇなこの酒。
どうせ居酒屋、飛び切り上等の良い酒なんざありっこねえと覚悟して
来たけどよ。
甘口辛口ってのはずいぶん呑んだけどな、酸っぱ口ってのは初めてだ
な。
小僧:ちゃんと名のあるお酒ですよ。
客:なに、名前がある?
こんな酒ェ名前付けることねえだろ。
なんてんだよ?
小僧:甲正宗ってんです。
客:かぶとまさむねェ?
頭にきそうな名前だなァ。変な名前を付けたもんだ。
他にねえのか?
小僧:これ一口だけです。
客:あ、そう。
じゃ我慢するよ。
んっ…んっ…んっ…
おい小僧さん、代わり持ってきてくれ。
小僧:ご酒代わりィ~一丁ォィ~~。
お肴はなんにいたします?
客:なに、肴ァ?
小僧:え、いらないんですか?
客:いらねえなんて言いやしねえじゃねえか。
ガツガツするなよ落ち着かせろや。
酒呑んでるそばで棒立ちにつっ立って、お肴なんに、お肴なんに、
って、押し売りされてるみてえだよ。
小僧:へへ…いらないんですか?
客:だからいらねえなんて言いやしねえだろ!
「小僧さん、肴持ってきてくれ」ってったら、そこで「お肴はなんに
しますか?」
って聞くもんだよ。わかったか?
で、肴は何ができるんだ?
小僧:へェい、
【一気に早口で】
【※見やすくする為に句読点打ってます。】
できますものは、汁、柱、鱈昆布、アンコウのようなもの
、ブリにお芋に酢だこでございます、へェ~~い。
客:…おっそろしく早ぇな、もうみんな言っちまったのか。
さあ大変だ。まるっきりわからねえ。
もう一度言ってくれ。
小僧:へェい、
【一気に早口で】
【※見やすくする為に句読点打ってます。】
できますものは、汁、柱、鱈昆布、アンコウのようなもの
、ブリにお芋に酢だこでございます、へェ~~い。
客:いちばんおしまいの「ぴ~」とか言ったのは分かったけどよ、
真ん中のがちっともわからねえ。
おめえ、自分さえ承知してりゃいいってもんじゃねえぜ。
こっちが分からなけりゃしょうがねえじゃねえか。
さっきのをゆっくり長ぁく伸ばして、もういっぺんやってみろよ。
小僧:【さっきよりは若干遅いがそれでも「汁、柱」の所から早い。】
【※見やすくする為に句読点打ってます。】
できますものは、
汁、柱、鱈昆布、アンコウのようなもの
、ブリにお芋に酢だこでございます、へェ~~い。
客:いや、そのおしまいのな、「ぴ~」っての取れねえかな。
それが気になるんで「ぴ~」の前がちっとも頭に入って来ねえんだ。
「ぴ~」ての抜きでもういっぺんやれよ。
小僧:ただいま申しましたのは何でもできます。
なんにいたします?
客:いま言ったのは何でもできんのか?
小僧:さよでございます。
客:じゃあすまねえけど、「ようなもの」てやつ一人前ェ持ってこいよ。
小僧:えっ?
客:「ようなもの」。
小僧:そんなのできませんよ。
客:おめえ言ったじゃねえか。
小僧:いいえ。
客:じゃもういっぺんやってみろよ。
小僧:【一気に早口で】
【※見やすくする為に句読点打ってます。】
できますものは、汁、柱、鱈昆布、アンコウのようなっ…
えへへ…。
客:なにが「えへへ」だ。
今ごろ気が付いて笑って誤魔化してやがる。
それだよそれ。
小僧:これァ口癖でございます。
客:なんだ口癖か。
口癖でもいいから一人前持ってこいよ。
小僧:そんなもんできませんよォ。
客:口癖料理にできねえのか?
酒の代わりくれ。
小僧:ご酒代わりィ~一丁ォィ~~。
客:いい声だな。
居酒屋に二、三年は辛抱しなきゃ、首尾のいった声ァ出ねぇもんだ。
おぅ小僧さん、そっち行かねえでこっちにいろよ。
今の肴ァもういっぺん聞かせてくれ。
「ごじょごじょごじょごじょぴぃ~」ってやつ、やってくれよ。
小僧:あなたの脇の小壁に、紙に書いて貼ってあります。
そこに書いてあるのお肴ですから、何でもできます。
それをご覧なすって下さい。
客:どこだ?
小僧:あなたの脇の小壁で。
客:脇の小壁…あぁっはっは、書いてある書いてある。
ここに書いてある肴ァ何でもできんのか?
小僧:さよでございます。
客:ならハナっからこれ見せりゃ、「ぴ~」も「す~」もねえじゃねえか
。
おもしろいもんが書いてあんな。
まだ食った事のねえのもずいぶんあるぞ。
いちばんハナに書いてある「くちうえ」てなんだこれ。
小僧:へ?
客:「くち」の「うえ」ってのは。
小僧:あぁそれ、口上です。
客:あ、口上かあ。
ほら、口の上ってからには、鼻かなんかこしらえるのかって、
心配しちゃったよ。
よし口上一人前持ってこい。
小僧:そんなもんできませんよ!
その次からならできます。
客:そんならそう断れよ。
その次…あ、これも食ったことねえや。
なんだ、「とせうけ」てのは。
小僧:へっ?
客:「とせうけ」。
小僧:とせうけじゃありません、「どじょう汁」です。
客:どじょぉぅう汁ぅぅ?
マズい字ィ書きやがったなァ。
「とせうけ」と書いて「どじょう汁」か。
小僧:「と」の字に濁りが打ってあるから「ど」で、
「せ」の字に濁りが打ってあるから「ぜ」です。
客:なんでェ濁りってのは。
小僧:字の肩のあたりに点がポチポチと打ってありますから。
客:ありゃ墨こぼしたんじゃねえのか?
小僧:そうじゃないんです。
「てん」ですよ。
客:「てん」てななんだァ?
小僧:いろは四十八文字、点を打つとみんな音が違うんです。
客:おめぇ学者だなァ。
初めて聞いたよ。
いろはの「い」の字に濁りを打つと、なんてんだ?
小僧:「い」の字に濁りを打ちますと…ッ
客:おぉい食いつきゃしねえかい?歯ァ剥きだして向かってくるなよ。
小僧:…「い」の字は打てないんです。
客:そんなこと言わねえで、打って見ろよぅ。
じゃその次の「ろ」の字は?
小僧:ぇ~「ろ」の字に打ちますと、「ろ”ろ”ろ”ろ”ろ”…」
【発声練習などでやる、舌を震わせるアレです】
客:どっか破けたなおめえ。
小僧:…「ろ」は打てません…。
客:じゃ、「ま」だ。
小僧:「ま」、げほっ【無理にやろうとして咳き込む】
「ま」打てないんです…。
客:じゃあ「ぬ」だ。
小僧:ん「ぬ」っ、お客さん打てないの選んで言ってるでしょ!
客:ははは…ザマぁ見やがれィ。
無理に打とうと思っておもしれぇ顔しやがって。
バナの頭に汗かいてやがんな。
小僧:なんです「バナ」って。
客:顔の真ん中にこんもり高いのなんだ?
小僧:これ鼻でございます…!
客:だって濁りがあるっつったじゃねえか。
小僧:こりゃほくろですよ!
客:あ、ほくろか!
うまく二つあるなぁ。
濁りを打ったのかと思った。
横っちょにもあるな。ぼっぺただ。
上にあるのはびたいだな。
おめえのは顔じゃねえ、がおだよ。おもしれぇ顔だなァ。
「元方現金に付き貸し売りお断り申し上げ候」を一人前持ってこい。
小僧:そんなもんできませんよ!
客:じゃ酒の代わりくれ。
小僧:ご酒代わりィ~一丁ォィ~~。
客:そばにいろよぅ、さっきの「ごじょごじょごじょごじょぴぃ~」って
の、あれもっぺんやれェ。
小僧:突き当たりの棚にお肴が並んでますから、ご覧なすって下さい。
客:あんなとこまで行くのめんどくせえ。
あの棚ァ持ってこい。
小僧:持って来られやしませんよ!
そこからご覧なって下さい。
客:右の隅に真っ赤になってぶる下がってるのはなんだ。
小僧:タコでございます。
客:タコ?ふぅぅ~~ん…あのタコ生きてるのか?
小僧:生きてやしませんよ。
客:死んじゃったのか。
小僧:さよでございます。
客:あぁ~気の毒な事をしたなァ。
俺ァちっとも知らなかった。
いつ死んだよ?
小僧:分かりませんよいつ死んだのかなんて。
客:手紙の一本でも来りゃ、お通夜に行ってやったんだが、
とんだことしちゃったなァ。
しかし真っ赤だな。
小僧:茹でたんです。
客:茹でるとああいう風に、赤くなるのか?
小僧:エビでもカニでもタコでもシャコでも。
赤いものはなんでも茹でたものです。
客:じゃ猿のケツは誰が茹でたんだよ?
小僧:あんなもの茹でる人ありませんや。
客:赤いものは何でもって言うから聞いてんだよ、へへ。
じゃあ京の街の赤い柱や壁は、誰が茹でたんだ?
小僧:あんなもの茹でられるもんですか。
というか京なんて行ったこともないですよ。
客:ひっく、お?タコ下ろして何をすんだ?
小僧:酢にいたします。酢だこでございます。
桜煮もございます。持って参りますか?
客:いぃいぃ、いらないよ、聞いただけだよ。
あの隣にぶる下がってる、こんな大きな口の赤い肌の魚ァなんだ?
小僧:あんこうでございます。
鍋にいたしましてあんこう鍋です。
客:その隣に印半纏に鉢巻して、出刃包丁持って考え事してんのは?
小僧:あれうちの番頭でございます。
客:あれ一人前こしらえてこいよ。
【あんこう→番頭とかけている】
番公鍋てのができるだろ。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
三遊亭金馬(三代目)
※用語解説
・甲正宗
検索したのですが、近いと思われるのは千葉県で三百年以上の歴史をもつ
日本酒の酒蔵「飯沼本家」の定番商品「甲子正宗」だけでした。
・上一升
上級のお酒一升。一升は1.8リットル。
・一斗
18リットル。一升の十倍の量。
・一合
180ミリリットル。
・酒は燗、肴は気取り、酌は髱
気取りとは木工用語で、丸太から無駄なく建築材を採材する「木取り」が
語源で、良い素材を無駄なく上手に調理をしたものを意味する。
(気取りの代わりに刺身と表現することもある)
髱は江戸の元禄時代に流行った日本髪。
つまり、
酒を飲む時はほどよいお燗と、肴は気の利いたいい素材を使ったもの、
それに若い女のお酌があればこの上ないという意味。
・おけいけい
化粧の事。
・元方現金に付き貸し売りお断り申し上げ候
※合ってるか自信ないです。
元方:金融機関での出納担当者