第76話 もう……こんな時間
フィオナの周りを取り囲んだ男たちの質問攻めは、まさに嵐のようだった。
「どちらのご出身で?」
「好きなお料理などは!?」
「ご趣味などは?」
「ご婚約者はおいでで……!?」
矢継ぎ早に飛んでくる問いに、フィオナは「え、あ、その……」と目を白黒させるばかり。
その様子を見たセシリアが、フィオナを庇うようにそっと一歩前へ出た。
「皆さま、落ち着いてください。フィオナさんが困っていらっしゃいます」
柔らかく、しかし場を制する力を秘め、それでいて不思議と威圧は無い声。
たった一声で、男たちが自然と押し黙る。
(す、すごい……)
フィオナは、その堂々とした佇まいに思わず見惚れてしまう。
セシリアはにこりと微笑むと、最前列の貴族へ視線を向けた。
「たしか、ご趣味についてお聞きでしたね?」
「は、はい! その……!」
「私も知りたいです。フィオナさん、普段はどんなことをされるのですか?」
やわらかな問いかけに、フィオナはようやく安心して返事ができた。
「えっと……家事とか、お菓子作りとか……あと、最近はダンスの練習を……」
「まぁ、素敵です。フィオナさんの運動神経でしたら、きっと舞踏もお上手なのでしょうね」
その言葉に、男たちの間から「おお……!」と感嘆の声が漏れる。
空気が一気に和らぎ、場がまとまっていく。
別の男が勢いよく尋ねる。
「ローゼンベルク領にお住まいだとか。どんな場所なのです?」
「あの、はい……」
フィオナが答えに戸惑った瞬間、セシリアが自然に補足する。
「食べ物が美味しくて、素敵なお祭りがあるのでしょう?」
「──は、はい! 酒精祭といって、豊作を祝うお祭りで……皆さんでお酒を飲んだり、焚き火を囲んで踊ったり。屋台のご飯がとても美味しくて──」
故郷の話をするうちに、フィオナの緊張はすっかりほぐれていた。
男たちも「祭りでしたらうちの領でも──」「うちの名物は魚料理でして」と次々と話題を出し、場の熱は一段と高まる。
セシリアが穏やかに会話の流れを整えるおかげで、フィオナも自然と笑顔を返せた。
屋敷と町しか知らなかった彼女にとって、各地の食事や風習の話は新鮮で仕方ない。
「トストールのチーズは、ヤギのミルクから作るのです。少々クセはありますが、香りが絶品で……」
「我が領土の酪農も負けておりませんよ! 小麦が黄金色に染まる季節は圧巻です」
「それは……一度見てみたいですね」
「ぜひ我が領に!」
「いや、まずは私が!」
気の利いた冗談、ちょっとした見栄。
社交界らしい華やかな賑わいに包まれ、時間はあっという間に過ぎていった。
──そんな中で、時計の針は確実に“零時”へと近づいていく。
(──! いけない。もう……こんな時間)
ふと見上げた大時計の針は、零時まで残すところ十分あまり。
焦りを押し隠し、フィオナはそっとセシリアへ近づいた。
「あの、私そろそろ……」
「え? どうされましたか? パーティーは夜通し続きますし、フィオナさんさえ良ければ──」
そこでフィオナは気づいた。
(……そうだった。セシリア様には魔法の事を伝えていない……)
慌てて別の理由を取り繕う。
「いえ……先ほどの事もあって、少し疲れが出てしまって。少し場を外させて頂こうかと」
「あぁ、そういうことでしたら。でしたら私の控室を使ってくださいませ。人もいませんし、ゆっくり休めますよ」
「ありがとうございます……!」
深く頭を下げ、セシリアとともに会場の出口へ向かおうとした──その瞬間。
「お待ちください、フィオナ譲!」
「後日ぜひお会いできませんか!」
「お手紙を差し上げますので、連絡先だけでも……!」
男たちがまるで壁のように立ちはだかり、道という道が一瞬でふさがれた。
「え、ええと……」
困惑するフィオナ。
背後の時計の針が、またカチリ……と進む。
そこへ、スカーレットがすっと割って入った。
「彼女は私の従者だ。用があるなら私が聞こう。──今は退いていただけると助かる」
しかし、独身貴族たちは諦めない。
「そうはいきません、皆がフィオナ譲に夢中なのです!」
「今のうちに顔を覚えていただかねば!」
「お願いします、ほんの一言だけでも──!」
(な、なんでそんな必死なんですかぁぁ……!)
フィオナは半泣きでスカーレットの袖を掴む。
しかし、男たちの熱はさらに高まっていく。
──カチッ。
零時まで、あと五分。
(だめ……間に合わない……!)
焦りが胸を締めつけた、そのとき。
「皆さま」
セシリアが静かに前へ出た。
柔らかな笑みのまま、声音だけをほんの少し強くする。
「そのような余裕の無さでは、フィオナさんの心を射止めることは叶いませんよ。本当にフィオナさんを想うお気持ちがあるのなら──今は、彼女を休ませてあげてくださいませ」
静けさが、波紋のように会場へ広がる。
「……っ、それは……」
「……確かに」
誰も逆らえなかった。
貴族たちはしぶしぶ下がり、ようやく道が開く。
「セシリア様……ありがとうございます……!」
「ふふ、当然のことです」
そう言って微笑むセシリアの横で、フィオナは胸に手を当て、ようやく息を整えた。




