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第75話 勇敢な娘だ。褒めてやれ

 フィオナ達が会場へと戻ると、それを待っていたかのように人々に騒めきが広がっていった。


 フィオナはセシリアと並んで歩きながら、胸の奥にひやりとしたものを覚える。


(……あれ? なんだか視線が……)


 巨大なシャンデリアの輝きの下。

 豪奢な衣装を纏った貴族たちが、その会話を止めてフィオナを見ている。


 ひそひそ声が、フィオナの敏感な耳に飛び込んでくる。


『ほら、あの娘だ……!』

『さっきの騒ぎ、彼女が収めたと……』

『まさか、あの華奢な娘が?』

『いや、それよりも見ろ。あの美しさ。確かに先程から群を抜いて目立ちはしていたが……』

『どこの家柄だ? 婚約者はいるのか? 誰か事情を知る者はおらんのか?」


(え、えぇ……!?)


 会場の空気が徐々に熱を帯びていく。


 騒ぎにはならないと言っていたのに──どこから話が漏れたのか、完全に目立ってしまっている。


 隣を歩くセシリアを見ると、彼女も視線に気づいたようで、少し引き攣った顔でフィオナを見る。


 そこへ、甲高い声が響いた。


「──おい、そこの娘」


 振り返ると……第二王女カトリーナが、玉座代わりの豪奢な椅子からこちらを指さしていた。


「ここへ」


 刺す様に鋭い視線。

 フィオナは背筋を伸ばし、ゆっくりと彼女へ歩み寄る。

 スカーレットとハイネルも身動きが取れず、離れた位置から彼女をじっと見守るしかない。


 フィオナが前に立つと、カトリーナは微笑を浮かべながら手に持っていたワイングラスを机に置いた。


「貴女とは何かと縁があるようだな。先程は極上のワインを持って現れたかと思えば、今度は──」


 そう言ってカトリーナは会場を見渡し、少し声を張る。


「倉庫に盗みに入った下賤なやからを捕まえたくれたのだとな」


「……? 盗み、ですか?」


 戸惑うフィオナ。

 だが……


「そうだ。倉庫の金品を狙った“ただのこそ泥”が出た、程度の話だと聞いているが。私の言っている事に、何か間違いでも?」


 有無を言わさない圧。

 フィオナはすぐに理解した。


 ──自分の生誕祭で

 ──第五王女とはいえ、王族が巻き込まれる形での誘拐未遂

 ──そして剣を抜いての大乱闘


 そんな話が広まれば、第二王女の威厳に傷がつく。


「い、いえ……殿下のおっしゃる通りでございます。たまたま倉庫の近くにおり、不審者に気づき……少し、皆様のお手伝いをしただけでございます」


 深く頭を下げる。

 カトリーナは満足したように鼻を鳴らした。


「ならばよい」


 軽く頷くと、軽く手を振り払うように立ち上がった。


「皆の者、聞け。彼女は、倉庫に侵入した賊を取り押さえた勇敢な娘だ。褒めてやれ」


 事件すら美談に。体裁が何より。実に彼女らしい幕引きだ。


 その一言で、会場は火がついたようにざわめく。


『おぉ、噂は本当だったのか!』

『あの美貌で度量も良しとは! 是非ともうちの息子の嫁に!』

『おぃ! どこの娘なのか、まだ調べはつかんのか!?』

『もういい、私が先に──!』


 事件の真相など、もはやどうでも良い。

 会場の興味は、突然として社交界に現れた、一人のうら若き少女に移り変わった。まさしくカトリーナの思惑通り。


「えっ……えぇ!?」


 フィオナが一歩下がるより早く、数名の貴族青年たちが一斉に押し寄せてくる。


「お嬢様! 僭越ながらお名前をお伺いしても?」

「おや? お飲み物は? よければ私が──」

「お前達、そこをどけ! 私は北部の大領主にして──」


「えっ、い、いえ! あの、私は──!」


 フィオナは縋るようにスカーレットを見るが、輪の外に取り残された彼女は申し訳なさそうに首を振るだけ。さすがにこれだけの騒ぎとなると、スカーレットにも打つ手は無いようだ。

 ハイネルに至っては、せっかくだから楽しんでこいと言わんばかりに、豪快に笑っているのだった。

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