第74話 少しは楽しんでも罰は当たりませんよ
一同が愕然とする中、倉庫の扉が激しく開かれた。
金属の擦れる音と共に、王宮の警備兵たちが雪崩れ込んでくる。
見れば、その後ろには慌てた様子の使用人たちの姿もあった。
「大丈夫か!? 悲鳴が聞こえたぞ!」
「──第五王女殿下? 何事ですか、これは!」
兵たちが一斉に駆け寄るが、セシリアが片手を挙げてそれを制した。
「大丈夫です。落ち着いてください」
彼女は淡々と、堂々と事情を説明した。
ドルマン伯爵とスラズール侯爵が裏で結託し、襲撃を企てたこと。
そして、命を賭して止めたのが、傍らに立つ少女──フィオナだということ。
血の気を失った貴族二人と、その手下たちは、すぐに拘束された。
兵士たちが縄を掛け、彼らを引き立てていく。
倉庫に残るのは、フィオナとセシリア、そして静寂だけ。
ほどなくして、騒ぎを聞きつけたスカーレットとハイネルが駆け込んできた。
「無事か!」
スカーレットが真っ先に声を上げ、フィオナの肩を掴む。
「はい……少し、怖かったですが、もう大丈夫です」
フィオナの答えに、スカーレットはふっと表情を緩める。その顔には心底からの安堵が浮かんでいた。
「それは……よかった。まったく、普段の淑やかさからは想像もつかない御転婆だな。肝を冷やしたぞ」
その様子を見てハイネルが笑う。
「なに、その落ち着いた様子を見れば分かるわい。危なげもなかったのだろう。あの程度では、相手として不足だったのではないか? 流石白獅子の弟子だ」
フィオナは少し照れくさそうに目を伏せた。
「い、いえ。ただ私は必死で……」
その隣で、セシリアが小さく息を吐く。
「ごめんなさい、フィオナさん。私の我儘であなたを危険な目に……」
言葉に滲む感情は、先ほどまでの毅然とした態度とは一転し、友の身を心から案じる少女のものだ。
「い、いえ! ご心配なく。そんなに危険な相手でもなかったかというか……私はセシリア様の騎士なのですから! 当然の役目です!」
慌ててセシリアの手を取るフィオナ。
仮にも王国の衛兵数人を相手にして、大した事が無かったとは……。スカーレットは微笑んで頷くと、周囲を見渡した。
「なにはともあれ。これにて一件落着だな」
ハイネルも腕を組んで大きく頷く。
「フィオナ譲の大手柄だな。礼は日を改めてじっくりさせてもらうとして。会場の方に戻るとするか」
豪快に笑うハイネルを見て、フィオナが不安そうな表情を浮かべる。
「あの、こんなことになって……大丈夫でしょうか。第二王女殿下に報告がいけば大騒ぎに……。パーティーも中止になるのでは?」
だが、スカーレットは肩をすくめ、軽くため息をつく。
「悲しいかな。被害に遭ったのが我々下級貴族となれば、この程度の騒ぎでは宴は止まらんだろう。カトリーナ殿下は今ごろ酒で上機嫌だろうしな」
「えぇ。パーティーの中止とあっては、お姉様のメンツにも関わりますしね。被害者のフィオナさんには申し訳ないですが……」
セシリアが苦笑まじりに付け加えると、フィオナは安心したように首を振って微笑んだ。
「いいんです。何事もなく終わるなら、それが一番ですから」
その言葉に、スカーレットとハイネルは顔を見合わせる。どちらからともなく、穏やかな笑みがこぼれた。
「まったく、肝が据わっておるな。──さて。では後は、パーティーを楽しんでくれ」
「楽しむ……ですか?」
フィオナが思わず聞き返す。
「そうだ。せっかくの舞踏会だ。ダンスもあれ程練習したのだからな。一曲くらい踊って帰らなくてはルス殿も残念がるだろう」
スカーレットが微笑む。
「ほう! ダンスまで白獅子仕込みとは! それはこのまま帰すわけにはいかんな。さぁさぁ、善は急げだ。会場に戻るぞ!」
半ば強引にエスコートしようとするハイネルの勢いに押されて、フィオナは戸惑いながらもチラリと時計台を見る。
(零時までは……あと一時間半。少し会場を見て回る程度なら……)
「行きましょう、フィオナさん。無事にお役目を果たしたのです。少しは楽しんでも罰は当たりませんよ」
二人に釣られるように、セシリアも嬉しそうに頷いた。
「……はい!」
フィオナは笑顔を浮かべてそれに答える。
光を反射するシャンデリアの下へ、皆の姿が消えていく。
倉庫の中に残ったのは、散乱した金属片と、静かな月明かり。
それが、ほんの少しだけ、彼女たちの無事を祝福するように、柔らかく照らしていた。




