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第73話 訓練とは……全然違う……

 フィオナの必死の訴えも虚しく、兵達はジリジリと間合いを詰めてくる。


 こうなっては、実力行使もしかたない。

 何千、何万という人々の命がかかっているのだ。


 フィオナが意を決して胸元のペンダントへ指先を滑らせると、そこから淡い光が漏れた。


 次の瞬間──青白い輝きと共に、一振りの剣が現れた。


 刀身は透き通るような青。光を宿した氷のような、儚くも鋭い輝き。


「なっ……!?」


 ドルマンの目が見開かれる。


「魔法武具……いや、召喚式の魔装具か!」


 スラズールが舌打ちした。


「さすがヴァルト領の娘。だが──」


 顎を引き、冷笑する。


「このような狭い倉庫で長剣を振るうとはな。やはり素人だな。紳士的ではないが……望みとあらば、少々痛い目を見てもらおう」


 合図と共に、兵士たちが一斉に動いた。

 短剣が光を裂き、フィオナに襲いかかる。


 しかし──次の瞬間。


 透き通るような金属音と共に、兵士の剣がはじけ飛んだ。

 刀身が震え、軌跡が青い光を残す。


 フィオナの剣が荷物の山をすり抜け、まるで空気そのものを断ち切るように、兵士の武器だけを“選んで”弾き飛ばしていた。


「な、何だ今のは!?」


 兵士の一人が叫ぶ。

 その胸当てがまるで布の服のように容易く裂け、金属片が床に散った。だが──血は出ていない。


 狼狽える兵たちを鎮めるように、フィオナの声が静かに響く。


「“斬りたいものだけを斬る剣”──ジーク様のお気に入りだそうです」


 剣から放たれる光が波のように揺らめき、兵たちが一斉に怯んだ。


 ──しばし、無言の沈黙が倉庫の中を支配する。


「……えぇい! 何をしている! お前達、金は要らないのか!?」


 ドルマンの激を受けて、兵たちは再びフィオナを取り囲むようにして剣を構え直す。


 が、皆一様に躊躇して斬りかかれないでいる。自分たちが剣を向けている相手の異質さに、薄々気付いてきたのだ。


 場は明らかにフィオナが制している。


 しかし……


(……これは、どういうこと? 考えがまるで読めない……。何かの罠!?)


 フィオナも身動きが取れず、一歩が踏み出せない。

 というのも、彼女から見て、兵たちの剣技、その構えはあまりにも粗い。足の運びも不用意。ちゃんと間合いを読んでいるのかすら疑わしい。


 あまりにも隙だらけで、むしろ不自然な程だ。


(揃いも揃って、こんな──あからさまに!? 誘っている……の? やっぱり、実践は訓練とは……全然違う……!)


 暫し無言の睨み合いが続く。


 やがて、戸惑うフィオナに、一人の兵士が、息を荒げて斬りかかってきた。


 即座に反応し、反撃の構えを取る。


 だが──相手の太刀筋は、あまりにも遅く、力任せだ。

 フィオナはその軌跡を難なく見切ると、軽く身をひねってかわした。


 次の瞬間、青く光る刃が閃く。

 ほとんど視認できぬ速さで、兵士の剣を弾き飛ばす。

 残光だけが空気に残り、兵士は腰を抜かして床に倒れた。


「な、なんだ今のは……!?」


「動きが……まるで見えない!」


 兵たちに動揺が広がる。


 だが、それと同時にフィオナの方も息を呑んでいた。


(ど、どういうこと……? 避けもしないで、わざと斬られた? 私が殺さないと分かっているから……? ど、どういう作戦!?)


 つまるところ──実力が違い過ぎるのだ。


 彼女が毎朝欠かさず稽古をし、どうにか切先だけでも届かせようと食らいついてきた相手は──かの“白獅子”ルスだ。

 フィオナにとっては彼の剣技が全て。強さの基準もそこにある。

 

 そのルスが“筋は確かで努力家”と評した彼女だ。この程度の立ち回りは、稽古の準備運動にも満たない。


 意を決したのか、兵が一斉にかかってくる。


 フィオナは素早く反応し深く息を吐くと、重心を落とす。

 その動きには、一才の無駄がない。獣人特有の身体のしなやかさが、まるで風のように流れを生み出していく。


 ひと振り。

 刃が走るたび、金属音が散り、火花が飛ぶ。

 誰一人の血も流さずに、その鎧や剣だけを斬り捨てていく。


 見えぬ速さの中で、自分の武器が崩れ、守りが剥がれていく。

 彼らには、それがまるで“亡霊”の仕業のように感じられた。


「ひいぃ! 化け物だっ!」


 最後の一人が悲鳴を上げて剣を落としたとき、倉庫の中は静寂に包まれた。

 兵たちは床に散り散りに倒れ、誰も立ち上がれない。


 残るは──ドルマン伯爵と、スラズール侯爵。


「な、なんだ……あれだけの兵が、一瞬で……」


「にっ、人間の動きじゃない……」


 二人は蒼ざめ、互いに背を寄せ合う。

 フィオナは静かに息を整え、剣を構え直した。


「ひっひいぃぃい」


「い、命だけはっ!」


 怯える二人を見据えて、フィオナは凛とした口調で告げる。


「これ以上は無駄です。もう一度、お願いします。考え直してください! ──あなた達の身の安全のために!」


 身の安全のため?

 これほどまでに人間離れした剣技を見せつけておいて、どういうことだ? これ以上やれば、ただじゃおかないということか??


 もう、意味が分からない。


 フィオナの深い優しさが、逆に二人の心をへし折った。


 ドルマンが、がくりと膝をつく。

 スラズールも力が抜けたように腰を落とした。


「な、何者だ……貴様はいったい……」


 フィオナは剣を収め、静かに言った。


「えと、私は……ジーク様にお使えするメイドです。それと、セシリア様の騎士で……。ただ──あなたたちを、守りたかっただけです」


 その言葉に、倉庫の中の灯が揺れた。

 鎧の破片が床で転がり、光を反射している。


 もはや、この場に居る誰しもが──意味が分からなかった。

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