第72話 “孤高の悪魔”の恐ろしさと──大人げなさを!
二人の目的を聞いて、セシリアが慌てて前に出る。
「ま、待ってください! フィオナさんは関係ありません! 我々の政治的な問題に彼女を巻き込むのは──」
だが、男達の反応は冷ややかなものだった。
「あぁ、セシリア様。そいうえば貴女も居るのでしたね。面倒ですが、貴女にもお付き合い頂きますよ」
スラズールが冷めた目でせせら笑う。
「全く、事のついでとはいえ。王族の誘拐となれば重罪。まぁ、しかし──貴女で良かった“第五王女”。貴女程度なら、話は別だ」
「……」
セシリアは二人を睨んだまま口を閉ざす。
「“孤高の悪魔”という厄災を前に、誰も貴女などという些細な存在は気にも止めませんよ。ねぇ、第五王女殿下」
スラズールが侮蔑の混じった声で笑う。
セシリアは一瞬、唇を震わせたが──それでも視線を逸らさなかった。
「……貴方たちは、どこまで腐っているのです」
「腐っている? 違いますな」
ドルマンが笑う。
「我々は現実主義者ですよ。──セシリア様、貴女は今の王国をどう思われますか? 長く続く停戦の平和に胡座をかいて……小娘同然の王女達で、次期王権を争う、今のこの王国を」
スラズールが後に続き声を荒げる。
「危なっかしくて見ていられない! このままではいずれ帝国に攻め込まれるのも時間の問題! ヴァルト侯を利用できれば、王政を覆すことも夢ではない。いや、それどころか、あの男が動けば世界を手中に収める事すら可能!」
その目は狂気じみた光を帯びていた。
野心と恐怖と絶望が入り混じった、逃げ場のない執念の色。
「いかに優秀な馬といえど、騎手が居なければ野蛮な獣と同じ。我々があの男の手綱を握り、この国を良き方向へ導くのです! その手綱となるのが貴女だ。──さぁ、お嬢さん」
ドルマンがフィオナに向けて手を伸ばす。
「おとなしく我々に従いなさい。下手に抵抗すればどうなるか──分かっておるな?」
ドルマン伯爵の声が、冷たく夜の空気を引き裂く。
側に控えていた兵たちが無言で短剣を抜き去った。刃の先が燭光を反射し、倉庫の壁に不吉な光を散らす。
それを見て、セシリアが小さく息を吐き一歩前へ出た。
「あなたたち、王室警備兵なのに──買収されたのですか」
その声には怒りよりも、深い哀しみが滲んでいた。
だが兵士たちは何も答えない。ただ、重い足取りでじりじりと二人へ詰め寄る。
その気迫に、さすがのセシリアも、一歩だけ後ずさる。
だが、そのとき──声を上げたのは黙って顔を伏せていたフィオナだった。
敵の陰謀を知ったその顔は……恐怖の色に震えている。
「お願いです! このようなことは……やめてください! でないと、恐ろしいことに……!」
震えながらも、必死に声を張る。
その真剣な様子に、一瞬だけ兵士たちの動きが止まった。
だがドルマン伯爵は、鼻で笑う。
「なに、心配なさるな、お嬢さん。手段こそ多少乱暴だが……我々は野蛮な盗賊ではない。政治的な信念のもとに動いている。大人しく協力すれば、必要以上に危害は加えないさ」
「いえ──そうではなくて!」
フィオナの声が跳ねる。
彼らは理解していない。
自分が何をしようとしているのか──“誰”を敵に回そうとしているのか。
彼女の胸に浮かぶのは、自らの主……ジークの姿だ。
冷静で、寡黙で、大抵の事には興味を示さない人。
自惚れと思われるかもしれない。けれど、あの人は──「自分のもの」を奪おうとする者に、容赦など決してしない。
(人質を取って、ジーク様と……交渉だなんて……!)
想像しただけで身が震える。
ジーク様なら、たとえどんな状況でも、人質の一人や二人や数十人、難なく救出してしまうだろう。
その上で、待っているのは……。
この人たちはもちろん、屋敷も、領地も、国そのものも、跡形ひとつ残さず焦土とする──報復。
(ジ、ジーク様なら……やりかね無い。この人たちは、ジーク様を知らなさ過ぎる。“孤高の悪魔”の恐ろしさと──大人げなさを!)
彼らを待ち受けるその未来を、思い浮かべただけで背筋が凍る。
もはや自分の身ひとつがどうこうという次元の話ではないのだ。
だからこそ、言葉を選ぶ暇もなく、叫んでいた。
「私ではなく、皆さんのためなんです! どうか愚かな考えはやめてください! 今のうちに考え直してください!」
しかし、ドルマンもスラズールも、ただ冷笑を浮かべるばかりだった。
「はっ。……人質の分際で説教とはな」
スラズールが肩をすくめる。
それを合図にしたように、兵たちが一気に距離を詰めてきた。
セシリアがフィオナのドレスの袖を掴む。
「フィオナさん、ここはどうか、彼らの言う通りに! 一度従いましょう。──話の通じる相手ではありません。ここで抵抗しては、フィオナさんがお怪我を……」
その声にフィオナは首を横に振った。
「いいえ。私も──救える命を見過ごすつもりはありません」
「はっ!? 戯言を。誰が誰を救うと? バカバカしい。大人しく、この国を導くための礎となれ!」
フィオナの声に、ドルマンが吐き捨てる。
三者三様──話が全く噛み合っていない。




