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第71話 私をどうするつもりですか

 廊下に出ると、音楽と笑い声が遠ざかり、空気が一変した。来賓も警備も皆パーティ会場に集まっている。こんな時間に会場の外を彷徨いているの者は稀だ。

 人影の少ない通路。高い天井の燭台が、二人の影を長く伸ばす。


 ドルマン伯爵とスラズール侯爵の姿は、少し先──中庭の回廊の角を曲がっていったところに見えた。


 フィオナは足音を殺しながら距離を詰め、セシリアを後ろへと庇う。

 曲がり角を覗くと、男たちは人気のない通路を抜け、物資を保管する倉庫の前で立ち止まっていた。

 扉を開け、周囲を見回してから中に入る。


 フィオナは息を潜め、セシリアと視線を交わす。


「あの……本当に入りますか?」


「もちろん」


 セシリアは小さく頷いた。


 二人は慎重に扉へと近づき、できるだけ音を立てぬよう、そっと隙間から中を覗く。


 倉庫の中は、ひんやりとした空気に満ちていた。

 薄暗い中、棚の隙間からランプの明かりがこぼれ、無数の影が床に落ちている。

 外の喧騒はもう遠く、代わりに聞こえるのは風が樹木を揺らす微かな音だけ。


「……いませんね」


 セシリアが囁く。


 確かに、先ほど中に入ったはずの男たちの姿はどこにもない。

 フィオナは耳を澄ませながら慎重に足を進めた。

 鼻をくすぐるのは、木樽とワインの香り──だがその奥に、微かに会場で嗅いだ料理や香水の匂いが混ざっている。


(……確かに、ここに居る。けど……これは?)


 倉庫の物品に混ざって臭ってくるのは、金属と油の匂い。

 それに──気配の数が、やけに多い気がする。


 セシリアを背後に庇いながら、数歩進んだその瞬間だった。


 ──ガチャン。


 背後で重々しい音が響く。

 振り返ると、分厚い扉が内側から閉ざされていた。


「えっ……!」


 セシリアが息を呑む。

 直後、外側で金属の錠がかかる音が響いた。


 その残響を断つように、荷物の影から足音が近づいてくる。


 そこに立っていたのは、二人の男。

 恰幅の良い中年男、ドルマン伯爵。そして、その傍らに立つ痩せた青年、スラズール侯爵。

 二人の脇には、全身を鎧に包んだ数人の警備兵が控えている。


 フィオナは反射的にセシリアを庇い、前に出た。


「……どういった、状況でしょうか?」


 セシリアが、落ち着いた口調でフィオナの背から一歩進み出る。

 その気丈な態度に、フィオナは慌てて再び彼女を背後に隠す。


(セシリア様──! 見た目の可憐さとは裏腹に、肝が据わってるな……)


 そんなセシリアを見て、ドルマン伯爵が唇の端を吊り上げた。


「いやはや、まさかこうも簡単に罠に飛び込んでくれるとは。所詮は小娘か」


「罠?」


 セシリアの声に、スラズール侯爵が薄く笑う。


「えぇ。もっとも、当初の予定とはずいぶん違う展開ですがね」


 フィオナが眉を寄せる。


「あなたたちは……一体、何を企んでいるのですか?」


 スラズールが一歩前へ出た。


「初めはセシリア王女の失脚……が狙いでしたが、今となってはそんな小事はどうでもいい。狙いは──貴女ですよ、お嬢さん」


 その切れ長の目が一層細く絞られ、視線がセシリアからフィオナへと移される。


「“孤高の悪魔”──ヴァルト侯。あの化け物めを倒せるチャンスがあるとすれば、どれほどの価値があるか分かりますか?」


 その名を聞いた瞬間、フィオナの心臓が跳ねた。


「……!」


 ドルマン伯爵が笑いながら言葉を継ぐ。


「我々はね、運が良かったのですよ。まさかこの場で、ヴァルト領に仕える者を見つけられるとは思いませんでした」


「……!」


 フィオナの背中に冷たい汗が伝う。


 ドルマンは、にやにやと下卑た笑みを浮かべ、フィオナの方を指した。


「貴女が持ってきたあのワイン。“ラ・ソリテュード・デュ・ディアブル”──あれは、ヴァルト侯の極近しい人しか手にできぬ秘蔵酒。つまり、貴女は領の要人というわけだ」


「な……っ」


 思わず言葉を失うフィオナ。


「いやはや、まったく。あの“悪魔”が人間の娘を傍に置いているとは、思いもしない話だ。よほど気に入っていると見る」


「しかも、その事に気付けたのは……我々だけ」


 スラズールがあざ笑うように言った。

 両脇に控える兵達が腰に携えた短剣に手をかける。不吉な金属音が倉庫の乾いた空気に響いた。


「……それで、私をどうするつもりですか」


 フィオナは震える声を抑えながら尋ねる。


 ドルマンが氷のように冷たな笑を浮かべ、蓄えた口髭をさすりながら口を開いた。


「簡単なことです。貴女を──人質に取って、ヴァルト侯と取引をする。それだけの話です」

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