第39話 その子……まさか、獣人かい?
「これ、被っとけ」
ジークがそう言って差し出したのは、ふわふわの猫耳フードがついた、子供用のマントだった。色は薄いグレーで、裾には肉球の刺繍まである。完全に、可愛い系。
「……これ?」
ミオがまじまじと見つめる。
「不本意かもしれんが、我慢しろ」
「……だいじょうぶ」
ミオは素直に受け取り、マントの中に尻尾をくるりと巻き込みながら、深くフードを被った。耳も、きちんとその中に収めて。
ジークの住む“レガーレイ王国”では、獣人への扱いはまだ“ましな方”だった。だが、ここは帝国。獣人差別が根強く残る土地。
街の空気も王国とは違う。明るいように見えて、どこか張り詰めたような緊張が漂っている。
通りを歩けば、あちこちに兵士の姿。鎧の音、鋭い視線。だが、市民たちは慣れた様子で行き交い、まるでそれが日常であるかのように動じることはなかった。
「ジークさま、これからどうするの?」
「仕事となれば、数日はかかるだろう。……まずは宿を取るぞ」
ふたりは街を抜け、通りを歩き、ほどなくして一軒の宿にたどり着いた。外観は年季が入っていたが、看板には金属装飾が施され、入口や窓枠は丁寧に磨かれている。帝都の中でも、それなりに格式を持つ宿のようだった。
「いらっしゃいませ」
中に入ると、柔和な笑みを浮かべた店主らしき中年の男がカウンターから顔を上げた。
「部屋は空いているか?」
「ええ。小さなベッドが二つの部屋と、大きなベッドがひとつの部屋がございますが……」
店主は、ちらりとミオの方へ視線を向け、それからジークに向き直った。
「では、小さなベッドが──」
「大きなベッドの部屋がいい!」
ジークの言葉を遮って、ミオが食い気味に答える。
「おい」
「かしこまりました!」
店主は満面の笑みで応え、訂正しようとするジークをあっさり無視して奥へと引っ込んだ。
「お部屋は二階の一番奥です。どうぞ、ごゆっくり」
鍵を手渡され、ジークは小さくため息をつきながらそれを受け取った。
ミオは上機嫌にくるりと後ろを振り返る。
だが、その瞬間だった。
「おっと」
「きゃっ」
背後にいた大柄な男に、ミオがぶつかってしまう。
大柄な冒険者風の男だった。無精ひげ、背中には大剣、剣帯には酒臭さが染み込んでいそうな風体。
「ご、ごめんなさい……!」
その拍子にマントの裾が揺れ、ほんの一瞬、ふさふさの尻尾が覗いた。
「──ちょっと、あんた!」
先ほどまで穏やかな笑みを浮かべていた宿の主人の声が、急に荒れた。
「何だ?」
ジークが振り返ると、主人の顔から笑みが消え、ミオをまるで異物でも見るかのように睨みつけていた。
「その子……まさか、獣人かい?」
沈黙が落ちる。
ジークはゆっくりと息を吐き、淡々と答えた。
「……そうだが」
「冗談じゃない!!」
店主が怒声を上げた。
「うちの宿に、獣人を泊めようってのか!?」
ジークの手から鍵を乱暴に奪い取り、まるで汚れでも払うようにカウンターの奥へ放り投げる。
「おいおい、こりゃまた──この宿も随分と趣向が変わったな」
さきほどぶつかった冒険者の男が、嘲笑を浮かべて茶々を入れる。
「家畜も泊まれるとは。豚小屋にでも成り下がったか」
「とんでもないことを!」
店主は慌てて冒険者に頭を下げる。
「ただの誤解でして! 感謝致します、私も騙されるところでした」
そして今度は、ジークの方を向き直り、敵意むき出しの声音で吐き捨てた。
「あんた、常識ってもんがないのか!? 人間の部屋に家畜を入れるなんて、営業妨害もいいところだ!」
その瞬間だった。──ジークの手が、ゆらりと上がる。
一切の音が消えた。
風すら止んだような錯覚。場の空気が、見えない圧に締め上げられていく。
だが──。
「……ジークさま!」
ミオの声が、その空気を破った。
彼女は、ジークの袖をそっと掴んでいた。
小さく、震えた手で。
「行こう……。ここ、めいわく、かけたから」
その声は弱々しく、それでもはっきりと言い切った。
ジークは黙ってミオを見つめると、ふっと表情を和らげた。
「……ああ」
そのまま、何も言わずに踵を返し、店を出る。
ミオがそっと後ろを振り返った。中で店主が冒険者たちと何かを話しているのが見えたが、彼女は目を伏せた。
「ごめんなさい……」
ぽつりと呟いたミオの頭に、ジークはフード越しに手を伸ばし──優しく、撫でる。
「気にするな」
と、小さく呟いて。




