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第21話 俺が滅ぼしてやろう

 にぎやかな町の空気に包まれて、フィオナの表情にも、ようやく安堵の色が差しはじめていた。


 だが、そこに──ふと、年のいった女性が静かに口を挟んだ。


「けれどね、最初からうまくいってたわけじゃないのよ」


 さっきまで露店で果物を並べていた、年老いた女性だった。


「スカーレット様のやり方を良く思わない者もいたの。中でも、領主の跡取り争いに敗れた長男が、王国に訴え出たのよ」


 和やかだった町の空気が、わずかに重くなる。


「“奴隷を解放するなんて、国益を損ねる反逆だ”ってね。王国はこの地を“反乱分子の領地”と決めつけて、軍を差し向けてきたの。あのときは……もう駄目かと思ったわ」


 フィオナの背筋に、ぞくりと冷たいものが走った。


 けれど、次の瞬間──


「そこで現れたのが、ジーク様さ!」


 威勢のいい男の声が響き、周囲からも「そうそう!」と頷きが返ってくる。


「詳しい経緯は分からねぇが、ある日突然、王国から通達があったのさ。“この地の一部をヴァルト侯に譲渡せよ”ってな」


 話が広がるように、次々と別の町人たちが言葉を繋いでいく。


「スカーレット様も最初は戸惑ったって聞くよ。だって、あの“孤高の悪魔”がこんな辺境に来るなんて、誰も想像してなかったもの」


「みんな思ったさ。どうせ王都が厄介者を押し付けてきたんだろうって。でも、蓋を開けてみたら──」


「ジーク様から“この町と、商売上の協力関係を結びたい”って申し出があったんだって!」


 その言葉に、フィオナは目を見開いた。

 隣でルスが穏やかに補足する。


「ご存じの通り、我が領には屋敷と葡萄畑しかありません。住んでいるのも我々だけで、人も物資も足りない。ですから、この町の方々と手を取り合う必要があったのです」


「……でも、最初は疑ってたよな」


 陽に焼けた農夫が、腕を組んで言う。


「なんせ“孤高の悪魔”だぜ? “協力”って言いながら、実は乗っ取る気なんじゃないかって、町のみんなが思ってたさ」


「でもさ、協定を結ぶときに出てきた“条件”が、とんでもなかったんだよ」


 わざとった調子で言葉を切ると、町の視線が一斉にフィオナへと向けられる。


「さあ、お嬢ちゃん。ジーク様が出した交換条件、分かるかい?」


「えっ……え、えっと……」


 戸惑って首を横に振ると、男はにやりと笑って言った。


「“協力の対価として、この町に手を出す奴は……俺が滅ぼしてやろう”──だとさ!」


 その瞬間、フィオナはぽかんとして──ふふっと、思わず笑みが漏れた。


 まったく、あの人らしい。

 想像どおりで、想像をはるかに超えて頼もしい。


「……言いそう、です。ジーク様なら」


「でしょ!? あの方を知った今なら、俺たちもそう思えるよ」


 町の人々が一斉に笑い出す。

 まるで、誇りの勲章を見せ合うように。


 ──だが、話はまだ終わらなかった。


「でも、本当に驚いたのはその後さ」


 さっきの老女が、声をひそめる。


「スカーレット様がその申し出を受けた途端、王国は軍を引いたのよ。まるで最初からこの地に興味なんてなかったみたいに。以降は一切、口も手も出してこない。それどころか、軍がこの辺りを通ることすらなくなったわ」


「だからこそ、今の平和があるんだ」


 屈強な男が言い切るように断言し、他の人々も揃ってうなずく。


「スカーレット様と、ジーク様のおかげさ」


 その言葉のひとつひとつが、フィオナの胸に沁み込んでくる。

 心の奥が、じんわりと、温かくなる。


 自分が尊敬し、仕えている主を──この町の人々が、信じ、讃えてくれている。

 それが、こんなにも嬉しいなんて。


 そんなふうに思った、ちょうどそのとき。


「あー! 二人のことを語ってたら止まらなくなっちまった!」


「なぁ、メイドさん! あんた新人なんだろ? ご主人様のすごさ、酒でも飲みながら語ってやるよ!」


「そうだそうだ! 酒場だ酒場! 今すぐ開けろー!」


 陽気な男たちがわいわい騒ぎ出す。


「ちょっとあんたたち! ルスさんの前だからって羽目外してんじゃないよ! どうせ仕事サボりたいだけでしょ!」


 おかみさんたちの怒鳴り声が飛ぶが、男たちはまるで懲りる様子もない。


 そのうちの何人かが、どうにかしてフィオナを連れて行こうと、ぐいっと腕を取ってくる。


「あ、あの……わ、私、まだお仕事が──」


 困ってルスの方を見る。


 すると、ルスは穏やかに微笑んだ。


「行っておいでなさい。町の方々との交流も、大切なお仕事です。……それに、なによりの“社会見学”ですから」


 その言葉に、フィオナは思わず小さく笑った。


 町の喧騒の中で、彼女の表情もまた、ゆっくりとほころんでいった。

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