74.破廉恥です
今年の社交シーズンも閉幕し、社交のために王都に来ていた両親も領地に帰っていく時期。今年もそうなるだろうと思っていたら、領地に帰ったのはお父様だけ。なぜかお母様が王都に残られた。
そのお母様、なぜ王都に残ったのかしらと思っていれば。
「ヴィクトル様が玄蒼国の出張から戻られたらすぐに結婚式を挙げられるように、ドレスやヴェールの手配をしましょうね」
休みの日を狙って私の部屋に押しかけてきたお母様は、お気に入りの仕立て屋さんを引き連れて私の身体の採寸にやってきた! 私が目を白黒とさせているうちに、お針子さんたちが手慣れた様子で私の服をひん剥いて身体のサイズを測っていく。
「あら、ウェストが細くなられてますわ〜。少しお痩せになられましたか〜?」
「いやいやふくよかにおなりでは〜? お胸が窮屈そうですので、ビスチェが一回り大きくできますわ〜」
あーだこーだ言われながらされるがままの私。いつもそう。夜会も仕事で出ることが多いから外交官の盛装で出たりして、ドレス作りは最低限だった。ドレスの好みはあるけれど、流行を加味してデザイン決定するのは面倒で、ついついお母様やカミラに丸投げしているのがいつもの私なのですが。
「フェリシア、これが最近流行りのデザインパターンだそうよ。気に入るものはあるかしら」
お母様がにこにこでおすすめのドレスのデザインパターンを渡してくる。カミラに目配せをして、代わりに受け取ってもらった。採寸されながら、デザインパターンを見てみるものの。
「ボリュームたっぷりなドレスが多いですね」
「そうなのよ〜。でも軽いらしいわ。クロワゼット共和国のドレスデザイナーが、舞踏会のダンスで疲れないドレスを考案したそうなの」
よくよく見てみると、ドレスの裏にワイヤーのような骨組みが組まれているみたい。なるほど、クリノリンとドレスが最初からくっついている感じのドレスが発明されたみたい。うーん?
悩む。これは悩む。
惜しいのよ。非常に惜しいの……!
これがクリノリンだったら転生者の可能性が高いと思うんだけど……!
ドレスの軽量化という着眼点はすごくいい。前世、中世ヨーロッパで発達したクリノリンという骨組みの下着は、着用してからドレスを被せるという発想だった。
だからこそ悩む。クリノリンベースの発想だったら転生者の可能性が高いけれど、カタログのドレスは手入れが難しくなるデメリットを抱えて骨組みに縫い付けているみたい。骨組みの上からドレスを被せれば、ドレスのお手入れがすごく楽なのに。クリノリンを知る転生者なら、このデメリットを無視する意味はない気がする。
うーん、と悩みながらカタログを眺めていると、お母様が上機嫌で別のカタログを差し出した。
「でも花嫁衣装は舞踏会ではないから、多少重くてもたっぷり贅沢に布を使いたいわよね〜。こちらのドレスもフェリシアに似合いそうだわ」
カミラがカタログを取り替えて見せてくれる。こっちのカタログはAラインやマーメイドのような、スレンダーなシルエットのドレスが多い。私、こっちのほうが好きかも。
カタログを眺めているうちに採寸が終わり、お針子さんたちが散っていった。にこにこと笑顔を浮かべた仕立て屋さんが、また別のカタログを見せてくれる。
「ドレスも素敵ですが、お嬢様にはこちらも必要かと」
何かしらと受け取って、思わず絶句した。
これ、下着のカタログじゃない!
「い、いつも通りでかまわないわ……」
「あら駄目よ、フェリシア。結婚式が終わったら初夜があるのよ? ヴィクトル様好みの下着でお迎えして悩殺してさしあげなければ!」
「お母様!?」
何を言っていらっしゃるんですかお母様!? ヴィクトルがなんて!? 下着の好み!? まって!?
「最近の流行りはこちらの透け感のある生地を使ったネグリジェでございます〜。網目が粗く、肌が透けて見えます。もちろん大切な部分は絹の生地で隠しつつ、ドレスのようにこちらのネグリジェを纏うことによって、殿方の意欲をそそるものとなっております〜」
「破廉恥ですね」
「破廉恥だわ」
破廉恥とか言いつつ、カミラとお母様、興味津々で仕立て屋さんのセールストークに耳を傾けてるんですが!? それ着るの私ですか!? あんまりにも破廉恥です!
結婚式のドレスの話だったはずなのに、お母様たちは私の初夜の下着で大盛り上がり。やめてください……恥ずかしいです……私の下着で盛り上がらないで……。
羞恥心に耐えながら、私もそっと下着のカタログに目を通す。初夜……初夜……ヴィクトルに見られても恥ずかしくない下着を選ばないと……!
透けてるなんて論外。普通に可愛いネグリジェでいい。ヴィクトルの好みなんて知らないので、着心地の良いものが着られたらそれでいいの……!
「あ、これ可愛いわ」
私が選んだのは、胸元にリボンが結ばれているデザインのワンピース。ドレープが魅力的なスカートは丈も膝下まであるし、透けていない布地を指定すれば普通に着られるわ。
「お嬢様、破廉恥ですね」
「フェリシアったら……大胆ね」
「えぇっ!?」
ちょっと待って、どうしてカミラとお母様から破廉恥判定もらったの!? このネグリジェ、普通のワンピースじゃないの!?
「こちら、リボンを解くだけで簡単に前がはだける仕様になっております〜」
なんですかそれは! それならちゃんとカタログに書いておいてほしい……アッ、これ、スカートのドレープに布の切れ目が隠されて見えてないだけだったの!? そういうひっかけ!?
はわはわしているうちにも時間は過ぎていき、ドレスも初夜の下着も、デザインはまた後日決定することになった。
ドレスはともかく、初夜の下着のデザイン決めなんて……この羞恥をまた堪えないといけないのがあんまりすぎる。先延ばししたくないから、適当にデザインを決められたら良かったのに……私が選ぶ無難なネグリジェや下着類は、お母様とカミラに軒並み却下されてしまった。私が着るものなのにどうして。
なんだかお母様とカミラの勢いに圧倒されて終わったわ。少しおやつでもつまもうかしらと思いつつ自室に戻ると、カミラがお茶の支度をして追いかけてきてくれた。
「お嬢様、おやつはパソッカで良いですか?」
「ええ、ありがとう」
「それと、お嬢様宛に手紙がきています」
どちらから? もしかしてクーヤくん? 前回会ったときはどたばたしていて、結局ハルウェスタ王国には寄らないまま玄蒼国に帰国しちゃったみたいだし。また何か旅の途中で気になるものでも見つけたのかも。
そう思いながら差出人を見てみると。
「ヘルマプロディートス? どなたかしら」
「ヘルマプロディートスですか、お嬢様!?」
カミラがぎょっとして私を見てくる。
疑問符を頭に浮かべていると、カミラが教えてくれた。
「クロワゼット共和国にある、ヴィーナスの姉妹店です。女性向けの仕立て屋なのですが、とくに下着の仕立てに力を入れていて、今ある下着の基礎はヘルマプロディートスが築いたと言っても過言ではありません」
そんな歴史のある仕立て屋さんなのね? それもヴィーナスの姉妹店。でも、その下着の仕立て屋さんがどうして私に手紙を?
「これはもしかして、お嬢様の初夜の下着はヘルマプロディートスにするべきという天啓でしょうか……奥様にお話してきます!」
「カミラ!?」
引き止める間もなく、カミラは踵をひるがえして部屋を出ていってしまった。私の初夜の下着に全力投球しすぎでは……!?
こんなタイミングで下着の仕立て屋から手紙が来てしまったのが運の尽きとでも言うのかしら。私はちょっぴり苦笑い。まぁ、カミラのことはあとで良いとして、問題はこの手紙。
どうして急に知らない仕立て屋から手紙が届いたのか、ということ。ヴィーナスの姉妹店というし、しばらく前にライザのためにお化粧の個人講座に行った時の繋がりくらいしか心当たりがないのだけれど。
便箋の封を切り、中身を確認してみる。
〝突然のお手紙、誠に恐れ入ります。仕立て屋ヘルマプロディートスのオーナー、チェレステと申します。先日、ヴィーナスのオーナーよりご連絡をいただきまして、このたびお手紙をさせていただきました。〟
ヴィーナスのオーナーから連絡がいった? ヴィーナスのハルウェスタ王国支店の支配人とお話はしたけど、ヴィーナスのオーナーとはお話したことないのに。どういうこと? 不思議に思いながらも、手紙を読み進める。
〝先日、ヴィーナスのハルウェスタ王国支店にご来店いただいた際、ヴィーナスの創始者について色々とお尋ねされたとお伺いいたしました。その際、ヴィーナスの由来についても、支配人が説明する前にご存知だったとか。〟
あ。
「や、やらかした……?」
頬が引きつった。
どうしよう!? あれだけアニマソラ神樹国で痛い目にあったばかりなのに! 私また! 油断して! 自分の転生知識を! 他人に漏らしましたね!?
どうしよう、本当にどうしよう……! 手紙の先を読むのが怖い。でも読まなきゃ、どうしてこの手紙が送られてきたのか分からない……!
〝ヴィーナスとともに、ヘルマプロディートスにも伝わるものがございます。ヘルマプロディートスの創始者マキシの遺した手紙をお預かりしております。〟
ヘルマプロディートスのマキシが遺した手紙……?
あれっ? なんだか雲行きが……?
〝もし下記の質問について心当たりがございましたら、ご返信いただけないでしょうか。〟
そう綴られた手紙の終わりに質問が一つ、綴られていて。
〝オリュンポスの神は何柱?〟
熟考した末、私はこの手紙に返信することにした。




