72.うなれ、前世の女子力!
化粧品店〝ヴィーナス〟については改めて調べるとして。顔合わせの翌日、さっそく私はライザに指導した。
語学ではなく、お化粧の指導を。
「うちのメイドに聞いたのだけれど、お化粧のしすぎもよくないらしいわ。とりあえずそばかすを隠したいからって厚化粧をするのはやめましょう」
ライザのコンプレックスは女性なら誰だって持つもの。貴族令嬢なら特に。器量が良くなければ良い縁談が貰えない。貴族とはそんな社会。
ライザの生家であるアルギニン子爵領はハルウェスタ王国の食糧事情を賄っている穀倉地帯の一つ。農民たちと距離の近いアルギニン子爵は代々質素倹約が家訓のようで、一族も農民たちと混じって農作物を育てているのだとか。ライザもその伝統にならって幼少期から毎日畑に出るようになった結果、日に焼けてそばかすの目立つ顔になってしまった。
それをコンプレックスに思った彼女は室内に籠って本を読むようになったけれど、一度ついたそばかすはなかなか消えてくれない。その結果、婚約破棄されて今に至る。
女の子が顔を貶されるなんて許しがたい。ぜひともライザには私を超える素敵な女性外交官になってもらいましょう。そのための協力は惜しみませんとも。
「まだ若いのだから、お手入れを頑張ればまだ間に合うはずよ」
「そばかすは消えないって聞きました……」
「あら、やってみないと分からないわ。それに言ったでしょう。外交官は第一印象が大切なの」
ということで、まずはライザに正しいお化粧を教えることから始めます。
私はライザを別室に連れこむと、カミラに教えてもらって持参してきた化粧品の数々を並べた。
「化粧はまず、正しい洗顔からすること。ごしごし洗っては駄目よ。泡で優しくね」
前もって洗面器に人肌のお湯を準備しているので、ライザにはお化粧を落としてもらいましょう。
家で使うならこの洗顔料。さらにおすすめの化粧水はこっちのブランド。めんどくさいからって美容液や乳液を省かないこと。……完全に私にブーメランです。
「ライザの場合、美容液はそばかすに利くものを選んだほうが良いらしいわ。それと化粧をする前に日焼け止めクリームを塗ること」
これ塗って、これ塗って、私のお下がりでごめんなさいね? と次々に化粧品を渡していると、ライザが恐縮するように化粧品と私を見比べる。
「ひ、日焼け止め、ですか……あの……私、日焼け止めを塗っても、肌が黒くなるので……効果ないかと……」
「それでも塗って。そばかすと肌が黒くなる原因は違うらしいわ。そばかすのために塗って。それと、今後は必ず日傘や帽子を持参して」
これはカミラの受け売りです。私のこの美白を作っているカミラがそう言っているんだからそうに違いない。
「ライザは普段、どこの化粧品を使っているの?」
「えっと、うちの領地にある薬屋で買っています……」
専門店じゃなくても薬屋で買えるんだ。よくよく考えれば基礎化粧品も薬の一種みたいなものだし、さもありなん?
並んだ小瓶や容れ物たちに視線を彷徨かせるライザ。挙動不審な小動物のように様子をうかがっている彼女に、私は提案する。
「それならまずは専門店で化粧品を買いましょう。王都にある〝ヴィーナス〟という店が良いらしいわ」
「ゔ、ゔゔゔぃーなすですかっ」
ライザがバイブレーションのような発声をする。どうやってやるんだろう。舌を噛まないかだけちょっと心配。
それよりも、ライザが悲壮感をたっぷりにじませて、顔を青くさせているのが気になった。
「どうしたの? もしかして、ヴィーナスの化粧品が肌に合わなかったりした?」
過去に使っていて肌トラブルがあったのなら、それは一番良くないこと。なので聞いてみたのだけれど……ライザはぶんぶんと顔を横に振って。
「ち、ちがっ、あの、あんなとこ、わたっ、私みたいな、醜女が行くにはっ、場違いというかっ」
「誰? ライザにそんなことを言ったの」
「ぴぇっ」
ライザが自分をあまりにも卑下するので、私の目も据わってしまう。ライザがぴしっと固まってしまったので、彼女の頬に手を当ててそっと撫でてあげた。
「ライザはそばかすを気にしているだけで、お顔は整っているほうだと思うわ。ちょっと吊り目だけど、正しいお化粧をしたら綺麗な美人になれるわよ」
厚化粧を取っ払った今、彼女の素顔が私には見えている。たしかにそばかすもあるし、肌も日焼けが目立つけれど、お化粧の仕方によってはキリッとした顔つきの美人になる顔立ちだ。私よりも、外交官に向いている顔つきとも言える。
「愛嬌で男に媚びるんじゃない、実力でのし上がる女性になりなさい。ライザは行動力があるから、きっと理想の自分になれるわ」
思ったことを行動に移す力はその人の素質だと思う。私が外交官になった理由は不純だったけど、結果として六年も外交官という仕事をこなすことができた。培った経験はもちろんのこと、この六年でいったい何ヵ国の言語を覚えたことか。その私が断言します。行動力のある人が一番、実力がつくのです。
話がそれてしまった。とりあえず、今日のお化粧講座は簡単に。
「ヴィーナスではその人の顔に合ったお化粧の仕方も教えてくれるそうよ。個人レッスンの予約を取るから、また日付が決まったら教えるわね」
「ひぃっ、そんな、そこまで……しなくても……っ」
「あら。私、女の子の後輩とお買い物できるのが楽しみなのだけれど……駄目かしら……?」
かなりずるいというか、卑怯な言い回しだという自覚はある。んぐ、とライザが不自然に固まった。視線を右往左往させている。よし、もうひと押し!
「ライザに、私に似合う口紅を選んでもらうのも楽しいかもね」
「い、いいい行きます……っ! 行きますぅ!」
やったー! 言質をとりました!
私はにっこり笑う。
「それじゃあ、予約の日だけれど。都合の悪い日はあるかしら」
「な、ないです……」
「分かったわ」
それなら最短で取れる日をカミラに予約しておいてもらおう。他にも頭の中で段取りをしつつ、私はライザの顔にお化粧をしていく。
「私の家のメイドほど上手くはないけれど……これでどうかしら」
「あ……顔が、軽い、です……」
そばかすはコンシーラーでピンポイントに狙い撃ちをして隠す。厚化粧をやめるにはまずそこから始めるしかない。ちょっと吊り目なのも、目尻をアイラインで下げて雰囲気を和らげておく。
「さ、鏡を見て」
「わぁ……あ、私の、顔……そばかすがない……」
それはそうでしょうとも。あの厚化粧は子どもが絵の具をベタ塗りしただけのようなお化粧だった。それをナチュラル風メイクにして、そばかすだけを消しただけ。
「私、そばかすがないと、こんな顔なんですね……?」
「ふふ。美人の原石だわ」
何度でも言うけれど、ライザは別に顔立ちは悪くないもの。だからまずは、自分の顔を自分で否定するのを辞めてもらうために、そばかすを消すだけのナチュラルメイクにしたのです。……前世からちょっとは残っていた私の女子力が、ここにきてようやく発揮されたとも言う。
「ヴィーナスに行くまでは、このお化粧で出仕するように。大丈夫、ここの人たちは顔で人を判断しないわ」
ね? と言い含めれば、ライザは不安そうにしながらもこくりと頷いた。良かった、最初の一歩は踏み出せそう。
二人でお化粧道具を片付けて執務室へと戻る。ヴィクトル、イェオリ、ティモとトゥロが、一斉にこっちを見た。ライザがびくぅっ! と肩を上げて、私の後ろへ隠れてしまう。
「長かったね」
「女の子の身支度は時間がかかるものなんです。外交官として接待も増えますし、身だしなみは大切ですからね」
私の背後にいるライザを押し出した。背中を丸めて俯いてしまっているライザに、双子が寄ってくる。
「みーせーて」
「おぉ、綺麗になったね〜」
「……ッ!?」
顔をのぞき込まれてぎょっとしたライザが後ずさった。別室の扉にぶつかる音がする。痛そう。
「ティモさん、トゥロさん。ライザが怖がってます。離れてください」
「ざーんねーん」
「これからが楽しみだね〜」
にこにこ笑顔で自席に戻っていく二人。勢いよく距離の詰められると誰でもびっくりしますから、ほどほどに。
ヴィクトルとイェオリもライザの顔を見たようで二人で頷きあっている。
「さっきよりこっちのほうが似合っているね」
「素朴な感じで良いと思う」
ヴィクトルは無難な褒め言葉。イェオリの褒め言葉は一考の余地あり。人の顔に対して素朴って、十人並みと言われてるのと同義に近しいからね。
私は固まっているライザの肩を押して、自席に座らせた。やることも覚えてもらうこともたくさんある。ぎくしゃくと動くライザに、私は微笑みかけた。
「それではライザ。今日も一日、頑張りましょう」
「は、はぃい……!」
大人になったら颯爽とデパコスを買うかっこいい女性になるかと思っていたのですが、全然そんなことなく、薬局で適当に見繕う作者です。ライザちゃんにシンパシー。




