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【書籍化決定】転生令嬢は旅する編纂者  作者: 采火
第二部

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65.私が生きた証

 昨日の夜、すこしだけ頭痛が和らいだような気がしたけど、朝起きたらいつも以上に頭がガンガンした。まるでお酒に悪酔いした翌日のよう。気分的には二日酔いに近い。お酒飲んでないのに……。


 そんな最悪の目覚めと一緒に、女性神官たちがわらわらと部屋に来て私の身支度を始めた。


 そういえば昨日、ロナルディーナが神樹を伐採するようなことを言っていた気がする。伐採って言っても、目印をつけた枝をちょいちょい折るだけらしい。神樹っていうほど大切な樹の枝を、そんな気前よく折って大丈夫なのかは気になるところ。


 一応祭事なので、禊のようなものをさせられる。寒空の下、冷たい水で全身を流される。寒すぎてガタガタ震えてしまう。そのあと、暖炉のある部屋で衣装を着つけられた。白を基調としたいかにも神子らしい衣装。でも袖も裾も長くて、神樹の伐採には向かない気がした。


 体調は絶不調。それでも神官たちは動きを止めずに私の身支度に奔走した。つらい。寝ていたい。地面に転がりたい。


 顔色の悪さを化粧で誤魔化される。舞台化粧と言わんばかりに厚塗りにされた。白粉を塗りたくるしかしない神官を見て、この人たちはお化粧の仕方を知らないんだろうなぁ、とぼんやり思う。隈隠しには赤リップとコンシーラーを使え。


 身支度の合間に果物を少しだけ齧った。食欲はあんまりないけど、空腹で儀式に挑むのは良くない。食べやすいものだけ、もそもそとつまんで食べた。


『サチ、支度は終わりましたか』


 ロナルディーナが部屋にやってきた。その頃にはもうすっかり完璧な神子スタイル。ロナルディーナは装った私を見て、満足げに頷いた。


『それではサチ、参りましょう。今回は口上などは必要ありません。櫓に上がったら、目印のリボンが巻かれている枝を切ってください。くれぐれも、枝を落とさないように』


 儀式はもう既に始まっているらしい。神樹ゴドーヴィエ・コリツァが鎮座する庭園から、神官たちの祝詞のようなものが聞こえてきた。


『あそこの箱に入りなさい。神官があの縄を引くと箱が浮上します』


 櫓の下に、人力滑車式のエレベーターみたいなものが設置されていた。人力という部分が不安だけど、こんな大事な祭事で事故なんて起きるはずがないと高をくくって箱に乗りこんだ。


 神官たちの奏でる祝詞の合唱の中、乗りこんだ箱がキコキコと滑車を鳴らしながら浮上していく。ちょっと顔を出してみれば、思っているよりも多くの人が神子である私を見上げていた。


「……あれ、クーヤくんかな?」


 金髪や茶髪が多いなかで、黒髪のクーヤくんはよく目立った。クーヤくんがいるならもしかして、と灰色の猫毛がいないかと探してみる。


「あ、あれかな」


 綺麗なお姫様の隣にヴィクトルがいた。手を振りたいな、と思ったけど、我慢する。


 箱はまだまだ上がる。ぐんぐん上がる。思ったよりも高くなってきて、私は下を覗きこむのをやめた。ちょっとどころか、かなり怖い。


 すぅはぁと緊張を誤魔化すように深呼吸。櫓の最上階に着いた。落下防止の手すりがあるので、それに手をかけながらゆっくりと櫓に移る。


 よし、大丈夫。いける。大丈夫。

 一人での高所作業はかなり不安。でもぐっとお腹に力を入れて、まっすぐに神樹を見上げる。


「大きい……」


 下から見上げても大きかったけれど、こんなにも高いところに来てもまだ大きく感じられる。日本の縄文杉だって、こんなに大きくない。千四百年でこんなに大きくなるなんて、異世界の植物は面白いね。


 せっかくなので、ちょっとお祈りしておこう。背筋を伸ばして、二礼二拍手一礼。少しだけ枝を頂きます。


 さぁ、お祈りをしたら、さっそく伐採です。

 あらかじめ用意されていた籠の中に鋏があったので、それを使って枝をぽきっと切っていく。


 バランスよく、大きな神樹を一周するようにぐるりと巡りながら、枝を切っていく。籠がいっぱいになったら随所にある滑車に籠を吊るす。すると下にいる神官が籠をゆっくりと地上に降ろして、新しい籠をくれた。


 無心で枝を切っていく。ぽき、ぽき。気がついたら神樹を一周していて、リボンのついている枝は最後の一本になっていた。


 でもその最後の一本がくせ者で。


「ぎ、ぎりぎり届かない……っ」


 誰!? あんなところの枝にリボンを結んだの! 私じゃ届かないんですが!?


 身を乗り出すと危険だ。一旦下に降りて、ロナルディーナに相談しよう。


 そう思って、登ってきた時の箱に乗り込もうとしたら。


「……嘘でしょう」


 箱は地上に戻っていた。もしかしてこれ、全部切るまで私、櫓から降ろしてもらえないの……?


 地上のロナルディーナと枝を見比べる。ロナルディーナが動く気配はない。これはやれと言うことでしょうか……。


 どう頑張っても、この櫓からあのリボンの巻かれている枝を取るのは難しい。櫓から身を乗り出せば届くだろうけれど、命綱なしでそれは無謀すぎる。


 ここで立ち往生していれば、察してくれるかなぁ……察してくれないだろうなぁ……ここの神官、変なところで見栄っ張りというか、対応が硬いというか……あんまり良い期待はできなさそう。


 それでも命には代えられないので、ちょっとねばってみよう。櫓の上でぺたりと座ってみる。


 地上のほうが一瞬ざわついた。最後の一本を残して座り込んでしまった神子。不安になると思う。私も不安だよ。早く助けに来てくれないかなぁと思っていると、近くにある枝の運搬用の籠がきこきこと上がってきた。手紙が入っている。


「なんだろう」


 手紙を読んでげんなりした。


〝早く切れ。枝を全部切るまで降りられない〟


 この高圧的な筆致……ボフミルかな。ロナルディーナは教皇の席から動いていないし。たぶんボフミルだ。


 枝を切ったらとは言うけれど。その枝が切れないのにどうしろと。櫓から身を乗り出せと?


 解決方法はそれしかない。私は溜め息をついて立ち上がった。


「どうせ、一回死んでるんだものね」


 そうぼやいたら、ズキンと頭が痛んだ。立ち上がりかけたのに、またしゃがんでしまう。


「痛ぁ……また、頭痛……」


 いつものとはちょっと違う。鍵の閉められた扉をガンガンと叩くような断続的な頭痛。別に何かを思い出そうとしたわけじゃないのに、どうして。


 立ち上がれないほどに頭が痛む。耳鳴りまでしてきた。目がまわる。このままだと儀式どころじゃない。


 頭痛が落ち着くのを待つしかない。うずくまって、じっと堪える。櫓の柵が私を隠してくれるから、下から私の姿は見えないはず。


 じっと頭痛が去るのを待った。全然おさまらない。ガンガン、ガンガン、頭の奥の誰かが鍵を壊そうと、叩き続けているような痛み。


 しばらくうずくまっていると、ぎぃっと櫓が軋む音がした。


『サチ、立ちなさい』


 ふわりと甘い香りがした。そろりと顔をあげると、ロナルディーナが櫓の上に上がってきていた。


『神子としての自覚が足りませんね。人々に不安を与えるようでは、神子失格ですよ』

『……そんなこと言われたって……無理やり神子にされて、自覚なんて持つほうが難しいよ……』


 ぼやくと、ロナルディーナが私の顔に指をかけた。無理やり上を向かせられる。酔いそうなほど甘い匂いが鼻腔につく。


『頭痛がするなら、薬を飲みましょう』

『嫌です……あれ飲んだら、しっかり立てません……』

『そう』


 ロナルディーナは私の顔から手を離すと、指先を最後のリボンがかかっている枝へと向けた。


『あれはハルウェスタ王国の枝ですね。あれがなければハルウェスタ王国に神樹の加護は届かず、この大陸中の国からは神樹ゴドーヴィエ・コリツァから見捨てられた国と呼ばれることでしょう』


 ロナルディーナがひどいことを言っている。私のせいで、誰かの国が見捨てられると言っている。ハルウェスタ王国。とても、よく知っている響き。知っているはずなのに、思い出せない。雛が殻を割るように、ずっと脳が叩かれている。つらい。


『どうしても、私がやらないと駄目なんですか』

『はい。人々が貴女を望んでいます。貴女にしかできません』


 私が望まれている。

 私じゃないといけないんだ。


 甘い言葉が私にねっとりと絡みつく。


 ゆっくりと立ち上がった。頭の痛みは治まらないけど、この最後の枝さえ切れば解放される。その一心で腕を伸ばす。櫓から身を乗り出す。


 不安定な場所。

 不安定な視界。

 不安定な心。


 ぐらぐらする視界の中で、枝に結ばれたリボンがはためく。


(ヴィクトル様のリボンの色だわ)


 自然に、そう思った。

 思った瞬間、ぱちん、と鋏が枝を切って。


 ほっとしたのも束の間、もたれかかっていた櫓の手すりが、ぐずりと崩れた。


「あ……っ!?」


 がくんと身体の重心が前に押し出される。櫓の手すりが少し崩れただけ。それだけで身を乗り出していた私の身体は宙に投げ出された。


(また、死ぬの?)


 脳裏にたくさんの光景が走馬灯のように流れていく。


――業務時間なので、仕事してまーす。


――フェリシアちゃんにアニマソラの文化を教えてま〜す。


――ちょっとは悪びれろ。遊びに行くんじゃないんだぞ。


――お嬢さん、うちの工房のパトロンになってくれないか。


――〝旅する編纂者〟とかはどうだろうか。


――父さんが言っていたんだ。月の見え方って場所で変わるんだって。ハルウェスタの月、楽しみにしてる。


――……いいなぁ、フェリシアさん。そういう風に考えられるの。


――それなら僕に書かせてくれる? 君とは長い付き合いになりそうだしね。


 私の中に次々と流れていく言葉。

 それはどれも大切なもの。私が、フェリシアが、大切にしたかった思い出たち。


(……ヴィクトル様)


 アッシュグレーの猫っ毛を、いつもリボンで結んでいる人。菫色の瞳は厳しさも優しさも兼ね備えていて。私の前を歩いて、私がつまずいたら手を差し伸べてくれる。


 彼だけじゃない。

 私には、この世界で見つけた大切な人たちがいる。


「――ッ!」


 死にたくない、死にたくない!


 何度死んでも後悔ばかり。

 私はもっと生きたかった!


 風をきって私の身体は落ちていく。どうして。ようやく、ようやく大切なものを思い出したのに!


 忘れたくなかった、手放したくなかった、私の大切な記憶。私が、この世界で生きるフェリシアの、生きた証があったのに!


「フェリシア――!」


 ヴィクトルが叫んでる。他の人も、神官でさえ、悲鳴を上げている。それがまるでゆっくりと、時が止まったかのように見えて。


 一秒、一瞬が、こんなにも長いことを知らなかった。せまる地面に目を閉じる。私また、関わってくれた大好きな人たちに、ありがとうを言えないまま終わるのかな――


『カズミヤ! 行け!』

『承知!』


 風に涙が攫われていく。

 終わりの瞬間を、覚悟した。


 でも、風の流れが変わった。


「うぐ……ぅっ? ……ヴィクトル様?」

『ヴィクトル殿でなくて申し訳ありません。クーヤ様の下僕のカズミヤでございます』


 カズミヤさんが横からタックルするように私を抱きしめて、地面に転がった。あまりの神業に何が起きたのか分からない。


「生きてる……?」

『たいへん美味しい役割をいただいてしまいました』


 呆然としていたら、すくっと立ったカズミヤさんは、取り巻く人々の中をすたすたと歩きだした。私はカズミヤさんに抱っこされたまま。


「フェリシア! なんて無茶をするんだ!」

『ナイスカズミヤ! さすがカズミヤ! 最高だ!』


 気がついたら、ヴィクトルやクーヤ、リュドミーラ様やジェミヤンさん、それからティモやトゥロまで。私とカズミヤさんの周りに輪を作って、口々に私に声をかけてくる。安心した私は、引っ込んだはずの涙がまたじんわりと滲んでしまって。


「ヴィクトル様ぁ……っ! 怖かったぁ……!」

「フェリシア、君、記憶が……っ?」


 カズミヤさんから身を乗り出してヴィクトルのほうに腕を伸ばせば、彼は慌てて私を受け取ってくれた。ゆっくり膝をついて、私を抱きしめて。泣きじゃくる私の背中を撫でてくれる。


 しばらくそうしていると、私を囲う人たちのさらに外側にいる人たちがざわつき始めた。神子が玄蒼国とハルウェスタ王国に囲われている、どういうことか、という声が聞こえた。


「ヴィクトル、念のためフェリシアを医師に。ジェミヤンはこのままわたくしと来なさい。玄蒼国の神子は……」

『アニマソラ語であればわたくしめが通訳可能です。クーヤ様の万能通訳、カズミヤでございます』

『では玄蒼国の神子はこの場を治めていただいてもよろしいでしょうか』


 頭上でトントン拍子に話が進んでいく。

 私はそれをぼんやりと聞いていた。


 そんな私をヴィクトルは力強く抱きしめくれる。

 それだけで、すごく安心した。




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