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【書籍化決定】転生令嬢は旅する編纂者  作者: 采火
第二部

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63.Why am I me ?

(すごくかっこいい人だったなぁ)


 煤だらけだったけれどアッシュグレーの猫っ毛はとても綺麗で、理知的な菫色の瞳はまっすぐにわたしを見ていた。あの菫色の瞳に見つめられると、心臓がどきどきして苦しくなって。


 頭痛も、ひどくなる。


「……っ」


 痛みが増してきて、わたしはその場にしゃがみこんだ。ヴィクトルと名乗ったあの人は、わたしが〝フェリシア〟だと疑わなかった。ここにいるわたしを否定するように、わたしを〝フェリシア〟だと言い続けた。今のわたしを否定されること、それってすごく悲しいことのはずなのに……彼に〝フェリシア〟と呼ばれるたび、胸の奥から「思い出さなきゃ」という気持ちがあふれてきた。


「知りたい、な」


 ここに来る神官の言葉はどれも浮世離れしていて、地に足のつかない気持ちのままだった。でも、ヴィクトルの言葉はどれも私の中に深く残っている。


 とくに〝フェリシア〟がしようとしていたらしい、神の国の……地球の文化を知る人たちの人生について本を作ろうとしていたこと。それが気になる。


 この世界には、わたし以外にも地球の文化を知っている人がいる。そこまで考えて、はたと気づいた。


「たしか、もう一人神子がいるって……」


 わたしが目覚めてすぐ、神子だという少年と会った。彼ももしかして。


 そこまで考えたところで、ぎぃっと重たい扉が開く音がした。コツコツと足音がこちらへ向かって近づいてくる。


『どこまで進んだ』

『すみません、ちょっと頭が痛くて……』

『またか』


 チッ、と舌打ちされる。ボフミルという男性の神官。いつもぴりぴりした雰囲気をしていて、少し苦手。


 ボフミルは机の上に瓶とカップを置いた。銀色のとろりとした光沢のある液体。彼は毎夜、これをわたしのところに持ってくる。


『これを飲んだら寝るように』


 そう言いながら、彼は机の上にある紙の束を回収していく。あれは、ボフミルに言われるがままわたしが仕分けたもの。地球の知識が関わっているのかどうかを判断するように言われて仕分けしている。でもその仕分けているものは、ちょっと物騒なものが多くて。


『あの、そういえばわたし以外にも神子っているんですよね』

『それがどうした』

『その……えぇと……』


 ボフミルの視線が鋭い。ちょっと怖い。何も考えなしに言いたいことだけがつるっと口に出てしまった。急いで話を取り繕わないと。


『その、わたしだけの判断ができなくて……もし、もう一人の神子もわたしと同じなら、ちょっと判断してくれないかなーって……』


 穴が空くぐらいボフミルに凝視される。まるで不出来な生徒を見る厳しい先生みたい。わたしは凝視されるのに耐えられなくて、下を向く。


『……その頬の汚れはなんだ?』


 なんのことか分からなくて、わたしは自分の頬を触った。手に黒いものがつく。煤汚れ?


(さっきの……!)


 そういえばさっき、ヴィクトルさんに頬を触られた! その時についた汚れだと気づいて、血の気が引いていく。


『その、インクをこぼしたみたいです……っ』


 苦しまぎれの言い訳。どうか深く詮索しないで欲しいと、心の中で祈る。


 やがてコツコツと足音が遠ざかって、ぎぃっと扉の閉まる音がした。何も言われなかったな。神子に会うことも一蹴されたのか承諾されたのか、分からない。まぁ、一蹴されたならされたで仕方ないけど。


 私は瓶に入った銀色の液体をカップに注いだ。これを飲むと頭痛が和らぐ。いつものようにカップの中身を飲み干そうとして……やめた。


「……この世界のこと、ちゃんと思い出したい」


 この銀色の液体を飲むと、お酒を飲んだかのような酩酊感に襲われる。頭痛が和らぐのはその副作用みたいなものだから、何かを考えようとする時にこの液体を飲むのは向いていない。


 最初の頃は神官の前でこの薬を飲まないといけなかったけれど、最近はカップを置いていかれるだけ。これが薬なら常用しているのは良くないし……少しずつ飲む頻度を減らしていきたい。


 わたしはカップを置くと、ベッドの中に潜り込んだ。日本のマットレスが恋しい。硬いベッドは背中が痛くなるもの。


 そんなことを考えながら、わたしは眠りにつく。

 とろとろとした微睡みの中で、わたしはふと思い出した。


(ヴィクトルさんの言葉、ボフミルの言葉と違ったな)


 不思議なことに、この世界の言葉にわたしは不自由していない。これは神様がくれた贈り物だろうか。小説や漫画でよくある、自動翻訳的な。それとも。


(わたしが〝フェリシア〟だからかな)


 わたしは、わたしが知らないことをたくさん知っている。わたしが知らない言葉を話せるのも〝フェリシア〟の人生の一部なら。


 わたしは早く、フェリシアだったわたしを取り戻してあげたい。






 次の日、ボフミルが神子の少年と会う時間を作ってくれた。あっさりと希望が通って拍子抜けだったけれど……向こうはそうでもなかったみたい?


「フェリシアさん! 大丈夫だったか!? 神官の奴ら、フェリシアさんに会わせろって言っても全然会わせてくれねぇの! なぁ、神官たちにひどいことされてない? ちゃんと食ってる? おにぎりむすんできたんだけど、食うか?」


 神子の少年クーヤくんは。部屋に入ってくるなり日本語でまくしたててきた。並べ立てられた日本語と差し出されたおにぎりの勢いに、私は面食らってしまう。


「あの、えぇと、落ち着いて。おにぎりはあとで食べるね。クーヤくんはその……日本人、なの?」

「は?」


 クーヤくんからおにぎりを受け取るついでに聞いてみると、彼はぽかんと呆けた顔になった。それからわたしをまじまじと見つめて、だんだんと険しい顔になっていって。


「まさかなんだけどさぁ……フェリシアさん、記憶ない?」

「えぇっと……」

「俺、ここじゃない別のところで、フェリシアさんに会ってるよ」


 金色の瞳がぎらりとわたしを見据えてきた。すべてを見透かすような鋭い視線に、居心地が悪くなる。


「ごめんなさい……わたし、水森咲千っていって……フェリシアって人の身体を借りてるだけなの」

「借りてる?」


 クーヤくんの表情がまた訝しげなものになる。それからみるみるうちに眦をつりあげていって。


「そーゆーことかよ。胸糞わりぃ」


 何かに腹を立てたのか、少年が出すにはどすの効いた声でそんな言葉を吐き捨てた。この子、なんかすごい迫力あるんですけど……!?


「フェリシアさんには残酷だと思うけど、たぶん騙されてるよ」

「ふぇ?」

「俺は転生者だ。前世の名前は東山(ひがしやま)(りゅう)。聞き覚えない?」


 東山隆くん。

 その言葉を頭の中から探そうとすると、つきりと痛んだ。反射的に考えることをやめてしまう。


「ごめんなさい……ちょっと思い出せなくて」

「そっか。それならそれでいいよ。それよりもフェリシアさんには大事なことを伝えておかないといけないね」

「大事なこと?」

「そ。この世界には魔法もなければ神もいない。いるのは俺たち転生者だけ。それだけは覚えておいて」


 クーヤくんはそう言うと、どっかりとソファーに座り直した。それからにっこりと笑って。


「それで、フェリシアさん……いや、咲千さんから俺を呼んでくれたのはどしたん? 話があるから呼んでくれたんでしょ?」

「あ、うん。そうです」


 クーヤくんの雰囲気に飲まれてしまっていたけど、改めて話を振ってもらって、わたしはわたわたと話題を切り出した。といっても今、クーヤくんが知りたいことのほとんどを言ってくれたんだけど。


「この世界にはわたしたちみたいに、他にも地球のことを知っている人がいるのかを聞こうと思って……でも、その答えを今、クーヤくんが言ってくれたね」

「あぁ、それが聞きたかったんだ」


 クーヤくんは納得するように頷くと、改めて教えてくれる。


「俺たちみたいな転生者はけっこういるみたいで、各地に転生者の足跡みたいなものがある。フェリシアさんも、それを探している一人だったよ」

「あ、それは聞きました」

「聞いた? 誰に?」


 金色の瞳が細く鋭くなった。わたしはうっかり昨日のことを思い出して口を滑らせてしまったことに気づく。どうしよう、昨日のこと、話してもいいのかな……?


「フェリシアさんが転生者の足跡について調べていたのを知ってるのは、俺が知る限りヴィクトルの兄ちゃんくらいなんだけど……」

「あ、ヴィクトルさんの知り合いなんだね。良かった」

「なんだよ、ヴィクトルの兄ちゃんと会えたのか?」

「うん、昨日ちょっと……他の人には内緒ね?」


 あわてん坊のサンタクロースのように暖炉からやってきた、なんて言っていいのかな? でも暖炉から来るのって間違いなく正当な方法じゃないから内緒にしておいたほうがいい気がする。そう思ってクーヤくんに伝えたら、なんとなく察したのか面白そうに笑って頷いてくれた。


「話はそれだけ?」

「そうだったんだけど……その、クーヤくんがフェリシアさんと知り合いだったなら、もう一つだけ聞いていいかな?」

「おう、なんでもいいぜ」


 フランクな感じで話を聞いてくれるクーヤくんは話しやすい。わたしはほっとした。でもいざ話そうとすると、緊張が勝ってくる。すぅはぁと深呼吸して、落ち着いて。ズキズキと頭が痛みだしたけど、頭痛は無視して。


「フェリシアさんも、転生者だった?」


 クーヤくんの目を見て、問いかける。

 クーヤくんはわたしから目をそらさずに答えてくれた。


「そうだよ」


 たった一言。

 でもその一言が、わたしの心臓をぎゅっと握りしめてくる。


「……フェリシアさんの、前世の名前とか、聞いてる?」


 喉がカラカラに乾く。耳鳴りもしてきた。

 でも、これを聞かないと、わたしは前に進めない。


 目が乾くくらい、まばたきも忘れてクーヤくんを見つめる。クーヤくんはゆっくりとまばたいて。


「ごめん。フェリシアさんの前世の名前は分からないんだ」

「……聞いてないの?」

「聞いたよ。でも、答えてくれなかったんだ」


 クーヤくんの言葉に、わたしのほうが驚いてしまう。答えなかった?


「答えなかったって、どうして……?」

「これは俺の推測だけどさ。たぶんフェリシアさんは自分の名前が思い出せなかったんだと思う。まぁ、それが本来なら正しい形なのかもしれないんだけど」


 クーヤくんがちょっと難しいことを話し出した。わたしは必死にその言葉の意味を噛み砕く。


 クーヤくん曰く。生まれ変わる時にまっ白に漂白されるのが基本だとしたら、記憶がそっくりそのままあるのが変だってこと。全部覚えているクーヤくんよりも、名前だけ忘れちゃったフェリシアのほうが、ほんの少しだけ正しい形で転生していたのかもしれないんだって。前世の記憶はごりごりに残っていたみたいだけど。


 十分に理解できたのかは微妙なところだけど、クーヤくんの解釈はちょっと面白いと思った。


 だからこそ、わたしが本当に聞きたかったことも、よく分かって。


「わたし、神官の人に〝フェリシアさん〟の身体に魂が入ってしまったんだって言われたんだけど……わたしは〝フェリシア〟として生きてたのかな」

「……そういうこと」


 クーヤくんの言葉はすとんと胸に落ちた。

 それと同時に、ズキンと頭が痛む。


「咲千さん、大丈夫? 頭痛い?」

「うん、大丈夫」


 私はクーヤくんに笑ってみせた。

 思い出したい。思い出さないといけない。

 これは、わたしの人生が奪われているのと同じ。

 このままだと〝フェリシア〟が死んでしまう。


 わたしは早く、〝私〟を取り戻さなきゃ。


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