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【書籍化決定】転生令嬢は旅する編纂者  作者: 采火
第二部

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61.煙突のぞいて落っこちた(side.ヴィクトル)

 祝賀祭で神子が倒れたあと。

 潔斎期間として、次の祭事までまた期間が空いた。各国の代表者たちの間には、神子の病弱説が流れている。神子を心配する声も上がる中、潔斎期間が過ぎると〝神樹の選定〟の儀が行われた。


 神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千四百年祭に向けて、各国に配る神樹の枝を神子が選定する儀式。フェリシアは立派にその役目を勤めた。けれどヴィクトルの目には化粧で誤魔化していても分かるほど、彼女が窶れているように見えた。


 それはフェリシアを知る人なら誰もが思ったこと。神子とはいえハルウェスタ王国の者が倒れたということで、ハルウェスタ王国からも状況の説明を求めている。けれどアニマソラ神樹国側は、他国にするように一律に無言を貫いた。神子への面会も断られ続けた。


 それはクーヤも同じで、同じ神子なのに会わせてもらえないらしい。そのせいか、クーヤはますますアニマソラ神樹国に対して不信感を募らせている。


 クーヤと話していたフェリシアの名前の話は、その後の騒ぎで有耶無耶になった。けれどヴィクトルは忘れていない。クーヤが言った『思い出したのか』という言葉をずっと反芻している。


(フェリシアは〝存在しない言語〟を生まれた時から知っていると言っていたけれど……本当は〝神の国〟の記憶があるのかもしれない)


 そうでなければ『名前を思い出す』というクーヤが口を滑らせていた言葉の筋が通らない。そして〝ミモリサチ〟が〝神の国〟でのフェリシアの名前だとして。


(フェリシアが思い出せなかったものを、無理やり思い出させられた? それで身体に負担がかかっている?)


 荒唐無稽な話だけれど、それしか考えられない。

 フェリシアが五年間外交官をしていて、体調を崩すなんてことはなかった。いつも元気に出仕して仕事と趣味に打ちこんでいた。そんな彼女が突然体調を崩すなんて、よっぽどのこと。


 そう思っても、今のヴィクトルはフェリシアに何もしてやれない。それがあまりにも。


(歯がゆい)


 ヴィクトルはふう、とため息をついた。考えても今の状況は変わらない。ただ粛々と、この長い式典が終わるのを待つしかないのだろう。


 次の儀式は〝神樹の伐採〟だ。櫓を組み、高所での作業になる。今のフェリシアに選定した枝を切ることができるのか、たまらなく不安だ。


 ヴィクトルがフェリシアについて黙々と考えていると、不意に訪ねてくる者たちがいた。


「「もう我慢の限界だ! ヴィクトル、フェリシアちゃんに会いに行こう!」」


 突然押しかけてきたのはティモとトゥロ。外交官用の控え室にいたヴィクトルの目の前にずんずんと歩いてきた。


「どうしたんだい、急に」

「あんな無理してるフェリシアちゃん、見てられないでしょ。また化粧濃くなってなーい?」

「神子に会えないかって懇意にしてる神官に色々聞いてるんだけどさ、神子のお世話は限られた人しかしてないらしくって〜」

「「そいつの名前、ヴィクトルなら知ってるっしょ」」


 双子の口から矢継ぎ早に言われたことに、ヴィクトルは面食らう。フェリシアを世話している神官の名前?


「僕にそんなことを言われても困る。神子の世話係の名前なんて聞いているわけがないだろ」

「そうじゃなくてー」

「たぶんヴィクトルが知ってる神官だって話〜」


 双子の言いようにさらに困惑する。ヴィクトルが個人的に懇意にしている神官なんていない。双子の家のように熱心に寄付を行っているわけでもないし。


 心当たりが本当になくてヴィクトルが困惑していると、双子はやれやれと言いたげにため息をついた。


「二年前のリストテレスでの報告書を僕らも読んだんだよねー」

「その時にフェリシアちゃんから聞いたんだけど、ヴィクトルが神官と契約(オンブル)したって〜」

「その神官の名前はボフミル・ペラーン」

「敬虔な神樹教信者の中では有名さ」

「「神樹の智慧を守護する審判者だって」」


 双子の出した名前を思い出す。

 学研都市リストテレスへの長期出張の時、たしかにそんな名前の神官と契約(オンブル)をした。その時はアイン・ザック博士の開発した天体観測器テネッコンを、博士の娘から奪おうとしていて……それをフェリシアが取り戻してあげようとした。


 当時のことを思い返して、ヴィクトルの表情が変わる。


「あの神官が、フェリシアの世話係だって?」

「そうだよー。フェリシアちゃん、すごく気に食わない人だったって言ってたけど」

「その神官がお世話係って、大丈夫?」


 それは良くないだろう。あの時、向こうは間違いなくこちらを敵視していた。それなのにフェリシアが神子になって、彼がその世話係なんて。


「僕らとしてはさー、そのいけ好かない神官にフェリシアちゃんがいじめられてないか心配でさー」

「でも正面からいっても会えないから、ちょっと裏道で会いに行ってみようかなって〜」

「裏道?」


 双子がにんまりと笑う。悪いことを企むような顔。

 ヴィクトルはあんまり良い予感がしないので、つい渋面になってしまう。


「何をするつもりだい」

「「この神殿の隠し通路を使うのさ!」」


 ティモとトゥロの提案に、ヴィクトルは顔を覆ってしまう。


「そんなもの、簡単に見つかるわけがないだろうに」

「それがあるんだよねー」

「昔々、神殿の建て替えの際にちょっとね〜」

「神殿の偉い人たちと高額寄付者にだけ伝えられた隠し通路がありましてー」

「それがこちらになりま〜す」


 ティモとトゥロは部屋に備えつけられている暖炉に近づくと、暖炉の火の様子を眺めた。


「この調子なら夜には消えるかなー」

「残念、夜まで待つしかないね〜」


 双子はそうぼやくと、ヴィクトルの腕をぐいっと引っ張って暖炉のそばへと連れて行く。


「ちょっ、何するんだ!?」

「ヴィクトル、暖炉の煙突のところをよく見てご覧」

「鉄の扉があるはずだから、それを横に引いてみて。そこに抜け穴があるよ」


 抜け穴、と聞いてヴィクトルは双子の顔を見る。ティモが懐から一枚の紙を取り出した。何かの見取り図のようなもの。それにトゥロがバツ印を付けていく。


「これは……」

「神殿の暖炉がある部屋の見取り図だよー」

「ここらへんは宿泊客とか神官の部屋ね〜」

「「暖炉のある部屋で、使用用途が不明な部屋はここの数ヶ所」」


 バツ印のない暖炉のある部屋は全部で三つ。

 そのうちの一つに、ヴィクトルはバツをつけた。


「ここは玄蒼国の皇子の部屋だからね。そこに近いこっちの部屋も空き部屋のはずだ。フェリシアが神子になったあとも、この部屋に出入りしている人はいなかったから」

「さすがヴィクトル、謎の伝手」

「それならフェリシアちゃんはここにいるのかな? 地下だけど」


 残った場所は、神殿の真北にある部屋の一つだった。北側は祭祀場が多く、宿泊や居間の用途として用いられる部屋が無いからか、暖炉のある部屋が極端に少ない。その中で一つだけ、用途不明の暖炉がある部屋が存在している。


「ここは何の部屋だろうねー」

「分かんないね。ここ、地下だし」

「神殿の地下はさすがに僕らも知らないなー」

「でも不自然すぎるでしょ〜。地下に暖炉は作らないって」

「たしかに。それじゃー、この地下室、何?」

「あやしすぎる〜」


 ティモとトゥロが口々に言い合う。ヴィクトルも真剣な顔で、神殿の見取り図を見つめた。


「……ティモ、トゥロ。この紙、燃やすよ」

「「どうぞ、お好きに」」


 双子は軽く答えた。神殿内部の見取り図なんて、機密にもほどがある。しかも限られた人しかしらない隠し通路の図だ。誰かに知られたらとんでもない。


 見取り図を暖炉の火に焚べる。完全に灰になったのを見たヴィクトルは、双子を振り返った。


「見取り図は頭に叩き込んだ。今夜、暖炉の火が消えたら、この北の地下室に行ってみる」


 決意したようなヴィクトルの表情に、ティモもトゥロも楽しそうに笑う。二人してヴィクトルに並ぶと、三人で肩を組んだ。


「さっすがヴィクトル、男前ー!」

「じゃ、僕らはちょっと根回ししておこうかな〜」

「根回し……?」


 まだ双子は何かを企んでいるらしい。呆れたようにヴィクトルが左右にいる二人を交互に見ても、双子は笑うだけで何も言わない。ヴィクトルは苦笑した。


 今回限りは双子の悪巧みに物申すのをやめておこう。彼らの悪巧みのおかげでフェリシアに会えるのなら。


 ヴィクトルは自分でも気がついていなかった。フェリシアはただの同僚で、部下だったはずなのに。どうしてこうまでして、何かをしたいという思いに突き動かされるのか。


 ただ、今のフェリシアを見ていられない。迷子の子猫のような不安な気持ちを押し殺しているのが、手に取るように分かってしまうから。その気持を拭い去ってやりたいと思う。あまりにも馬鹿らしい双子の戯言にのってやろうと思ったのは、それだけの理由だ。


 双子が部屋を去ったあと、ヴィクトルは暖炉の火を消すために薪を焚べるのを止めた。火が小さくなるごとに肌寒さは増していくけれど、耐えられないことはない。真冬の一番寒い時期じゃなくて良かった。


 暖炉の煙突部分に隠し通路の道があるのなら、おそらく服は煤ですごく汚れるだろう。持ってきている服の中でも汚れても良いものを選び、埃や煤を吸わないように口周りを覆う薄布や手袋なども用意しておく。旅の時に使う小さなランプの油の量も確認した。


 そうして夜を待ち。

 すっかり火の消えた暖炉の中へ、ヴィクトルは潜り込む。双子が話したように煙突を見あげて、手探りで扉らしきものを探す。思っているよりも高い位置にあった。狭い空間でなんとかよじ登り、その扉をあける。たったこれだけのことなのに、煤で手袋が真っ黒になった。


 隠し通路は狭かった。人が一人通れるだけの幅しかない。空気の通り道があるようで、さわさわと髪が揺れた。


(……暑いな)


 ほとんどの部屋の暖炉に薪が焚べられているのだろう。暖炉と繋がる鉄の扉の近くは熱風が扉の隙間から漏れ出ているようだった。ヴィクトルは頭の中に入れてある見取り図を思い浮かべながら、北の区画を目指して隠し通路を進む。


 宿泊や神官の居住区画を抜けると、暑さはぐっと遠ざかった。さらに歩き続ける。頭の中の地図ではそろそろ北の区画に入る頃合いだ。


(このあたりに通路が……ない?)


 双子の描いた見取り図にはあったはずの通路が、思っていた場所になかった。道を間違えたのかと焦る。でも、ふと前髪が揺らいで、ヴィクトルは上を見上げた。


(風が上から?)


 ヴィクトルがランプを上に掲げると、ギリギリ指がかかるだろうところに横穴があった。ヴィクトルは考える。


(地下に向かいたいのに横穴は上にある。でも、双子の見取り図としては、あの地下室に繋がるためにはこっちのほうに行かないといけない)


 まるで迷路のようだった。隠し通路と言うからには、もし万が一があった時に使うための通路なのだろう。そのために複雑化されているのかもしれない。


 ヴィクトルは壁をよじ登って横穴へと入る。出張も多い仕事なのでそこそこ足腰は良いほうだけれど、まさかこんなことをする日がくるとは思わなかった。明日、腕が筋肉痛になっているかもしれない。


 横穴を行くと、さらに複雑化した。あちこちに十字路がある。ヴィクトルはその一つ一つを頭の地図と照らし合わせながら進んでいく。一つでも間違えれば、元の場所には戻れない。慎重にヴィクトルは道を選ぶ。


 やがて螺旋階段を見つけた。上にも下にも行ける。ヴィクトルは迷わず地下を目指した。けれどその先は、行き止まりで。


(……このあたりにあるはずだけど)


 この螺旋階段のどこかに、暖炉と繋がる扉があるはず。もし人がいるなら、火が焚かれて熱気を感じるはずだ。フェリシアがいるのなら、火の焚かれた暖炉にも飛び込む覚悟もある。ヴィクトルはそんなことを考える自分が少しおかしくて笑ってしまった。


(火の中に飛びこんででも、フェリシアに会いたいと思う日がくるなんて)


 いつだったか。フェリシアに自分を大切にしろと言ったくせに。自分は彼女のために危険を犯そうとする。なんて矛盾なんだと、自分で自分に呆れてしまう。


 そこまで考えて、ヴィクトルはようやく気がついた。


「あぁ……僕、フェリシアのことが好きなのか」


 伯爵令嬢として相応しい所作もできるのに、中身はとんでもないお転婆娘。貴族令嬢としての役割にとらわれず、自分の好きなように生きる姿を人として好ましいと思っていた。それこそ手のかかる妹のようだと話したこともあった。


 でも、それだけじゃなかった。

 それだけで、こんな馬鹿みたいなことをするわけない。煤や埃にまみれて、火の中に飛びこんで、そうまでして彼女の不安を取り除きたいと思うのは、ただの同僚や友人の域を越えている。


 それを今、自覚した。

 自覚したら笑えてしまった。


(帰ったら、エリツィン伯爵の話をもっと真面目に考えてみよう)


 そう思った時、指先が何か突起を捉えた。低い位置に扉のような物がある。ヴィクトルはそこをゆっくりと開けた。


(火がないな。……でも、明るい?)


 暖炉のはずだ。火は焚かれていないから人がいないのかとも思ったけれど、誰もいないのに部屋が明るいのは不自然だ。


 隠し通路は煙突の中にあるので、どうやってもここから部屋の中を視認できない。ヴィクトルは声をひそめて、部屋の様子をなんとか聞き取ろうとする。


(物音がする……靴音……一人だけかな)


 耳を澄ませていると、不意に歌が聞こえた。歌の意味は分からない。ハルウェスタ語じゃない。でも、この声は。


 ヴィクトルは隠し通路から身を乗り出すと、すとんっと落ちるように暖炉に着地した。


『わきゃっ!? 何!?』

「やっぱりフェリシアか。心配したよ」


 お日様をたっぷりと浴びたような金髪に、森林を思わせるような緑の瞳。見慣れた顔の女性が、びっくりした顔でヴィクトルを凝視した。


 ヴィクトルはそんな彼女に笑いかける。


「体調はどうだい? なかなか会わせてもらえなくて、皆が心配しているんだ。もし何かできることがあれば、言ってほしい」


 目の前にいる女性にヴィクトルが笑いかけると、彼女はこてりと首を傾げた。


「えぇと……どちら様でしょうか? あわてん坊のサンタクロース?」


 ヴィクトルの笑顔が、固まった。


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