6.赤くて、ひとくちサイズの
ヴィクトルにも手伝ってもらい、午後はケチャップについて調べてみることになった。
レシピはさっきの店員さんにヴィクトルが聞いてくれた。手際の良すぎるヴィクトルは、ホットドッグを買ったついでに聞き出していたそう。なんで私を呼んでくれなかったのと聞いたら、私が話すと興奮して店員さんを困らせてしまうからと言われた。前科持ちに大変厳しいです。
とりあえずクロワゼット共和国の共同図書館に来てみた。材料を調べて、産地を調べて、まずはそこからやっていこう。
そのために、ヴィクトルが聞き出したレシピの材料を教えてもらったんだけど。
「主原料はイチゴだって」
「うそでしょう」
この世界にイチゴがあったなんて。
私が知らなかっただけで、調べてみるとこうしてボロボロと痕跡がでてくる。やっぱり、私みたいに転生した人ってけっこういたのかしら。そうなると、この世界と地球との関係性も気になってくるけれど。
イチゴのネームインパクトに慄いていたから、私はすぐに気づかなかった。
ケチャップの原料にイチゴっておかしくない?
「イチゴってどれですか」
「これ」
はい、と植物図鑑を渡される。
赤くて、みずみずしくて、種を豊富に含んだ果実。
ひとくちサイズで、植木鉢でも育てられる植物で。
たまに白色や黄色の品種もあるようで。
「いや、これ、ミニトマト……!」
「みにとまと?」
「なんでもないです」
イチゴの名前がつけられているけど、図鑑に乗せられている絵柄は間違いなくミニトマトだった。なんで? どうして? 転生者なの? 転生者じゃないの? これを名付けたのはいったいどなた?
私はそのまま植物図鑑を受け取って読んでみる。
主な原産地はクロワゼット共和国の北西部。大きな山脈があって、昼夜の寒暖差が大きく、乾燥しやすい地域らしい。
もっと調べたいけれど、外交官として仕事に来ているから、自由時間も限られている。ヴィクトルに促されて、その日の調べ物はそこで終了した。
❖ ❖ ❖
クロワゼット共和国での社交期間中、私は時間があれば共同図書館に通ったし、社交での会話に困ったら、とりあえず相手の方にケチャップの話題を振ってみたりした。
するとどうやら、瞬く間に「ハルウェスタの女性外交官は美食家で、今はイチゴ料理に興味津々」という噂が立ってしまった。美食家ではないけど、おいしいご飯のお話をいっぱいしてもらえたので、まぁいいやと思っていたら、ヴィクトルにすごく呆れた顔をされた。その顔やめてください。
で、その噂のおかげで、ちょっとだけケチャップに関する情報も集まった。
もともと、ケチャップはジャムとして貴族の間で流行ったものらしい。その後、レシピが庶民の中で流行し、今は家庭の味として広まっていたそう。貴族たちの間ではスパイスをふんだんに使ったアレンジレシピが主流になっていったとか。
ということは、ケチャップのレシピを考えた人は貴族か、そこで雇われた料理人、もしくは取引があった人の線が濃厚かも。原産地に行って現地の人たちに直接お話を詳しく聞けたらいいんだけど……今回の日程ではそんな予定は組み込まれていないので断念。
ハルウェスタ王国に戻ってから本腰をいれて調べるしかないな、って思っていたら。
「フェリシア、今回の外交も無事乗り切れたね。頑張った君にご褒美だよ」
クロワゼット共和国の滞在最終日。荷物を整理していた私のもとに現れたヴィクトルがさらっと出したのは、この国のミニトマトの収穫量の年代推移表だった。
「こんなもの、どこから見つけてきたんですか」
「農務大臣にね」
片目を瞑ってみせるヴィクトル。私はたまにこの上司の手腕を恐ろしく感じるときがあるよ。クロワゼット共和国の大臣に、私のご褒美のためにこんな資料をお願いしたというの? うそでしょう。うそだと言って。
とはいえ、貰えるものは貰っておくのが私です。私はありがたくその資料を受け取った。
「かなりしっかり記録が残っているものなんですね」
「ここ三百年くらいはね。三百年前の大陸戦争のあとは国境がしっかり引かれて、国際連盟ができたし。クロワゼットは共和国になるにあたって、こういった資料はしっかり残す取り決めがされたそうだよ」
とても素晴らしい試みだと思う。それがちゃんと百年以上続けられているってことも、尊敬する。嵩張るようなデータ資料って、ある一定の期間が経つと破棄されることも多いから。そういったものを残す判断ってすごいと思うよ。
私はありがたくその資料に目を通す。さすがに国外に持ち出しは禁止だそうだから、ここで読んだら明日の出発までに返却しないといけないそうで。
荷物の片づけは後回しにして、私はさっそく資料に目を通した。記録は二百年分くらいあった。ミニトマトの発見がその頃らしい。五十年くらい前までは一年の総量で、それ以降から現在までは季節ごとの推移も出てる。
で、見ていて気がついたのが、記録が始まった六年後、急激に収穫量を増やしているということ。何故?
首を捻っていると、立ちんぼで読んでいた私の資料に、にゅっと指が伸びてくる。ヴィクトルがちょうど私が気になった年の数字を、トントンと人差し指で叩いた。
「ここ、気になるでしょ。この前年くらいにケチャップを使ったレシピが出回り始めたらしいよ」
「そこまで分かったんですか?」
「君が調べたいと言い出してすぐに、僕も色々と手を回してみたんだ」
さすがヴィクトル。行動が私以上に早い。こういう人がやっぱり上へ、上へと、キャリアを積んでいくんだろうな。
ただ、ちょっと不満もあって。
「……私が調べたかったのに」
「ごめんって。拗ねないでくれよ」
唇を尖らせたら、ヴィクトルはちょっと困った顔になる。でもすぐに、私の耳元に唇を寄せてきて。
「良い話をもう一つ。ケチャップのレシピをもたらした人も教えてもらった。イチゴの名付け親と同じらしい」
「えっ。そうなんですか?」
そんな。ヴィクトルは優秀すぎる。私が調べるよりも先にこうやって答えにたどりつくなんて。ずるいよぅ。
だけど、答えを持ってきてくれたなら、ぜひ聞きましょう。聞かないよりは聞いておいたほうが、絶対お得ですから!
「どなただったんですか」
「ハルウェスタの貴族さ」
ハルウェスタの貴族。
ふと、気づく。
二百年前といえば、つい最近、別のもので見た符号。
「もしかして、ラムリ子爵家の方?」
二百年前と言えば、ハルウェスタの飢饉の時期。しかも年表をみるに、このトマトが発見されて収穫量増加をしたのは、飢饉を乗り越えた後くらい。
答え合わせを求めれば、ヴィクトルは破顔した。
「正解」
ここまで符号があってしまえば、もう確定だ。
初代ラムリ男爵のカクーマ氏。
その息子のオリザ氏。
どちらかが転生者。
私はヴィクトルの腕を掴む。
じっと彼の菫色の見つめて。
「帰りにラムリ子爵領に寄らせてください!」
次の瞬間、ヴィクトルはいつもの呆れ顔になってしまった。
「じゃがいも編、まだ続くんかい」
と、作者が言っている。