57.ライスマンとの再会(side.ヴィクトル)
ガムラン連合王国にて玄蒼国の皇子の歓迎会をするということで、ヴィクトルは各国の情勢を見極めるべく乗りこんだ。
当初は二ヶ月、遅くとも三ヶ月程度で帰国するつもりだった。それがずるずると引き延ばされ、今はガムラン連合王国ではなく、アニマソラ神樹国にいる。
その理由も。
『はー、早く終わってくれー。そんで、ハルウェスタに行ってフェリシアお姉さんに会いたーい』
『クーヤ殿、また暖炉で米を……』
目の前で米を炊いている少年。成長期なのか、二年前に会った頃より身長も伸びていた彼と再会したのは、ガムラン連合王国の歓迎会の夜会でのこと。
そこで今回の使者である玄蒼国の皇子を遠目ながら眺めた時に、向こうが先に気がついた。ヴィクトルの顔を見つけたクーヤはフェリシアが一緒にいると思ったのか、ものすごく友好的に再会を果たしてくれたのだ。
そのせいか、ハルウェスタ王国は内陸国にも関わらず玄蒼国の皇子と伝手があるらしい、という噂が広まる始末。国同士というよりも、ごくごく個人的な関係な上、クーヤが親しいのはヴィクトル自身ではなくフェリシアなのだけれど……と色んな言葉を飲みこみながら、ヴィクトルは現状に甘んじている。
というのも、クーヤがフェリシアに会いたいからと、会うきっかけを逃さないようにヴィクトルを捕まえているから。相手が玄蒼国の皇子ということもあり、明らかに贔屓にされている中で無碍にもできず、ずるずるとヴィクトルはアニマソラ神樹国にまで連れてこられてしまった。
『そういや、ハルウェスタ王国の使者も到着したらしいな。フェリシアさんいる?』
『どうでしょうね。双子が……別の外交官がくる手筈になってたはずですけど』
ヴィクトルも大使のジェミヤンから、神官招聘の使節が第一王女リュドミーラに変わったことは聞いている。王女専属の通訳がフェリシアにはなっているけれど……実際にどうなったのかは、到着した使節に会ってみないと分からない。
『フェリシアさんが来てくれたら、喜んだだろうになー』
『どういうことですか?』
『ここには禁書庫みたいなのがあるらしいんだけどさ。神子はそこに入れるんだよね。そこにある書物ってたぶん、フェリシアさんが知りたいことも書かれてるんじゃないかなって思ってるからさ』
クーヤの言葉に、ヴィクトルは瞬く。フェリシアの知りたいこと。彼女が調べていること。それを、クーヤはたった一回会っただけで分かってしまったのか。
『ニホンゴでしたか。フェリシアとあなたが共有するその言葉があると?』
『たぶんな。一回入れてもらったけど、俺、この国の文字読めなかったんだよね』
禁書庫という名の通り、立ち入られる人間は限定されているらしい。クーヤは大陸の神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤを象徴する神子であるけれど、神樹の神子が見つからない今、その代理として禁書庫に入ったようだ。結局は、文字が読めないということで無駄足だったそうだけれど。
ヴィクトルは、フェリシアとクーヤの間で共有されているものを羨ましく感じた。フェリシアとはもう何年もの付き合いとなるのに、自分がそこへ踏み入ることができたのはクーヤとの出会いのあとだったから。
『ああ〜。フェリシアさんが神子だったらな〜。ハルウェスタまで行かなくてもここに籠って色々調べられたのにさ〜。残念だな』
なんだか不穏なことをクーヤが言っている。クーヤの目的が何かは知らないけれど、その目的とフェリシアがやっていることが近しいことだけは、ヴィクトルだって気がついている。相手が他国の皇子でなかったら、うちのフェリシアを巻きこむなと言いたいところだ。
(とはいえ、フェリシアが神子か……)
もしフェリシアが神子だったら、教皇ロナルディーナが黙っていないはずだ。何度か教皇ロナルディーナ本人が、フェリシアと直接会っているはずだし。
そう思ったところで、何かが頭の中に引っかかった。でも手繰り寄せられない。ヴィクトルがその何かを引き寄せようと、過去の出来事を思い浮かべようとしたところで。
『ハジメチョロチョロ、ナカパッパ〜。アカゴナイテモ、フタトルナ〜』
暖炉で米を炊いているクーヤが、何度目か分からない呪文を唱えだした。彼が米を炊く時によく歌う呪文だ。その呪文を歌いながら、クーヤは鍋を机の上へと運んだ。蓋は開けずにそのまま放置。不思議と見慣れてしまった光景を、ヴィクトルはただ眺めた。
その間にもクーヤはせっせと米に合う味噌汁を暖炉でくつくつ温めた。味噌の芳ばしい香りがほのかに部屋に充満していく。
『よーし、できたぞー! ヴィクトルの兄ちゃんもどーぞ』
『ありがたくいただきます』
出来上がった白米と味噌汁をヴィクトルも頂いた。クーヤはよくこうして自炊している。一国の皇子が手ずから調理しているのを見るのは普通ならあり得ないのだけれど……最初の出会いが、米炊き大会だったせいか、今さらそれを指摘する気にもならない。
米と味噌汁に匙をいれながら、ヴィクトルは考える。そろそろハルウェスタ王国側と合流するべきなのだけれど……クーヤがヴィクトルをフェリシアに会うための口実にしようと企んでいるため、なかなか解放してもらえない。アニマソラ神樹国での行事が終われば、クーヤをハルウェスタ王国へ迎えるための手配もしないといけない。折を見て、玄蒼国の皇子の来訪に備えるように根回ししておきたいのだけれど。
ヴィクトルがつらつら考えていると、もりもりと米を食べているクーヤのもとへ、側付きであるカズミヤが戻ってきた。
『クーヤ様、ただいま戻りました。神官より伝言を預かっております』
すまし顔で部屋に入ってきたカズミヤは机の上の鍋と暖炉の鍋を見比べる。ヴィクトルと視線が会うと、一人でうんうんと頷く。
『クーヤ様の米は世界一です』
『そうですね』
このカズミヤという女性は、ヴィクトルもいまだによく分からない。なんというか、人としての波長が合いづらいというか。発言の趣旨や意図がいまいち読みづらい。クーヤはそれに慣れているのだろうけれど、ヴィクトルはまだ慣れない。
『カズミヤ、おかえりー。神官がなんだって?』
『神樹の神子を迎えられたそうです。今は旅の疲れが出ているそうで休まれているそうですが、日を定め次第、その者を神子としてお披露目するそうです』
『おー?』
ヴィクトルは思わずカズミヤを見た。アニマソラ神樹国が神子を迎えた? 今さら神子が見つかったのか? アニマソラ神樹国がなりふり構わず神子を探し回っていたのは知っているけれど、まさかこの土壇場で見つかるなんて。
ちらりとクーヤの様子を伺った。彼は変わらず米をもりもり食べている。彼は見つからない神子の代理として呼ばれたのに、これでは遠路はるばるここまで来た意味がない。それなのに態度は変わらなくて。
ヴィクトルがなんと声をかければ良いのか躊躇っていると、カズミヤはさらに神官からの伝言を伝える。
『クーヤ様におかれましては、今後をどうするか話されたいとのことです。いかがされますか』
『今後ねぇ。お役目御免なら俺はこのままハルウェスタに行きたいけど。でも、神樹の神子にもちょっと興味あるな。どんな奴だろ』
クーヤは米の入った椀を置くと、ぺろりと口の端に付いた米を舐め取った。その様子を見たカズミヤは、どこからともなくおしぼりを出してクーヤに渡す。クーヤは慣れた様子でそれを受け取ると、口周りを拭った。ヴィクトルはいつも思う。カズミヤはいったい何処に何をどれだけ隠し持っているのだろうと。
ヴィクトルがそんなことを思っていることなんてつゆ知らず、すまし顔のカズミヤはクーヤの食べ終わった食器を片付け始めた。
『それでは面会の申し込みをしておきましょう。そのあとで、今後の方針をお決めになればよいかと』
『じゃ、そーする』
クーヤたちの直近の方針は決まったらしい。
それなら、とヴィクトルも声を上げた。
『本当にハルウェスタに来られるのなら、僕もハルウェスタ側にクーヤ殿の受け入れ準備をするように通達しておきます』
『えー、いーよ。俺、そこらへんのさすらうライスマンとしてハルウェスタに行くから!』
『玄蒼国の皇子で、しかも神湖の神子を適当に扱えません』
『そんな几帳面に俺を扱うの、お前らくらいだぜ?』
クーヤがてれっと笑った。そういう少年らしい表情を見ると、ヴィクトルも毒気が抜かれる。クーヤは自由人だけれど、皇族らしい傲慢さも気位の高さもあまり持っていない。親しみやすい弟分のような表情をするから、ヴィクトルもついつい駄目とは言いづらい。それが少し、フェリシアの雰囲気と似ているような気もするから、放っておけなかった。
『とにかく、そういうことで。これを食べたら、僕は一度ハルウェスタ側と合流します』
『仕方ないな〜。あ、フェリシアさんがいたら、会わせろよ!』
『いませんって』
クーヤの希望に、ヴィクトルは軽く返した。




