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【書籍化決定】転生令嬢は旅する編纂者  作者: 采火
第二部

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55.神子の試練

 外交官としてあるまじきことに、私もジェミヤンさんも、ロナルディーナの言葉にぎょっとした。急いでジェミヤンさんにアイコンタクト。


(そんな話、聞いておりませんが!)

(私も初耳です! おそらくアニマソラの独断かと……!)


 ジェミヤンさんの顔がちょっとどころかだいぶ引きつっている。待って、ジェミヤンさんにも話が通っていないの!? ということは、うちの上層部にも話が通っているかも不明。うちの王女殿下を指名したのはアニマソラ神樹国だと聞いてるけど、このために指名したってこと……!?


 ジェミヤンさんが引きつった表情のまま、口を開いた。


『お待ちください、教皇猊下。我が国の王女が神子とはどういうことでしょうか。神子はお決めになったのでしょう。そのために玄蒼国から神子を招いたとお伺いしております』


 ジェミヤンさんは顔を強張らせていても、声が震えることはなかった。ロナルディーナは視線をジェミヤンへ向けると、首肯する。


『是。ですが、それは表向きの話です』

『表向き、とは』

『玄蒼国の神子は、我が大陸で神子が見つからなかった場合に備え、平和祈念に関連する式典のためにお呼びいたしました』


 どういうこと……?

 こちらの大陸で見つからなかった神子を、玄蒼国から呼んだのは式典のため。それは理解できる。でも、こちらの大陸で見つからなかった神子を、別の大陸で見つけたってことではなかったの? 神子は大陸によって違いがあるものなの?


 私たちの頭には疑問符がたくさん浮かぶ。


『三百年前の大陸戦争の頃より、神樹ゴドーヴィエ・コリツァの百年祭は平和祈念の意味も含むようになりました。特に百年祭の前年は大陸戦争の終戦を記念し、諸国の協力のもと今回のように前日祭を盛大に行わせていただいております。ですがそれとは別に、元来の儀式を行える神子がいないのは、少々困るのです』


 元々、神樹ゴドーヴィエ・コリツァの百年祭はアニマソラ神樹国の神聖な儀式だった。けれど三百年前の大陸戦争で和平のために奔走した人物がいたそうで、彼のおかげで戦争が終結したと言っても過言じゃない。


 その人物が今後百年の平和のために、大陸全土の国々へ神樹ゴドーヴィエ・コリツァの枝を贈ったのが、今回行われる式典の由来。てっきり神子がその人物のことを指しているのかとも思っていたけど。


『……アニマソラ神樹国において神子は、百年祭とは別の役割をも担っている、ということでしょうか』


 ジェミヤンさんが反芻すると、ロナルディーナはもったいぶるかのように、言葉を続けて。


『かつて、神樹より賜った神託がございます。〝神の叡智はやがて人を滅ぼす〟と』


 空気が張りつめる。ジェミヤンさんの表情はますます強張り、リュドミーラ様も不安げな表情になる。アキムさんからも緊張する気配が伝わってきた。


 神の叡智が人を滅ぼす。

 ……あまり笑えない話だわ。


 何も発さない私たちに、ロナルディーナは滔々と言葉を繋げた。


『アニマソラ神樹国が開かれてよりずっと、我ら教皇はこの神託を胸に刻んで参りました。実際に三百年前の大陸戦争では、神の叡智によりもたらされた兵器が存在しました』


 アニマソラ神樹国はこの長い歴史の中で、人類の脅威になるだろう神の叡智を蒐集し、禁書として封じてきたという。その禁書を作成する役目を、神子が担っているのだとか。


 三百年前、封印すべきだった叡智が支配欲の強い国家に悪用された結果、大陸全土を巻きこむ戦争が起きた。だからこそアニマソラ神樹国は神子を求め、神の叡智の見定めをしてもらわねば困るのだと言う。


 正直そんな話、信じられるかと言われたら微妙なところ。アニマソラ神樹国に滞在して長いジェミヤンさんを見ても、困惑した表情のまま。大陸戦争は歴史として有名だけれど、神子や神の叡智云々は聞いたこともない。


 とはいえ、大陸全土を巻きこむような戦争が実際に起きたのは事実だ。戦争を加速させる兵器の一つや二つが開発されても不自然じゃない。もし神樹の神託がそれらを指しているのなら、アニマソラ神樹国の危惧も少しは分かる。


 だからといって、それをアニマソラ神樹国が率先して、しかも内密に行ってきたというのは、納得しがたいのだけれど。


 ロナルディーナの話はそこで終わり。

 改めて、問われる。


『どうかリュドミーラ王女殿下。神子の試練を受けていただけないでしょうか』


 アニマソラ神樹国の主張はよく分かった。

 でも、まだ分からないことがある。


『ひとつ、お尋ねしてもよろしいでしょうか』


 それまで黙っていたリュドミーラ様が声を上げた。凛とした声は謁見室に涼やかに広がって、ロナルディーナに呑まれようとしていた雰囲気をきり払ってくれる。


『どうして、わたくしが神子だと思われたのでしょう』


 ロナルディーナは恥じることは何もないといった態度で、堂々と答える。


『我々もなりふり構っていられないのです。占では間もなくこの地に神子が訪れると出ておりました。いつ、いつかと、日に何度も繰り返し占い……あなた方ハルウェスタ王国の皆様が入国されて、占はこの地に神子が訪れたと変化したのです』


 だからこの謁見で真偽を確かめさせてほしい。

 そう、ロナルディーナは主張する。


 私とジェミヤンさんはお互いに忙しなく視線を送り合う。どうする? 止める? 止めないほうがいい? もしリュドミーラ様が神子認定されたら、私たちどうすればいいの!?


 こんな展開になるとは思っていなかったから、私もジェミヤンさんもどう対応すればいいのか分からない。神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千四百年祭に向けて神官を招聘するためにここに来たのに、話が大事になってきた。


 私たちの選択が、今後のハルウェスタ王国とアニマソラ神樹国の関係を決める。こんな重要な場面が突然やってくるなんて聞いていない。今の私は、ジェミヤンさんとアイコンタクトを取るのに必死。


 だから、これが茶番だと気づくのに遅れた。

 ロナルディーナが、神子の正体をあんなにも分かりやすく話していたのに。


 私は、いつも気がつくのが遅い。


『分かりました。神子の試練とやらをお受けいたしましょう。ですが、わたくしには自分が神子だという自覚はございません。もし教皇猊下の望むような結果が出ずとも、その時はご容赦くださいましね』


 リュドミーラ様がそう言って微笑まれた。

 ロナルディーナは厳かな表情で首肯すると、神官を呼び付ける。


 神官はなみなみと液体の満ちているグラスを一つ、盆に乗せて持ってくる。それをリュドミーラ様に捧げた。


『こちらをお飲みください』


 リュドミーラ様はグラスを手に取ると、そっとグラスの中身を覗かれる。


『これは?』

『〝ギフト〟あるいは〝ポイズン〟、あるいは〝ウェネーヌム〟、あるいは、〝ドク〟〝ディリティリオ〟など……様々な呼び名がございます。神子ならば正しき答えを導き出せるでしょう』


 ロナルディーナの言葉に頭が真っ白になった。

 ギフト、ポイズン、ドク……毒!?


 呼吸が止まる。

 私はリュドミーラ様の持つグラスを凝視する。


 ロナルディーナは毒って言った? 私の聞き間違いじゃなければ、毒と……日本語だけじゃない、英語や……ギフトも確か、毒の意味を持つ地球の言葉!


 リュドミーラ様はグラスをしげしげと眺めたあと、ロナルディーナを見て問いかけた。


『わたくしも王族ですので、口にするものは毒味をしてもらう決まりがございますの。これは神子以外が口にしても良いものなのかしら』

『ええ。問題ございません』


 それなら、とリュドミーラ様がアキムにグラスを渡そうとして。


「お待ちくださいリュドミーラ殿下。護衛に何かあっては御身を守れません。私がいたします」

「そう? ごめんなさいね」


 リュドミーラ様が申し訳なさそうに、毒見役を買ってでたジェミヤンさんにグラスを渡す。ジェミヤンさんは緊張した面持ちで、グラスを揺らした。


『……匂いはほのかに甘さを感じますね。とろみがあり、世にも珍しい銀色の水です。光沢があり、鏡のように私の顔が映るほど輝いている。なるほど、神子の試練に相応しい神秘的な飲み物でしょうね』


 ……銀色の水?

 私の嫌な予感がますます加速していく。


 毒で、とろみがあって、顔が映るほど光沢のある銀色の水。まるで金属のような特徴を持つのに液状って――それって、水銀みたい。


 脳が答えを弾き出した瞬間、私はグラスに口をつけて傾けようとしたジェミヤンさんの手を、思い切り叩いていた。


 ガシャン、と大きな音を立てて、グラスが床に叩き落とされる。


「……フェリシアさん?」


 ジェミヤンさんが私の名前を呼ぶ。

 私は心臓がバクバクと全力疾走していて、それどころじゃない。


「……の、飲まないでください……それは、毒です」


 これはもう、何も言い訳できないくらいのやらかしだ。分かっていたのに、身体が勝手に動いてしまった。


 神子が死んだら本末転倒だから、もしかしたら毒じゃなかったかもしれないのに。そうはいっても、もし本当に毒だったら、ジェミヤンさんを見殺しになんてできなかった。


 ロナルディーナがにこりと笑う。すっと立ち上がり、コツコツと大理石の床を鳴らしながらゆっくりと近づいてくる。


『やはり貴女が神子でしたか。フェリシア・エリツィン様』


 跪いたロナルディーナの策略に、私はまんまとはまってしまった。


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