53.暖炉には気をつけて?
年輪祭編突入します。思ったより長い話になってしまったので、毎日投稿できるようがんばります。(神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千四百年祭が長すぎて、作者は年輪祭って呼んでます)
ヴィクトルもいないし、双子もいない。イェオリと私の二人だけで仕事を回すには本当にギリギリの状態で、二ヶ月が過ぎた。
そろそろヴィクトルも帰ってくる。そうしたらイェオリと二人だけの終わらないデッドレースから抜け出せる、と思っていたら。
「えっ、私がアニマソラにですか?」
「そー。段取りは僕らと現地に駐在している外交官とで調整したからー」
「フェリシアちゃんは王女殿下についているだけで大丈夫〜」
アニマソラ神樹国からひと足早く帰ってきたティモとトゥロがそんなことを言い出した。私は寝耳に水。
「私、アニマソラにはあんまり行きたくないんですけど……」
「今回は王女殿下のお付きだしー」
「あのクソ野郎と顔合わせしないように要望してあるよ〜」
くぅ、段取りってそこも含んでいるのね……!
でもでも、と私は食い下がる。
「そんな急に言われても困ります」
「だって向こうが王女殿下を指名したんだもんー」
「うちの王女殿下結婚前だし、上層部が男をつけたがらなくてね〜」
それは知っている。王女殿下の通訳はほぼ私の専任状態だもの。とは言っても、王女殿下が国を出るのは結婚の時くらいと言われているので、通訳の仕事は国内のものばかりだった。
そんな生粋の箱入り娘である王女殿下にご指名を入れたんですか、アニマソラ神樹国……。
「王女殿下はお受けしたんですか、それ」
「大事な祭事だからねー」
「了承してくださったよ〜」
祭典のために神官を招くので、国内のほうも準備が大変なのは分かる。こういう他国の重要人物をお迎えに行くのは重鎮であるパターンもあるけれど。
「アニマソラ神樹国から派遣される祭祀の神官も女性なんだってー」
「だから王女殿下がご指名されたわけ〜」
なるほど、そういう流れなのね。
理解はしたけれど、やっぱり他の出張とは違って乗り気にはなれないわ。
「憂鬱です……」
「そんなことを言わないでよー」
「本当はヴィクトルに行ってもらう予定だったけど〜」
「「玄蒼国の皇子様に気に入られちゃったみたいで帰ってこないんだよね!」」
いつの間にそんなことになってるの上司!?
そろそろ帰ってくる時期だと思っていたのに、ヴィクトルがなかなか帰ってくる気配がなかったのはそういうこと? 気に入られちゃったみたい、って、そんなに意気投合してしまったの? ちゃんとハルウェスタ王国に帰ってきます? 大丈夫です!?
「てっきりティモさんかトゥロさんが行くのかと思っていたけど行かないんすね」
「僕らは家の都合でねー」
「別枠で行くよ〜」
「二人とも行くんですか」
イェオリがティモとティモとトゥロに尋ねると、二人は親指を立ててにっこり笑う。
「うち、アニマソラの寄付金えぐいからー」
「神子お披露目の特別来賓として招待されてるんだ〜」
わぁ。さすが、としか言いようがない。
双子の実家であるネジェーリン伯爵家は代々信心深い一族で、神樹への寄付金が断トツなのは国内の貴族なら誰でも知っているくらい有名だもの。ティモとトゥロがアニマソラ神樹国の外交に真っ先に駆り出されるのもそれが理由だものね。
それよりも気になるのは、アニマソラ神樹国の神子問題。ようやく神子が見つかったのね。今年の社交シーズンはハルウェスタ王国に押しかけてきて大騒動だったけれど……お披露目をしたら、神子は祭典に向けて一年間、修行みたいなのをするのかしら?
「ティモさんとトゥロさんもアニマソラに行くし、ヴィクトル様も戻ってくる予定が立たないってことは、年始明けって……」
「仕事俺一人か!? 嘘だろ……!?」
イェオリがその可能性に気づいて愕然とした。てっきり双子がそのままアニマソラ神樹国から祭祀の神官を連れてくると思っていたから、仕事の振り分けを見直さないといけなくなる。
「他国の神官道中の手配どうするんですか? さすがにイェオリ一人だけでは無理ですよ」
「他の部署と連携して。通訳もアニマソラ語話せること前提だから、調整していた時より楽だと思うよー」
「引退した外交官たちにも手伝ってもらうし、その頃にはヴィクトルも帰ってきてるんじゃないかな〜」
どこの国も神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千四百年祭が最優先だろうから、通常業務である文章の翻訳などは激減する見込みで動いているみたい。それなら良いけれど……室長であるヴィクトルがいないから、こういう細やかな伝達事項がギリギリまで回ってこないのは、ちょっと困る。
あんまり乗り気にはなれないけれど出張が決まったので、出発までにできる限り仕事を片付けていかないと。イェオリが過労で倒れちゃう。
「あ、そーだ。フェリシアちゃーん」
「アニマソラの神殿で宿泊になるから、暖炉には気をつけてね〜」
「暖炉ですか?」
よく分からない双子の忠告に、私は首を傾げる。イェオリも気になったみたいで、視線が双子に釘付けだ。
ティモとトゥロは食いついた私たちに満足しなように、にんまりと笑って。
「「アニマソラの神殿のとある客室にまつわる噂だよ」」
曰く。
昔、多額の寄付をした男が神殿でもてなされた際、酒にひどく酔ってしまい宿泊することになったそう。その日はとても寒い日で、気を利かせた神官が暖炉に薪を焚べておいた。深夜になる頃に暖炉の火は燃え尽きたが、男はあまりの寒さに目を覚まして身震いしたという。
そこで男は自分で薪を焚べようとしたのだけれど、予備の薪はない。人を呼ぼうと男は廊下に出たところ、あまりにも寒くて部屋に引き返した。
それにしても寒い。これでは寒さで凍えてしまうと考えた男の視線の先に、窓の外で項垂れている枯れ木の枝が映った。枯れ木だから良いだろうと男はその枝を折ると暖炉に焚べた。
すると。
「炎が勢いよく燃え上がり男を飲みこむと、男は灰になってしまったー!」
「その枝は神樹ゴドーヴィエ・コリツァの枝の端。実は男の寄付金は横領によるもので、巡り巡って神樹が男に神罰をくだしたんだとさ〜」
ちゃんちゃん。
双子は満面の笑みで私たちに語り終える。
なるほど。だから暖炉に気をつけて、ということ。
「迷信ですか」
「枝を多少折って焚べたところで、暖は取れないっすよね」
「「後輩が可愛くない」」
私とイェオリの反応があっさりしすぎていて、双子は唇を尖らせた。いや、あまりにもよくある噂話というか、迷信というか。
「そもそも、男の視点で語られても、男が死んでは語られる話の信憑性がありませんよ」
「えー?」
「どういうこと〜?」
「死人に口無しってことですよ」
ティモとトゥロはあたかも男が見ているかのように話してくれたけれど、男が死んでしまってはそれを語るべき語り部がいなくなるってこと。
「本当にその事件があったとして、状況証拠による噂話に尾ひれがついたものでしょうね。男が灰になるというのも現実的ではないし……」
人間が灰になるくらいに燃えたとしたら、ボヤでは済まないと思う。アニマソラ神樹国の神殿が火事になったという話も聞いたことがないので、実際のところは一酸化炭素中毒とか、他の原因で男性は亡くなってるんじゃないかしら。
なーんてことを、話したら。
「……フェリシアちゃんってさ、本当に時々、頭が良いよね」
「……事件の解明をしてほしいわけじゃなかったんだけどな〜」
ちょっとお二人とも? 私、かなり失礼なこと言われてます?
「ま、暖炉に気をつけるのは当然だとして。フェリシアこれ、頼んだ」
「はーい」
書簡の仕分けをしていたイェオリから、私の担当分が回ってくる。話をに聞きながらも手を動かしていたイェオリは偉いと思います。
イェオリは双子にも書簡を配っていく。
「室長が帰ってこないなら、仕事を俺らで回さないといけないってことです。……俺を置いて皆でアニマソラに行くなら、その分の仕事はきっちりやりきって行ってくださいよ」
にっこりと笑顔を浮かべ、イェオリは双子に凄む。
ティモとトゥロはイェオリに渡された書簡をそっと机の上に置くと、すっと椅子から立ち上がった。
「「ちょっと資料を取りに図書館まで行ってくるね!」」
「あぁっ!?」
「逃げたわ」
イェオリが慌てて双子を追いかける。でも双子の逃げ足は早くて、あっという間に廊下の彼方に消えてしまった。
いつもなら、ヴィクトルが上手に双子の手綱を握っているんだけれど。私とイェオリでは、まだまだあの双子を手懐けられない。
あーあ、ヴィクトルに帰ってきてほしかったわ。




