52.サンタクロースを讃えた子
ティモとトゥロが、神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千四百年祭に向けた調整のため、アニマソラ神樹国に行く日程が決まった。私とイェオリは留守番になるので、いつものように行ってらっしゃいと見送るつもりだったんだけど。
「ごめん、二人ともー!」
「お願いがあるんだ〜!」
直前になって双子から応援要請が上がってきた。なにかしらと思いながらも話を聞いてみたら。
「教会のバザールが出張中にあるんだけどー」
「そこのお楽しみイベントを頼まれてくれない〜?」
「今ですか!?」
びっくりしてイェオリの声が裏返る。かくいう私も双子の突然の頼みごとに絶句したけど。
「そういうのはもっと前に調整しておくものじゃないっすか」
「調整はしておいたんだよー」
「代理も立てておいたんだよ〜」
「それならどうして私たちに?」
調整もして代理も立てていたなら、私たちに突然振ってくるような話でもないのでは?
そう思っていたら。
「今朝さー、代理をお願いした人が階段を踏み外して足を痛めたらしくてさー」
「さすがに来週のバザールで無理させるのはちょっとね〜」
「それなら別の者にお願いすればいいじゃないっすか。その代理もどうせ、伯爵家で手配した人間でしょうに」
イェオリの言葉に私もうんうんと頷く。ティモとトゥロの家は私たちと同じ伯爵家。バザールも家で出資しているわけだから、私たちに頼むよりも他に人脈があると思うんだけれど。
「それがさー、教会の神官が変わってさー」
「アニマソラから派遣されてきて日が浅いから、外交関連に強めの人を置いておきたくて〜」
「それで選んだ人が駄目になっちゃったからー」
「フェリシアちゃんかイェオリ、どっちかに代理頼みたいんだ〜」
私とイェオリは顔を見合わせた。教会の神官が変わった話は噂で聞いているけど。
「外交に強めって……代理の方、誰だったんですか?」
「「バーベリ前伯爵」」
「先々代長官を連れてきたんですか!?」
外務省の先々代長官だったバーベリ前伯爵。引退した大物外交官に、双子は代理を頼んだの……!?
「バーベリ前伯爵の怪我は大丈夫なんですか……?」
「年だからねー」
「絶対安静、二週間〜」
だから代理を私たちに頼みたいと言う。
私とイェオリはもう一度顔を見合わせた。
「代理って言っても、何をするんですか?」
「教会に来る子どもたちにお菓子をあげてほしいんだよねー」
「あと仮装の衣装も用意しておいて〜」
「仮装ですか?」
バザールで貴族が平民に何かを施す時は使用人に頼むことが多い。平民を萎縮させないように本人は離れたところで見学しているだけ。だから仮装と言われてもピンと来ない……お菓子を配る使用人に仮装させろってこと?
「僕ら、このバザールのために芸を極めたんだよー」
「子どもたちに喜んでほしくてね〜」
そう言った双子は突然、インク瓶やペン、本、空のティーカップなどなど……色々なものを引っつかんで、二人でジャグリングしだした。
ちょっと待って!?
「ティモさんっ、トゥロさんっ! 危ないですって!」
「なんでこんなの覚えたんっすか!?」
インクが溢れないか、ティーカップが割れないか、慌ただしく視線を左右にさせる。割れ物をジャグリングに使うのはやめてほしい……!
「貴族の子どもと違って、平民の子どもってやんちゃじゃーん?」
「ただお菓子配るよりも、こっちのほうが楽しいかなって〜」
そう言って私に本を、イェオリにティーカップを投げてくる。
「わっ、わわわっ!」
「あぶっ!? あぶなっ!? ふざけるのも大概にしてくださいって!」
「「あっはっはっ」」
笑いごとじゃないですってー!
私とイェオリが睨んでも、双子はどこ吹く風。やれやれと思っていたら、ふとある可能性が頭によぎった。
「あの、まさかバーベリ前伯爵にも芸をお願いしたんですか……?」
「あぁ!?」
イェオリも気がついたみたいで、双子を凝視する。彼らはひょいひょいとジャグリングを続けながら。
「芸は無理だけど、子どもとは触れ合いたいってー」
「だから馬のかぶりもの用意したって言ってたんだ〜」
バーベリ前伯爵が馬のかぶりもの……。
ちょっと、それは、あの………本人が良いなら、とも言い難い……!
バーベリ前伯爵とは外交官になったばかりの頃、とある夜会でご挨拶させてもらったことがある。その時に思ったのは、表情筋が硬そうな方、という印象だった。子どもだったら怒っている顔と思いそうな面立ち。でもその実、孫を甘やかしすぎてご息女に怒られているという話を聞いた。
だからかぶりものをして、子どもたちに直接お菓子を配ろうと考えたのかしら……。
「それってどうしても仮装する必要はないっすよね?」
「ないけどー、神官にはこういう企画するよって言ってあるしー」
「子どもたちもそのほうが喜ぶでしょ〜?」
ただの代理でバザールの監督をするだけじゃないのは、ちょっと大変そう。それも仮装でってなると、衣装の準備もあるし。
私はぽんっとイェオリの肩を叩いた。
「イェオリ、がんばって」
「待て。俺に押しつけんな!」
「私、その日は朝から趣味に没頭する予定なので」
「俺だって休みを満喫したいんだが!?」
私とイェオリで双子の代理を押し付け合う。慈善事業なので率先してやるべきだと思うけど、神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千四百年祭が間近ってこともあって、アニマソラ神樹国の関係者がぴりぴりしてるの知ってるんです。そこに自分から飛び込んでいくなんて。面倒ごとが起きたら厄介すぎて。
それを見越しての、外交に強そうな代理人っていう双子の選択なんだろうけれど。
私たちがわぁわぁ言い合っていると、ジャグリングを止めた双子がさらさらっと紙に何かを書きつけた。
「そういうことだからー」
「二人の連名で委任状書いておくね〜」
私とイェオリの動きがピタリと止まる。
イェオリが無言で走り、双子の書いた委任状を奪おうとするけれど、見事な連携で双子は委任状をイェオリから遠ざける。
「「それじゃ、よろしくね」」
最後はパタンと扉を閉めて執務室を出て行ってしまった。……バザールの代理参加、決定です。
双子による強制委任から一週間。
意気揚々とアニマソラ神樹国へ出張に行った二人の代理として、私とイェオリはバザールでのお菓子配りにやってきた。
一応、バザールについては、双子が手配した人たちによって順調にまわっている。私たちが頼まれたのは現場監督という名の見守りと、午後からのお菓子配りのイベントだけ。
「恋人はシンタクラ〜ス」
「変な歌だな」
「どこかの世界の名曲かもしれないわよ」
私は鼻歌を歌いながら、この世界におけるシンタクラースの伝説について思い返す。忙しい合間を縫いながら、ユールラッズとの国家交渉に関する報告書の修復をしたところ、シンタクラースの伝説について、もう少し詳しく分かったのです。
シンタクラースはもともと、集落の食糧を確保するための狩人だったらしい。木々からの実りが得られないユールラッズでの食糧は主に獣の肉。吹雪とともに駆ける狼や雪の下に隠れる狐、凍らない川を泳ぐ魚や、それを目当てにしている熊などを狩っているのだとか。
ある日、ヌシと呼ばれる熊の怪物が現れた。普通の熊の三倍の大きさで、並の狩人では歯が立たない。このままでは自分たちが食われてしまうと怯えていた集落の人の前に現れたのが、さすらいの旅人だった。
雪に紛れるため全身が白くて寒さを凌げる雪狐の毛皮に身を包み、雪の中を移動するため獣にソリを引かせていた旅の人。彼は集落の人々から話を聞くと、その熊のヌシを一人で狩猟した。集落へ戻ってきた時には彼の全身は熊のヌシの血で赤く染まっていたという。
獲物をソリに乗せた彼は、あまりにも大きい熊を自分のものにせず、熊を置いて去っていった。集落の長はこれを英雄の施しと捉え、集落の人々に公平に与えたという。争いにならないよう、皿や籠ではなく、人々の雪靴にその施しを与えたのだとか。
なんで靴? と思ったのは、報告者も同じだったようで、詳しく報告書に記載があった。なんでもユールラッズは雪の中を歩くために靴を二重で履く風習がある。厳しい雪原で生き残るために、体の大きさや人頭を加味して公平に物を分配する時は、この雪用の靴の大きさに従って分配する掟だったらしい。
以後、彼はシンタクラースと呼ばれるようになった。施しの英雄は名乗ることなく去っていった。鈴を鳴らしてソリを滑らせた彼の姿を見た子どもが、かの英雄を〝シンタクラース〟と呼んだことがその由来だとか。
私はこれを知った時、口惜しい気持ちになった。
その! 子どもの! ことを! 詳しく知りたかった! 転生者か、否か、どっち!?
その口惜しい気持ちの中、今日を迎えたわけなのですが。
「そうだ。イェオリはこれを付けて」
イェオリに装備アイテムをプレゼント。これはシンタクラースと名付けた子どもを想いながら私が夜なべして作った〝トナカイ風角カチューシャ〟です。イェオリはバーベリ前伯爵が用意していたという馬のかぶりものを着ているので、その上から装着してもらった。
「なんだよ、この枝」
「イェオリはソリを引く獣よ。私は施しの英雄シンタクラース」
私は自分で赤色のドレスを用意。裾や袖を白い綿でもこもこにして、黒いベルトも締めて、赤い三角帽子をかぶっている。なんちゃってサンタ風ドレスでございます。
「それなら俺がシンタクラースになるべきじゃないか? なんたって英雄なんだし」
「だってバーベリ前伯爵のかぶりものは、私には大きすぎるんだもの」
サイズが合わないものは仕方ないよね?
馬面で見えないけれど、きっとイェオリは今、釈然としなさそうな顔をしているに違いない。無言でお菓子の入った籠を掴むと、着替え用の控室から出ようとした。
「あらっ、すみませんっ」
「神官様」
私たちを呼びに来てくれたのは新しく教会配属になった女性神官エディットさん。扉の向こうにいた彼女とイェオリがぶつかりそうになった。エディットさんがぺこぺこと頭を下げる中、イェオリは問題ないと告げてそのまま部屋を出て行ってしまう。
私はエディットさんに声をかけた。
「そろそろ子どもたちが集まりだしましたか」
「は、はぃ……っ! ど、どどどうぞこちらへ……っ!」
エディットさんはまだ神官になって日が浅いらしい。私とイェオリさんに対してかなり挙動が不安定。可哀想なくらいガチガチに緊張しているエディットさんを刺激しないように、私もさっと部屋から出た。
お菓子を配るのは教会の建物の入口。バザールを開催している前庭から真っすぐ歩いてきた先のゴール地点。
そこへ向かっていると、そわそわした様子でしきりにエディットさんが私のほうを見てくる。……えぇと?
「どうされましたか?」
「ひゃっふぅ! ひぇ! なんでもありましぇんっ!」
「なんでもないはないでしょう」
すごく視線が気になる。身ぶり手ぶりがなんだか大きいタイプの人みたいで、視界の端々にどうしても映り込んでくるというか。
立ち止まれば、先導してくれていたエディットさんも振り返る。これまで出会った神官と比べたらすごく良い人だけれど。これではちょっと挙動がおかしい人、という認識になりそう。
なので。
「気になることがあればぜひ、お尋ねください」
にこりと笑顔も忘れない。
言いたいことを言うまでは動きません、と態度で示せば、エディットさんもおずおずと口を開いてくれた。
「えぇと……フェリシア様のそのお召し物は……そのぅ……施しの英雄? という方のお姿、と……」
「聞かれていたんですね」
なるほど、扉の前で盗み聞きしていたから切り出しにくかったのかもしれない。これくらいの話なら、気になったら尋ねてくれてもかまわないのに。
「これはユールラッズ雪原に伝わる英雄シンタクラースの仮装です。生きるのも難しいユールラッズ雪原で狩りをし、人々の靴に肉や革を詰めていく伝説があるそうですよ」
「く、靴に肉ですかぁ……?」
やっぱり気になるのはそこだよね。私も気になった。イェオリも気になった。エディットさんも気になった。これは厳しい環境で生きる人々の掟によるものなのです。
「かの英雄は赤いお召し物に雪をまぶして現れるそうなので、ドレスに綿をつけてみたんです。逸話からも、子どもたちにお菓子を配るのに相応しいかと思いまして」
「な、なるほどぉ……?」
エディットさんは少し首を傾げていたものの、納得はしたのかうんうんと頷いた。
「フェリシア様は博識ですねぇ……」
「仕事柄、いろんな国のお話を見聞きしますので」
このユールラッズ雪原の話だって、先達の外交官によって記録されたものだもの。希少な話がこうして見られる環境は、本当にありがたい。
エディットさんの挙動が少し落ち着いたみたいだし、私は歩き出した。エディットさんもわたわたしつつもまた先導してくれる。教会の入り口では馬のかぶりものをしているイェオリが棒立ちしていた。
「遅いぞ」
「一人で先に行くからでしょう」
「このかぶりもの、息がこもってつらいんだよ」
だったらここまで、かぶりものを外せばよかったのに。そうは思うけれど、今言っても無意味だわ。私は肩をすくめておいた。
私たちが二人並ぶと、エディットさんがすちゃっと扉の取っ手を掴んだ。
「で、でではっ、イェオリ様っ、フェリシア様っ! 扉の向こうで子どもたちが、待っておりましゅのでぇ!」
エディットさんは緊張しいなのかもしれない。苦笑してしまいそうになったけれど、教会の扉が開いたので私は笑顔を浮かべる。
さぁて、サンタさんが良い子の皆にお菓子を配りましょう!
【サンタクロースを讃えた子】
ユールラッズに伝わる〝施しの英雄〟。雪に隠れる白き雪狐の皮をまとい、角を持つ獣にソリを引かせて現れる。ヌシと呼ばれるバケモノ熊を一人で狩猟し、その返り血で赤く染まってもかの英雄は堂々と立っていた。彼を見た子どもが〝シンタクラース〟と呼んだことで、その名が広まった。彼の狩った熊は集落の者たちが掟にのっとり、公平に雪靴の大きさで分配したのだが、年代を経て今は『施しの英雄が狩猟した肉や皮を靴に入れていく』風習に変化していった。〝シンタクラース〟はかなり訛っているけれど、彼をそう呼んだ子どもは〝サンタクロース〟と呼びたかったのだろうか。
#フェリシア女史死後、後世の転生者による注釈#
〝シンタクラース〟はオランダ語で聖ニコラウスを意味する。フェリシア女史は日本人ゆえ〝サンタクロース〟がなじみ深いだろうが、ユールラッズの子はオランダ語圏の人間だったと推測される。
#フェリシア女史死後、後世の転生者による注釈2#
面白いことに〝ユールラッズ〟そのものがサンタクロースを意味しています。アイスランドのクリスマスに登場する、サンタクロースのような妖精です。十三人の妖精から成りますが、この十三民族はここに由来されていると言っても過言ではないでしょう。この雪原地帯は〝サンタクロース〟という存在と縁が深く、〝異世界のサンタ村〟になり得る場所だったのかもしれませんね。ユールラッズの起源を調べたいところですが、現在ユールラッズの十三民族は事実上滅んだと言われているため、永遠の謎となるでしょう。




