50.ウガール王国の雛壇
雛人形の配置について〝一番偉い人は左〟だから、前世の関西地域はお内裏様が向かって右側に置かれていた、という話までまとめたところ。
実はこの話には続きがあって、関西地域で主流なこの配置は元々、雛人形の伝統的な配置であることを忘れちゃいけない。前世、美術館でやっていた雛人形の特別展。江戸将軍家で使用された豪華な雛人形など、たくさんの雛人形が展示されていた。そこで並んでいた雛人形は京雛の配置になっていたの。
江戸時代にはすでに立派な雛壇があって、すごく見応えのある展示だった。転生しても覚えているくらいなんだから、前世の私の中でも印象的な光景だったんだよね。
つまり、何が言いたいかと言うと。
「お内裏様……お殿様を向かって右に配置するように決めた、この雛壇の製作者は、現代の関西圏の人か……関東雛が台頭する前の、古い時代の日本人」
関東雛が台頭したのってたしか……大正か昭和の元号が変わった時、という話を聞いた記憶。それまで〝左が偉い人〟だったのが、即位式では西洋の文化が取り入れられて〝右が偉い人〟になったのが由来だったはず。だからこの転生者が時代の古い人だった場合は、それ以前の時代の人間ではないかしら。
……と、思う。
の、で、す、が!
「ここで問題なのが、ウガール王国の成り立ちなのよね……」
飽きもしないで、私は再び昼休憩の時間で雛人形について調べている。今日は執務室じゃなくて、天気もいいのでいつもの中庭のベンチ。ウガール王国の歴史に関する本を持ってきたから、それを読みながら見識を深めているんだけど。
「建国祭記念で初代女王を讃えた雛人形ということは、お雛様がお内裏様のお役目を持っているってことなのよね……」
ここで一気に分からなくなってしまった。日本はお内裏様が王様の扱いだけど、ウガール王国ではお雛様が女王様。つまり、偉いのはお雛様。ということは、この配置は比較的新しい時代の配置ということになる。もしくは。
「女王様と王配様の絵姿、右に女王様がいるのよね」
日本の配置の風習とは関係なく、ウガール王国では向かって右側が偉い人の位置であった場合。私が今まで考えていたことは全部真逆になる。
関東雛由来の配置だったら近現代からの転生者である可能性が大きい。だけど発案者がウガール王国の慣例に基づいて女王様を右側に配置しただけだったら、私の考察は全て的外れ。
楽しい。転生者がどんな人だったのか、こうして一つの事柄から多方面に想像を膨らませていくことが。今まで探してきた転生者の人たちとはちょっと違ったアプローチだから、調べているのが楽しくなってくる。
「三人官女の代わりに侍女の人形が持っているのは……魚と、椀と、大きな葉っぱ?」
ウガール王国は島国で漁獲量が多いから、魚と生活が密接に関わっているのは理解できる。椀は島国では貴重な真水を表しているんだって。大きな葉っぱは雨よけや衣服、皿、いろんな用途がある。先住民たちが衣食住を満たすために活用していたものだとか。
「五人囃子の代わりの楽団は、ウガール王国の伝統音楽。左大臣と右大臣は先住民族の有力者。そして仕丁の代わりの騎士たち。雛壇の構成は完全にお雛様」
ここまで一致していて、発案者は日本人じゃないっていうのも無理がある。
でも、歴史書を読んだくらいでは決定打を得られない。実際にウガール王国の歴史について書かれた本には、建国記念に飾られる豪華な人形があるとしか、書いていないし。発案者が誰かは書かれていない。
現地に〜、行きたいな〜。
都合よく出張が入らないかな〜。
読み終わったウガール王国の歴史書を閉じる。ウガール式雛人形の制作者、すぐ近くにいたりしないかしら。
ぼんやりと青空を見上げる。
不意に昨日、突然涙が出たことを思い出した。
(最近、多いな)
前世のことを夢に見たり、気づかないうちに思い出が感情を揺さぶったり。私も前世のこと、未練に思っているのかな、と考えて、自嘲した。
(こんなにも転生者を探して。安心して人生をまっとうできるような材料をかき集めて。未練がないわけがない)
前世の末路が悔しかったから。悲しかったから。悔いの残らないように今世を生きたいと思っている。
それって、すごく矛盾。
だって、私がやっていることは、今目の前にいる人たちよりも、過去の人たちに縋っているようなものだから。クーヤくんが元の世界に戻りたいとぼやいていたことと、やっていることは変わらない気もしてくる。
「ちょっと疲れちゃってるのかもしれないなー……」
青空を見上げながら、そっと目を瞑ってみる。そよそよと通っていく風が気持ちいい。あれこれ考えすぎちゃうのは、私の悪い癖。せっかく転生者の手がかりが見つかって楽しくなってきたところだったのにね。
「……昔の私かぁ。どんな雰囲気だったんだろう」
「まぁ、昔のフェリシアより今のフェリシアのほうが、話しやすいと思っているけど」
「あら? イェオリ?」
すぐそばで声がして、私は目を開けた。ツンツンした赤髪がすぐそばにいた。やっぱりイェオリだ。
「お昼ご飯、食べ終わったの?」
「食べた。ちょっと早いけど、執務室に戻ろうと思ってさ。フェリシアが寝てたから声かけた」
「寝てはいなかったけど」
「みたいだな」
二人で顔を見合わせて頷きあった。私はお弁当箱と本を持つと、イェオリと一緒に執務室へ向けて歩く。その道すがら、さっき言われたことを蒸し返した。
「さっきの話だけど。昔の私って話しかけづらかったの?」
「あー……うん。まぁ。ちょっとだけな」
歯切れの悪いイェオリ。
私は幼少期の自分を思い出す。イェオリとは家が同じ伯爵位だから、母の出席するお茶会などで子ども同士で遊ぶこともよくあった。その頃の自分を思い返してみるものの。
「けっこう話しかけてくれる子が多かったけれど」
「年下だろ。あんまり同い年とか年上と一緒にいた印象はない」
「たしかに……!」
言われてみて気がつく。リリアーヌとは同い年だけれど、それ以外で遊んでいた子ってほとんど年下ばかりだった。というか、伯爵位の同い年で女の子がリリアーヌしかいなかったという理由もあるけれど。イェオリ含め、男の子ばかりだったし。
「年上のご令嬢には、あまり構ってもらえなかったのよね」
「お前、大人びてたからな」
「そうかしら」
あんまり自覚はないけれど、イェオリから見た私はそうだったらしい。
「雰囲気が大人と一緒っつーか……だから、年上のやつらはとっつきにくかったんじゃねーの?」
「そんな風に思われていたの私!?」
それは可愛くない子どもだったのかもしれないわ……心当たりがあるとしたら、やっぱり前世の記憶があること? 生まれてすぐの記憶はあやふやだけど、物心つく頃にはすでに「前世の私」を自覚していたし。
「そういうイェオリは、私にちょっかいをかけてきてたわよね」
「ぐっ……子どもの悪戯な。お前、本当に大人と同じ顔で対応したから、すぐにやめたけど」
ガーデンパーティーで虫を捕まえてプレゼントする、鉄板の悪戯をされた記憶がある。でも本人の自己申告のとおり、すぐにそういった悪戯はされなくなった。
「そんな私とイェオリが同じ外交官でやっているんだから不思議よね。婚約する確率のほうが高かったんじゃない?」
「家格的にはそうだけどさ……お前、結婚する気なかったじゃないか」
それはそう。外交官になりたての頃、縁談はひっきりなしにきていた。私は外交官としての仕事に夢中だったから全部お断りして、お母様を泣かせてしまったのだけれど。
「自由にさせてくれるお父様には頭が上がらないわね」
「令嬢の親としてだいぶ寛容すぎる」
本当に。
神妙な顔で頷きつつ執務室へ入ると、すでにヴィクトルが戻ってきていて仕事を始めていた。
「ヴィクトル様、まだ休み時間ですよ」
「知っているよ」
「室長、根を詰めすぎですよ」
私から言われて、さらにイェオリから言われれば、ヴィクトルもしぶしぶ顔を上げる。
「仕事が増えてるからね……」
「俺らに回してもですか?」
「回してはいるけど……これは僕がこなさないといけないから」
困ったように眉をへにょりとさせて、ヴィクトルはそんなことを言う。室長のヴィクトルが私たちに振れない仕事って、いったい何をしているの?
「それにしても、二人が一緒に戻ってくるなんて珍しいね」
「途中で会ったんで」
「子どもの頃の話をしてました」
「子どもの頃の?」
ヴィクトルが意外そうに私とイェオリの顔を見比べる。少し首を捻ってから、合点がいったように頷いた。
「家同士の付き合いかい」
「そんな感じっすね」
「知ってます? ヴィクトル様。昔のイェオリは、私に虫をプレゼントしてきたんですよ」
「ちょ、フェリシア!」
イェオリが慌てて私の腕を引く。私は知っているんです。イェオリがシゴデキ上司のヴィクトルを尊敬していることを。私ばっかりヴィクトルに残念な子扱いされるのは不公平だと思うの。
ヴィクトルはきょとんとしたあと、しょうがない子を見るように目を細めた。
「男の子だね、イェオリも」
「ちょ……! 室長!」
まるで親戚の子を見るような目を向けられて、イェオリが顔を真っ赤にする。それからイェオリは私を睨みつけてきて。
「ほんっとうにフェリシアは昔と変わったな……! 昔は可愛かったのに……!」
「あら。とっつきにくいって言ってたわりに、私のこと、可愛いと思ってくれていたの?」
「…………………………あああああ! いまのなし!」
なかなかに面白い悲鳴を聞いた。
ヴィクトルもちょっと驚いているくらい。
「気になるんだけど、フェリシアは昔からこうじゃなかったのかい」
「室長までからかうんすか!?」
「いや、僕が会った時にはフェリシアはフェリシアだったから」
なんですかその言い方。
私は生まれてこの方ずっとフェリシアですが?
「イェオリが昔と変わったというのが不思議なんだよね。深窓のご令嬢みたいなフェリシアというのが、ちょっと想像できなくて」
「深窓って」
「あー……そういう感じとは、ちょっと違うっすね……」
私をチラッと見たイェオリが、ばつが悪そうに髪をかきまぜた。私も今と昔、性格そのものはそれほど変わっているとは思っていないので、他人から見た自分像がちょっと気にはなる。
「なんていうか、昔はもうちょっと……こう、しっかりしていたというか。自分も小さいのに、小さい子たちの面倒見てて……悪戯しても怒らないし、泣かないし……でもよく笑ってたんですよね……可愛げがあったなー、と」
まぁ、たしかに。そんな記憶はうっすらある。精神年齢的には自分のほうが上だったので、面倒見が良いと思われるのは当然かも。
男子はどこの世界もやんちゃで、大人たちの目のないところで怪我だけしないように見守っていたり、喧嘩して泣く子が出ないようにとりなしていたりした記憶がある。笑ってたのは……小さな子たちが遊んでいるのを見て「可愛い! 可愛い!」と内心身悶えていたのが滲み出ていたのかも?
「面倒見が良いフェリシア……?」
「なんで困惑気味なんですか」
「君、世話される側だろう」
「何言ってるんですか。私、けっこう一人でなんでもできるんですよ」
出張の時だって身支度を一人でやっている。普通のご令嬢だと、使用人の一人や二人をつけていないと身支度ができないなんてありふれているし。そんな中で、一人で身支度できる私は十分、自立していると思う。外交官という手に職もあるし!
そう主張しても、ヴィクトルの疑いの眼差しは晴れなかった。解せない。イェオリの子どもの頃の話をしていたはずなのに。
「そうだ、二人とも。来月から二ヶ月間、出張するから、僕のいない間は頼むよ」
私とイェオリは顔を見合わせた。
最近のヴィクトルは忙しそう。どこからか湧いてくる……というか、上の人から仕事を振られているようで負担が大きい。手分けしてヴィクトルの負担を減らそうと業務を引き受けているものの、ヴィクトルではないといけない書類などはそうも言ってられない。
そこにとうとう、出張案件まできてしまったの?
「ヴィクトル様、出張なら私が行きます。どこに行くんですか」
「ガムランさ」
ガムラン連合王国ですか!?
「メインは玄蒼国の人との交流だから、玄蒼国語が話せないといけないんだ」
「私だって玄蒼国語が話せます!」
「だめ」
むぅ、なかなか説得ができない……!
ヴィクトル指名の出張案件とはとどのつまり、神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千四百年祭に向けて、玄蒼国から皇族がこちらの大陸に渡ってくるというもの。雪の季節の間はガムラン連合王国に滞在し、そのあとアニマソラ神樹国へ向かう段取りらしい。
そこでガムラン連合王国が、玄蒼国の皇族を歓迎するための盛大な舞踏会を開くので、ぜひ参加してほしいと各国に通達したそう。それにハルウェスタ王国も乗っかることにしたそうで。
「玄蒼国は別大陸の国だから、うちとは直接の関係はないけれど……上層部は沿岸諸国の動向が気になるらしいからね」
だから玄蒼国語を話せるヴィクトルが指名された。私も話せるけど、片言でまだヒアリングがおぼつかないから、なかなか及第点がもらえない。発音が難しくてぇ……!
「とりあえず、僕が帰ってくるまでの二ヶ月間、よろしく頼むよ」
せっかくの出張チャンスだったのに……!
ウガール王国と運命共同体であるガムラン連合王国の出張に行けば、もっと詳細にウガール王国について知ることができると思ったのに。あわよくば、ビスクドールの雛壇について聞けるかもしれないのに。そうは問屋が卸さなかった。
あーあ、ガムラン連合王国への出張、行きたいなぁ。
【ウガール王国の雛壇】
初代女王による建国を讃えた雛壇。見た目はビスクドールのお雛様で、雛壇の構成も日本のお雛様に類似している。発案者は不明。
#追記#
数年後、夫の出張を兼ねた新婚旅行の際にウガール王国に寄ったところ、制作者が判明。ナラインという人形師の男性だった。彼がウガール王室に献上した雛壇の裏には魔除けの呪文が描かれていると言われている。実際に見せてもらったところ、そこには日本語で「いろは唄」が書かれていた。いろは唄の意図は分からないけれど、この方は間違いなく日本人転生者。




