5.とまとまとまーと、けちゃ
社交界シーズンが終われば何が来る?
他国の社交界シーズンが来る。
近隣諸国の社交界シーズンはけっこう時期が重なるので、外交官たちが手分けして友好国に出向き、経済状況や文化の流行、技術の発展などに関して情報収集をしている。で、このハルウェスタ王国を含め社交界シーズンが終われば、順次遠方の国でも社交界が始まっていく。南から北へ、社交界シーズンが移ろっていくようなイメージだ。過ごしやすい春や秋の時期に社交界シーズンを迎える国が多いので、さもありなん。
そういう理由で、次に社交界シーズンを迎える北の国に、私も派遣されることになった。外交官になって三年目、夏の出来事。
ハルウェスタ王国の北で接するクロワゼット共和国。ハルウェスタは四季がありつつ少し寒冷よりの地域だけれど、クロワゼットはハルウェスタよりもほんの少し温かい気候。冬も雪で移動が困難になるほどではないから、住むならクロワゼット共和国がおすすめ。
そんなクロワゼット共和国はファッション流行の発信地でもある。腕の優れたデザイナーが多くて、隣のハルウェスタ王国も影響を強く受けるの。女性の見解もあったほうが良いだろうということで、ヴィクトルと一緒に私もクロワゼット共和国の社交界にお邪魔することになった。
とはいえ、毎日毎日、晩餐会に夜会にダンスパーティーに。
貴族のお勤め、かつ外交官の責務とはいえ、毎日そんなんじゃさすがに疲れる。自国での社交界だって、他国外交官の接待のためにたくさん出席したのに。
それにここではもっと疲れることに。
「マドモワゼル。どうか一曲、私と踊りませんか」
「マドモワゼル。出会えた記念に一杯いかが?」
私が未婚だと知るやいなや、クロワゼットの男性からの歓談やダンスのお誘いがひっきりなし。婚約者もいない私はすごく良いカモだと思われているのかもしれない。この世界にカモがいるかは知らないけれど。
「疲れました。結婚はしばらく不要です」
「つい最近、友人の結婚ラッシュに打ちのめされていたのは君だよ」
パートナーとして夜会に出席していたヴィクトルにそう言われてしまうと、ぐうの音もでない。じっとりとヴィクトルを睨みつける。
「ちょっと偽の恋人契約を結びませんか。虫除けになってください」
「男爵の僕じゃ、身分がちょっと」
即答で拒否されてしまった。私とヴィクトルではロミジュリにすらなれないらしい。無念。
ヴィクトルにもちょこちょこお見合いの話はあがっているけれど、いい感じにお断りしている。のらりくらりとかわしているその姿は、まるで熟れたホストみたい。
私ももう十九歳。ヴィクトルだって二十三歳。
そろそろ適齢期も終わり、立派な行き遅れになりつつある。
「ヴィクトル様ってお家の兼ね合いとかはないんですか」
「僕は貴族っていっても養子だからね。ミシリエ子爵に養子入りして外交官になれたから、男爵の地位をもらえただけ。ミシリエ子爵にはちゃんと後継者もいるしね」
ヴィクトルは元々貿易商の次男だった。貿易商になるために叩き込まれた語学力を見込まれて、ミシリエ子爵に取り立てられたという経緯がある。だから別にお世継ぎ問題は無問題だとか。うらやましいです。
「君を外交官に誘ったのは僕だけど、フェリシアこそ、婚約者がいないのは伯爵家的に大丈夫なのかい?」
「よくはないですね。今はどうしても結婚に気が向かないので、お母様を泣かせています」
屋敷に帰ると、週末にはお見合いの釣書をいっぱいに用意されている。興味があまりにもわかなくてずっと部屋の隅に積みっぱなし。お母様が無理やりお見合いの席を設けたりと強行手段にでることもあるけれど、そういう時に限ってお相手の反応もあまりよくなくて、それ以上話が進まない。その繰り返し。
「お父君はなんて?」
「好きにしていいと言われています。もし結婚しないなら、分家から養子を取るとも」
元々、私が嫁入りする可能性だってあるからと、お父様は養子として取れそうな子を前々から見繕っていた。それに甘えてしまうのもいいし、最悪行き遅れたら、その分家の子と結婚するのも一つの手だと考えているらしい。
とはいえ、結婚にしろ、お見合いにしろ、一つ問題はあって。
「結婚したら、外交官の仕事ができなくなります。それがちょっと嫌なので、ぎりぎりまで先延ばししたいですね」
お見合いが上手くいかないのはこれが原因。結婚しても、私の趣味のためには、外交官を続けておきたくてぇ。
そうぼやけば、ヴィクトルは吹き出した。
「さすがフェリシア。君は出会った時から変わらないや」
「人ってそう変わらないですよ?」
「そう言いながらも変わっていくのが人さ」
ヴィクトルの言うことはたまに難しい。
私が首を捻っていると、彼は片目を瞑って。
「そろそろダンスパーティーも飽きてきたし、明日は首都の視察に出てみないかい?」
ヴィクトルは息抜きの仕方を本当によく分かってる。
私は二つ返事で頷いた。
❖ ❖ ❖
クロワゼット共和国の首都は三つある。行政と立法、司法の要が三都市に分かれていて、私たちが滞在しているのは行政都市カペラーノだ。
カペラーノの人たちはちょっと開放的な雰囲気がある。なんというか道幅とかが普通より広く感じられるし、建物もおおらかに建っているというか。都市にありがちな窮屈な感じが全然ない街並みで、そこで過ごす人々の間に流れる時間もちょっとゆったりしている雰囲気。
そんな中、私とヴィクトルはカペラーノの中央にある緑地公園に来てみた。普段、王都暮らしをしているせいか、草木や花、池などで自然が感じられる場所は気分が一新されて気持ちいい。
「良い場所ですね」
「うん。こういう場所がハルウェスタにもあればいいんだけど」
「都市開発、大変そうですね」
「それは間違いない」
ありもしない未来計画を話しながら、私たちはのんびりと公園を散歩する。自然を楽しみながら道なりに歩いていくと、広場に行き当たり、ちょっとした屋台や休憩所を見つけた。
ついでだからと屋台を見回ってみると、ちょっと気になるものを見つけて。
「ホットドッグだ」
「食べたことがあるのかい?」
「あー……見たことあるだけです」
コッペパンにソーセージをはさんだ、日本で同じみのホットドッグ。ここでは〝xotaor〟と言うらしい。
私ってやっぱり貴族令嬢だったんだなぁと思ったり。屋台に出ているホットドッグはコッペパンにソーセージをはさんだだけのシンプルなもの。なんというか、ちょっと簡素でみすぼらしく見えてしまう。もっとタマネギのみじん切りとか、キャベツとか、具だくさんのホットドッグが食べたくなってしまうから。
そう思いながら屋台をじっと見ていると。
「お姉さん、興味ある? 今買ったら、ケチャップとマスタードがかけ放題よ〜?」
はい?
「今なんて?」
「ケチャップとマスタード?」
「ケチャップ!」
発音! 発音!
ケチャップって言った! 言ったよね、聞き間違いじゃないよね!?
「お兄さん! これ! これなんですか!」
「へ?」
「この赤いソース!」
「ケチャップだけど」
「ケチャップ!」
やっぱりケチャップだよ!
大興奮でそのままお兄さんにケチャップの話を聞こうとして。
「はい、落ち着いて」
「や〜〜〜! ケチャップ〜!」
ずり、ずり、とヴィクトルに腕を引かれて屋台から離されてしまう。ケチャップ〜。
屋台から十分距離が離れたところで腕を離されたので、私はくるりと踵を返してダッシュ。しようとしたのをまた手首を掴まれて確保されてしまった。舌打ちを我慢した私は偉いと思う。
「ちょっと何するんですか」
「いや、君の暴走の気配を感じたから」
「暴走って」
まぁたしかにちょっと暴走列車みたいな猪突猛進さは、あったかもしれませんけれど。
ちょっぴり拗ねて唇を尖らしながらヴィクトルのほうを振り返ると、彼はいつものように呆れた視線を私に向けている。
「で、今度は何が気になったんだい。あのケチャップっていう赤いソース?」
「はい」
「何が気になるの」
「ケチャップが気になります」
めちゃくちゃすごいため息をつかれてしまった。そんな盛大にため息をつきます? っていうくらいの大きなため息。私がこてりと首を傾げていると、ヴィクトルは一度頭を振ってから私を見下ろして。
「ケチャップの何が気になるんだい」
「誰が作ったのか、とか。誰が名付けたのか、とかですね」
「レシピとは違うのかい」
「違います。ケチャップの歴史を知りたいです」
そう主張すれば、ぽすんと頭に手を置かれる。
え、何、この手は。
「それを知りたいなら、きちんとそう言って。君が本当に知りたいなら、僕はちゃんと手伝ってあげるから」
さらっと頭を撫でられた。
私はぽかんとヴィクトルを見上げる。
……子ども、扱い。
私はますます唇を尖らせて。
「……本当に手伝ってくれるんですか」
「君があの屋台のお兄さんを質問責めにして困らせないんだったら、手伝ってあげるよ」
くっ、しまった、玄蒼国料理店の店員さんを困らせてしまった前科があるから否定しきれない……!
私は自分の行動を振り返り、反省する。
それにここは他国だし、自国とは違うんだからあまり勝手もしちゃいけないんだった。
「ヴィクトル様は私の理性ですね」
「君の理性を預けないでほしいなぁ」
そう言いつつも、ヴィクトルは部下想いの上司なので、私の手綱をきちんと握ってくれる。
その証拠に。
「とりあえず調べ物は腹ごしらえをしてからにしようか」
こうしてホットドッグを買ってくれるんだから。
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じゃがいも編がちょっと長くなってますが、引き続き楽しんでいただけるよう鋭意頑張りますので、よろしくお願いします。