49.目にゴミが入っただけ
私には今、転生者らしき文化カードが数枚ある。
一、雛壇に並べられたビスクドールのスケッチ。
二、靴に肉や革を入れる英雄の話。
三、三途の川を渡る夫婦たちの伝説。
これらは全部、資料室を整理した時に目星をつけておいた資料たちから発掘した。ハルウェスタの外交官が各地で見聞きしてきたもの。面白い文化や風習、しきたりなど、後輩が事前に心構えができるように残されてきたものたちの一角。
その中からさらに厳選して、転生者が関係しそうなものをピックアップしたんだけど……自分で拾い集めてきたとはいえ、どれもこれも気になるんですが!?
他にも転生者っぽい痕跡の話はいくつかあったけれど、私の知識不足で調査の見当がつかないものもあった。民族の入れ墨としてスケッチされていた唐草模様とか。唐草模様は知っていても、唐草模様の由来や発展までは前世で調べていなかったことが悔やまれる。それにしても全身に唐草模様を入れる民族ってすごいわ。
悩みに悩んだ末、手始めにスケッチという一番わかりやすいものが残っているビスクドールの雛壇について調べることに決めた。
昼休み。ささっと食事をした私は資料室から借りてきたビスクドールのスケッチを眺める。このビスクドールの雛壇が描かれたのは百五十年くらい前。そんな貴重なスケッチが残っているのって、物持ちが良いのか、単に忘れられていただけなのか。あの資料室の樹海具合が本当に分かる代物だと思う。
このスケッチが描かれた場所はガムラン連合王国に所属している島国ウガール。島一個がまるっと王国で、建国祭の折に町で飾られる国王夫妻たちの絵姿……の代わりの、雛壇だとか。
「絵姿の代わりに雛壇……豪華だわ」
雛壇の構成は七段。最上段から女王と王配。次段に侍女が三人。三段目に楽団が五人。四段目に大臣が二人と豪華な食事。五段目には騎士が三人と国花。六段目には嫁入り道具。七段目には舟と馬車。
元々、ウガールは未開の地とされていたらしい。初代女王はどこからか船で流れ着いたとか。女王がどこから来てどこに向かおうとしていたのかは分からないけれど、このウガールという島国に根付いた彼女は狩猟を生業としていた先住民たちに衣食住を発展させるための文化をもたらした。
そんな彼女を称えるためにこの雛壇ができたのだとか。最初は絵姿で建国祭が祝われていたそうだけれど、いつからか絵姿では物足りない! と人形が流行りだし……このスケッチが描かれた頃には立派な雛壇が出来上がっていたそう。
さて、私の手元にある情報は雛壇のスケッチと、この雛壇が作られた由来、そして国名だけ。この雛壇をスケッチした外交官は、珍しいと思ったものを報告書の裏にスケッチする性格だったみたい。それが今こうして私の目に止まったわけです。
「ウガール……ガムランと連合王国になったのは五百年くらい前だったかしら」
ガムラン連合王国はその名の通り、複数の王国から成り立つ国。大陸の一部であり、一番大きな勢力を持つのが千年以上の歴史を持つガムラン王国。そのガムラン王国と手を組んで連合国家を形成する島国が四つあって、ウガール王国もそのひとつ。
他所の国の人間から見ると、ウガール王国はガムラン連合王国の地方のひとつに捉えがちだけど……実際の統治や文化はガムラン王国のものとは違うので注意しないといけない。というのが、外交官たちの認識。
ハルウェスタ王国としては、連合王国の中でも地続きであるガムラン王国との国交があるくらい。代表国でもあるし。だからウガール王国と直接のやりとりは少ない。ただ連合王国なので、各国で即位式がある時などは大使を送ったりする。私が見つけた報告書も、即位式の折に派遣された外交官が書いたものだった。
ウガール王国の歴史についてはまた調べるとして。
今注目したいのは、この雛壇。
人形がドレス着ているだけで、これは九割九歩、雛人形……!
「気になるのは、お内裏様とお雛様の配置が京雛様式なことかしら」
私の記憶では、左がお内裏様で右がお雛様だった。でもこのスケッチに描かれていた雛壇は、左がお雛様で右がお内裏様。いわゆる京雛様式。
さて、ここで雑学シンキングタイム!
前世の時代では地域によって雛人形の配置が違うとされていました。関東様式は、左がお内裏様で、右がお雛様。京都中心とした関西地域では、左がお雛様で、右がお内裏様。なのでもしこの雛壇を考案した人が日本人転生者だった場合、その人は関西出身の可能性が高い!
で、す、が。
関東様式が流行る前の雛人形は、京雛の配置が一般的だった。というのも〝一番偉い人が左〟に配置される日本古来の様式美が取られていたから。私から見て右にいるお内裏様は、〝お内裏様から見て左〟だから、京雛様式ではこれが正解。
前世、左大臣と右大臣の位置が分からなくなっていた両親を思い出してしまう。小さな家の小さな座敷にどかんと置かれた五段の雛人形。毎年あーだこーだ言って最終的には私が直していた。左大臣はお内裏様から見て左側に置くんだよって。こういうのばかり、私は好きで――
「あ、れ……?」
ぽたりと、机の上に雫が落ちた。
私は慌てて机の上に広げていた資料を遠ざける。
「えぇ……? どうしてぇ……?」
なんだか、突然涙が出てきた。前世の両親のことを思い出したから? そんな急に? 何が引き金だった?
すん、と鼻を鳴らす。どうしよう、乱暴に涙を拭うとお化粧が崩れちゃう。誰かが来る前に、涙を止めないと。
「フェリシア?」
「ヴィクトル様!?」
食堂に行っていたはずのヴィクトルが一番に帰ってきてしまった。どうしよう、まだ涙止まってないのに……っ!
案の定、私の顔を見たヴィクトルが険しい顔になって、大股でこちらに来てしまって。
「どうしたんだい、フェリシア。何かあったのかい」
「な、なんでもないですっ! ちょっと、えぇっと、目にゴミが入っただけですっ」
「本当に?」
私はぶんぶん首を縦に振る。ヴィクトルは険しい顔のまま、私の頬へと手を添えた。
「よく見せて。こすってはいけないからね」
「ふぇ」
潤んだ視界いっぱいにヴィクトルの顔が映る。あまりにも近い距離に、私の呼吸が止まってしまった。ついでに涙も引っ込んだ。
「ゴミは流れたのかな」
「は、はぃぃ……」
「目、痛い?」
近い近い近い!
びっくりするぐらい近いですって上司!
「もう、大丈夫、ですから!」
「そんなに泣くぐらいなら、かなり大きいゴミが入ったんじゃないかい」
「大丈夫ですって」
まだ私の目を覗きこもうとするヴィクトルの胸を押して離れようとする。私、椅子に座ってるから、逃げ場がない……!
涙で化粧が崩れちゃっているだろうから、こんなに間近で見られたくないのに! ヴィクトルの心配が時々行き過ぎるのは何かのバグでしょうか! でも昼休憩から戻ってきたら部下が泣いていたらそれは心配するよね! 私のせいだよね!
そして、都合の悪いことって、気がついたら広まっているのもお約束なもので。
「ヴィクトルがフェリシアちゃんを襲ってるー」
「職場の風紀を乱しちゃダメなんだよ、ヴィクトル〜」
昼休憩から戻ってきた双子にも見られた!?
私がぎょっとしていると、双子のあとからイェオリも部屋に入ってきた。その表情はだいぶ気まずそう。間違いなく見られているわ……!
「別に風紀を乱しているわけじゃない。フェリシアの目にゴミが入ったらしいから、見てあげていただけさ」
憮然と言いきったヴィクトルがようやく私から離れてくれた。私はささっと机の上を片付けると、小物入れを手にとり立ち上がる。
「ちょっと席を外します。すぐ戻りますので!」
こんな顔のまま、仕事を続けられない!
私は化粧直しのために執務室を飛び出した。
ウガール王国の雛人形。まだまだ気になることはたくさんあるけれど、仕方ない。また明日、考えよう。
少し余裕ができました。
明日も更新します。
転生もののイベント系って、クリスマス、バレンタイン、七夕、ハロウィン、正月、は見かけるけど、ひな祭りや端午の節句は見かけない説。子どもが健やかに育つようなイベントは書きづらいんでしょうか?




