48.本棚が足りない
昼休憩をはさんで、再び資料室の整理を再開。
国別に仕分けした資料をしまう場所を相談するべく、ヴィクトルとイェオリと合流する。
「ヴィクトル様、どうですか?」
「なんとか。すごく埃がたまっていたよ」
窓を開けられて良かった。換気ができるのとできないのとでは、ぜんぜん違うものね。資料の保存的な意味では窓のある部屋はリスキーなんだけれど。本来この部屋は資料室の用途で作られていないものだから仕方ない。資料が増えてきたから、会議室のひとつを資料室に改装したんだって。
「ティモ、トゥロ。辞書のたぐいは全部、僕らの執務室に運んで」
「えー? また僕らー?」
「重たいのばっかり〜」
「フェリシアに持たせてもいいけど」
「「男の風上に置けないクズ!」」
ヴィクトル、すごい言われよう。
双子が悪態をつきながら、言われるがまま辞書などの重い本たちを執務室に運んでいった。箱ひとつでは足りないから、たぶん何回か往復しないといけないかも。
「辞書、執務室に持っていくんですか?」
「手元にあるほうが、いちいち取りに来る必要がなくなるだろうからね。それに、どこかの誰かさんが昼休みに、薄暗いこの部屋で辞書を引いてるから」
はい、すみません。私です。転生者を調べようと思って、色んな国の本を取り寄せているんですが……まだまだ玄蒼国などの言語が完璧ではなくて。家に帰れば自分の辞書もあるんですけど。職場にまで持ち歩けるような軽さではないので。お昼休みに暇があると、たまに借りています。
「ますます仕事が捗りますね」
「まったく、この子は」
しれっと話を流した私に、ヴィクトルは呆れた様子。便利になるのは良いことです。
イェオリが辞書がなくなった棚を綺麗に拭き上げる。私も下のほうを拭き掃除。一度掃いているはずなのに、埃で雑巾が真っ黒に。ヴィクトルは壁や棚の大きさを測ってメモをしている。
「室長、何を測ってるんですか」
「新しい棚を置こうと思ってね」
「予算がおりたんです?」
「確保したんだよ」
にっこり笑うヴィクトル。
「フェリシアの書斎にあった移動式の本棚があっただろう。あれの導入をするためにね」
いつの間に。というかヴィクトル、自分用に欲しそうだったけれど、まさか職場にまで導入するなんて。そんなにあの本棚を気に入ったんだ。便利だよね、移動式本棚。収納スペースが増えるのはとっても嬉しい。
「棚が増えれば、資料の区分けも分かりやすくなるでしょ。そうしたら資料探しがもっと楽になるだろうし、手軽に資料が読めたら嬉しい子だっているしね」
ちらりとヴィクトルが私に視線を向けてきた。はい、手軽に資料が読めたら嬉しい子筆頭です。私のために棚まで設置してくれるヴィクトルに惚れてしまいそう。感謝しています!
仕事がしやすい環境づくりは大切だもの。ついでに耳寄りな情報をヴィクトルに耳打ちしておきましょう。
「ヴィクトル様。あの移動式本棚ですけど、下のレール部分を並行に二本、床に敷きまして……こうやって本棚を並べると……あら不思議、本棚の前も後ろも収納スペースに!」
「フェリシア、そういうことは早く言ってくれないかな!?」
前世、大学の閉架図書にあったレール式の移動棚。原理としては私の書斎にある本棚と同じだけど、収納のコスパが断然違う。列車のようにレールを走る本棚が出来上がり。
「導入を先延ばしにして、来年の予算分と合わせて改装計画を立てようか……いや、それだとせっかく承認もらったのに、もったいない……」
ヴィクトルが本棚の設置について悩み出す。
私はさらに囁く。
「レールだけ設置しておけば、追加で移動棚を設置できますよ」
「お前、そういうことばかり頭が回るな……」
イェオリのそれは褒め言葉として受け取っておこう。
私は黙々と掃除を続けた。イェオリも着々と棚を綺麗にしている。そこに双子が戻ってきて、悩むヴィクトルを見つけると唇を尖らせた。
「ちょっとー。僕たちだけ働いてて、ヴィクトルはサボりー?」
「疲れたし休憩しよ〜。ね、フェリシアちゃん」
ティモがヴィクトルを煽り、トゥロが私をサボりに誘う。私はトゥロの手を握った。
「トゥロさん……」
「フェリシアちゃん……!」
目を見て微笑めば、トゥロの頬がほんのり赤く染まる。近くで見ると、イケメンの照れ顔ってすごく心臓に悪い。ちょっぴりこっちまで照れそうになっちゃう。私たちは初々しいそぶりを醸しながら、その手を繋いで辞書の入った箱の前まで誘った。
「次これ運んでください」
「ヴィクトルに似てきたね!?」
上司ですから〜。
トゥロが箱をよっこいしょと持ち上げるそばで、ヴィクトルを煽っているティモは、と振り返る。
「それならティモに稟議書を書いてもらおうかな。ここに棚を作りたいから、業者に見積もりとってくれる? ああ、棚の大きさこんな感じ。少し特殊な棚だから、指定の業者に頼むこと。それじゃ、あっちの箱をまた運んでおくように」
「あー! ヴィクトルの悪魔ー!」
煽らなければ仕事は増えなかっただろうに。爽やかな笑顔のヴィクトルからメモ一式を渡されて、ティモは顔面を覆ってしまった。とぼとぼと辞書の詰まった箱のもとにくると、トゥロに同情の目を向けられる。
双子が辞書の運搬を再開したので、私たちも掃除を続行。手が空いたヴィクトルは会議室から仕分けした資料を運んできて、箱ごと棚にしまいだした。
「そんな雑で良いんすか」
「改装するならまた取り出すからね。仮置きしておこう。よく使うやつだけ、そっちの棚に置いて」
拭き掃除も一段落したので、ヴィクトルの指示通り手分けして資料を棚にしまっていく。会議室に運び込んでいた報告資料は、ほとんどが箱ごと棚に収納された。
それでも資料は多くて、棚に入りきらない。
「まだ結構あるな……」
「ヴィクトル様、古い資料って必要ですか?」
私が指差したのは、色んな種類の紙が入っている箱。パン祭りの台紙パピルスも入っているやつ。
ヴィクトルは箱の中身を覗きこむと、腕を組みながら考える。
「内容を見ないと、なんとも言えないね……」
「これとかおすすめですよ。各地のおすすめパン屋が書いてあります」
「どういうことだい?」
「パン屋の報告書?」
ヴィクトルとイェオリの頭に疑問符が浮かんでる。そうなるよね。
私は例のパピルスを取り出した。
「花びらを集めると、パン屋で記念品と交換できるそうです」
「なんだそれ」
イェオリにシール台紙代わりのパピルスを渡した。ヴィクトルにはパン屋レビューが書かれているほうのパピルスを渡す。ヴィクトルの目が文字を追って左右に揺れる。だんだんと呆れるように表情が崩れていって、最後はとうとう眉間のしわを揉みほぐしながら唸ってしまった。
「外交官ってどうしてこんなに自由人が多いんだろうね……」
「ティモさんやトゥロさんとかですか?」
「自分を棚に上げられると思ったのかい?」
私、かなり真面目に仕事してると思うのに、棚上げはさせてもらえないみたいです。自由人の定義ってどこだろう。実益を兼ねた趣味を仕事にしている私は自由人?
イェオリが手を動かせと言いたげに資料を渡してきた。私はそれを棚にしまう。ヴィクトルはパピルスを箱に戻すと、その箱も棚にそっと置いた。古い資料もとりあえずは保存しておくみたい。
双子が戻ってきた。辞書のたぐいは全て執務室に運べたので、今度は午前中に仕分けした資料を次々と運んできてもらう。私たちはざっくりと棚へとしまっていくだけ。
ようやく資料を収納しきったころには、すごくへとへとになっていた。
「つっかれたー」
「ようやく休みだ〜」
運搬作業を任されていたティモとトゥロがへろへろになって床に座りこんでしまった。イェオリもぐっと腕を上げて筋を伸ばしている。私はエプロンをひらりと外した。ヴィクトルは満足気に頷いている。
「お疲れ様。次は棚を設置する時かな。それまでに保存状態が良くない本は少しずつ修理していこう」
今回の資料整理で、少なからずインクや糊による固着やインクが消えかかっているもの、紙の質により劣化が早いものなどなど……問題のある資料もちらほら出てきた。
軽く固着していたり破れていたり、その場で修復できそうなものは私がちょちょいと直したりもしたけど、しっかり腰を据えて修理したほうが良いものもある。今後は手が空いたらこの修復作業も行っていく予定だ。多忙な私たちの業務に暇が生まれるかは分からないけれど。
ぞろぞろと資料室から退室していく。私は振り返って資料室の中を見渡した。
(明日から楽しみ)
棚にしまわれた箱のひとつ。
あの箱には私の基準で省かれた資料が入っている。
そう、資料を仕分けしていたときにチラ見えした、転生者の痕跡……かもしれない内容が描かれている報告書。
調べてみないとわからないけれど、箱ひとつ分の資料になるくらいの量は見つかった。ほとんどがハズレかもしれない。あんな量の痕跡があったら、この世界は転生者だらけの世界だってことになるし。それでも今まで〝発音〟を頼りに調べていたことに比べたら、別のアプローチで探せるきっかけを見つけられたのは上々。
やっぱり外交官って、実益と趣味を兼ねた最高の天職だわ。
本棚にはいつも困らされています。年末の大掃除で本棚を増やすか悩んだばかり。三年前から電子書籍を活用しているのですが、履歴を見ると年間200〜300冊のペースで買っていました。電子の恩恵によりだいぶ緩和されています。それはそれとして、好きな本は物理で持っておきたい人間なので、本棚の増設は引き続き課題です。




