47.春の異世界パン祭り
ヴィクトルという人間はやると言ったらやる男。人をからかう余裕のあるティモとトゥロの双子にガンガン仕事を振り分けると、ある程度余裕のある仕事量にまで落ち着いた。双子は連日の激務に人をからかう暇もなくげっそりしている。身から出た錆というやつですね。
「おはようございます」
「おはよう、フェリシア」
出勤すると、ヴィクトルが腕まくりをしていた。細い腕が白いシャツからしっかり見えている。なかなか拝めない上司のラフな姿を見てから、室内を見渡した。
双子が疲れたように机に突っ伏している。たぶん連日の激務からの反動。イェオリも、上着を脱いで腕まくりをしているところ。
「天気が良いからね。資料室の整理をしようと思うんだ」
「なるほど。お掃除日和ですね」
ようやく未着手だった資料室の大掃除をするようです。いよいよあの資料の樹海を開拓する日がきて、私はやる気に満ちあふれる。私も上着を脱ぐと、この日のためにと常備しておいたエプロンを机の下から引きずり出した。
「……フェリシア、それ、ずっと置いていたのか?」
「もちろん。前に時間が取れそうだったけど、雨が降ってできなかったじゃない? その時に思いついて、置いておいたのよ」
これでも令嬢ですので、今日みたいに突発的にヴィクトルが掃除をするよ、と言い出されるとちょっと困る。男性職員みたいにラフな格好ができないので。エプロンくらいは用意しますとも。
私はちゃっとエプロンを着ると、双子の首根っこを掴んで机から剥がそうとしているヴィクトルに近づいた。
「ティモさんとトゥロさん、お掃除いきますよ?」
「あ、フェリシアちゃんー」
「可愛い格好してる〜」
双子が私のエプロンに釘付けになる。私はぴらっとエプロンの裾をつまんで見せた。
「ご主人様、お掃除一緒にしてくれますよね?」
「「仕方ないなぁ」」
「なんだこの光景……」
双子がすくっと立ち上がった横を、げんなりした顔のイェオリが通り過ぎていった。私は何も言いません。言うことなんて持ち合わせていません。ほら、ヴィクトルだって。
「さっさと歩いてくれる?」
なんだか刺々しい雰囲気で双子を追い立てていた。とりあえず双子もしぶしぶ動き出したので、私はイェオリの後を追って資料室へと向かう。
資料室は外務省の一角にある。外交官といってもひと括りにはできなくて、ヴィクトルを筆頭に私たちのような翻訳や通訳に特化した外交官もいれば、貿易や安全保障の面で政治的取り組みを行う外交官もいる。
資料も、各業務に合わせて保管される資料室が決まっている。私たちがよく出入りするのは、言語や文化に関係した資料が多くある部屋。他の資料室と比べて蓄積される資料が増えていくばかりで、整理されないまま放置され続けてきた。
そこを今日! 大掃除します!
「近くの会議室を借りているから、双子で資料を運びこんで。フェリシアはそっちで仕分けしてくれる? イェオリは僕と一緒に資料室の掃除」
ヴィクトルの指示でそれぞれの役割につく。私はとりあえず手近にあった軽めの箱を会議室に運びこんで、その中身を一つずつ検めた。
「この箱、直近の報告書だったのね。中身が軽いわけだわ」
各国に駐在している外交官からの定期報告書。大臣から室長まで、上長たちのサインがある。回し読みしたら最後、ヴィクトルがこの資料室にしまっている。
ふぅんと思いながら、双子が次々と運んでくる箱を見る。もしかしてこの箱、全部報告書……?
分かってはいたけど、資料室の一角を占拠していた箱の山。これを整理するのは、場所も棚も足りない。なんともやりがいのあることだろう。
「とりあえず年代別に入っているものを、国別に仕分けましょうか」
国ごとに仕分けていくと一部あたりの報告書はそれほど枚数が多くない。平和な国は十年分くらい集めてもそんなに嵩張らないから、場所は取らなさそう。
たまにインクが原因で固着しているものがあるけれど、前にイェオリが見つけたものほどひどいものは全然ない。とにかく国ごとに仕分けていく。箱と紙の束に囲まれながら、つくづく思う。
「分かってはいたけど、サピエンス合衆国の報告書だけ異常に多い……!」
リストテレスで研究発表会を広く開放するようになってから、毎年蓄積されていく最先端の技術や知識たち。私とヴィクトルが去年書いた報告書もなかなかの分厚さだったけど、他の年も負けず劣らずの分厚さだ。
リストテレスの報告書は分野別にもまとめたほうがいいかもしれない。あ、待って、ページが歯抜けになっているのもある! もしかして必要な部分だけ引っこ抜いた人がいる……!?
読んだものは元に戻して欲しいと切実に思う。歯抜けのページには目印をつけておく。別のところから出てくることを願うばかりです。
「フェリシアちゃん、棚に入っていない資料はこれで全部ー」
「僕らフェリシアちゃんの手伝いするように言われた〜」
ティモとトゥロが山のような資料の向こうから声をかけてきた。周りを見渡す。足の踏み場がない。私、資料に囲まれてる……!
「私が仕分けしていくので、ティモさんはこれを使って穴を空けて、トゥロさんは穴に紐を通して綴ってください」
「なにこれ」
ちょっと腕を伸ばして、ティモに便利アイテムを渡す。前世で言う穴あけパンチ。製作はエクサ工房。趣味用のメモが嵩張ってきたのがきっかけで、ヴェルナーさんにお願いして作ってもらったのです。
事前に、ヴィクトルと報告書の束をどうするか問題を話し合った。錐で穴を空けて紐を通していくのが普通なんだけど……この量はしんどい。なので、これを持ち込みました。ヴィクトルが今後も使いたいそうで、エクサ工房に追加発注もしています。
せっせと仕分けを続けていけば、だんだんと年代が古いものになっていく。それにともなって、紙の質もどんどん下がる。具体的には厚みが増して、ごわごわした手触りに。紙の進化を資料室で体感しています。
そしてとうとう、羊皮紙が出てきた。
「ティモさーん。羊皮紙はそれで穴が空かないと思うので、錐でお願いします」
「ほーい」
「フェリシアちゃん〜、破れちゃった〜」
トゥロが紐通しに失敗して敗れてしまった紙を掲げた。私はそっと補修アイテムを渡す。
「裏側から補強用の紙を貼ってください。糊が乾いたあとで、もう一度穴を空ければ大丈夫ですよ」
「用意がいいね〜」
「ヴィクトル様と事前準備してきたので」
イェオリが発掘した大ダメージ資料が他にもあるかもしれないことを見越して、それなりに用意はしてきましたとも。
黙々と作業を進めていく。私はひたすら箱から資料を取り出して、国ごとに仕分けていく。午前中いっぱいを使って、なんとか箱が空になりそうなところまできた。
一番古そうな箱は個性的な報告書が詰まっていた。羊皮紙だったらまだ良いほうで、薄い木の皮だったり、布だったり、草で編んだような……そう、パピルス! パピルス紙みたいなものだったり。手当たり次第に書けるものに書きました、というような多様さ。改めて見ると、ここから紙の歴史が進んで量産化されているの、瞬く間に近代化が進んでいる気がして興味深い。
この多様性にまみれた報告書のたぐいは、新しい紙に清書するべき? でも、これはこれで貴重な形をしているものたちなので、保存状態が良いのなら、このまま残しておきたい気もする。
うーんと悩みながら、手に触れたパピルスを一枚ずつめくっていると。
「あらー……」
パピルスが二枚くっついていて、めくれないものを見つけた。何が原因で固着しているんだろう。周囲のパピルスは保存状態が良さげで、虫食い被害は無さそう。それならインク? でも、このパピルスに書かれているインクは、そんなに粘性が高そうに見えないけど……。
私は慎重に二枚のパピルスを剥がしていく。そーっと、そーっと……。
ひらりと、パピルスの間から何かが落ちた。
「……花びら?」
パピルスとパピルスの間を覗いてみると、花びらが何枚も挟まっていた。固着の原因はこの花びらかもしれない。さらに慎重に二枚のパピルスを剥がしていく。
「報告書で押し花って……この頃の外交官って自由すぎるわ……」
さすがの私も呆れてしまう。ヴィクトルがこれを知ったらどんな顔をするのかな。しかめっ面になるのか、苦笑するのか。あとで見せてみよう。
ちょいちょいと固着している部分を丁寧にペーパーナイフで切り剥がす。パリッと二枚のパピルスが離れた。
「……これは予想外だわ」
二枚のパピルスを広げると、一面にいろんな種類の花びらが貼り付けられていた。マス目のようなものが設けられていて、花びらはマスごとに糊で張られている。この糊が原因でページがくっついていたみたい。花びらのないマスは日付が書いてあった。
カレンダーらしきものに貼られている花びら。一ヶ月分のマス目が用意されているけれど、花びらはところどころ貼られていない。いったい何なのかと思って眺めてみるけれど、花びらがついているパピルスからはそれ以上の情報はない。あえて言うなら、上の方に〝エーデッガー〟と書いてあることくらい。名前かしら……?
これが何なのか気になって、前後の報告書を読んでみる。ヴァイテンゴルド王国についての報告書だ。去年、サピエンス合衆国に行く途中に立ち寄った馬の町ガロップのある国。ガロップとは違う町について書かれている。
さらっと目を通していくと、一番最後に気になる記述が。
〝以上をもって報告とする。以下、私信。もしこの町に君が立ち寄ることあれば、エーデッガーの店を訪ねるのがおすすめだ。エーデッガーのパンは毎日の楽しみになっていた。ひとつ心残りを言うならば、エーデッガーの花びらを集められなかったことだろうか。ひと月通って花びらを集めると、店主特製のパン篭をもらえるらしい。春の催事であるため機会が限られているが、次があれば集めたいものだ!〟
この外交官、報告書におすすめパン屋レビューを書いている……!?
よくよく見れば、同じ外交官が書いたらしい他の報告書も、末尾におすすめパン屋レビューがあった。出張に行くたびに、おいしいパン屋を見つけてはレビューをしている。報告書よりそっちを読むのが楽しいくらい。
でもそのおかげで、この花びらが何なのかは分かった。
「これはまさしく、春の異世界パン祭り……!」
花びらは応募用シールだったようです。
編纂者の投稿をはじめて、色々なことを調べるようになりました。今回のお話だと、本の適正な保存方法は環境と紙の種類によって変わることとか。虫干しは日本の文化ですが、羊皮紙を虫干しするのはご法度です。日本や中国では湿気のある地域が多い&植物性の紙を扱う文化なので虫干しをしますが、西洋は乾燥しやすい&動物性の革を扱うことから、虫干しの文化はなかったようです。現代では温度も湿度も適正管理できるので、本の寿命はだんだんと延びていっています。素晴らしい時代になりました。
それにしてもフェリシアはなんだかパンと縁がありますね?




