44.お姫様抱っこの必要性
もやもやした気持ちは一瞬だけ。
その後は気持ちを切り替えてそつなく交流会を終えた、次の日。
ヴィクトルに呼び出されました。
イェオリも一緒に。
「エクサ工房のヴェルナー殿の件。神子候補について、フェリシアとイェオリは知っていたかい?」
私とイェオリは互いに目を逸らした。知っているも何も、ヴェルナーさんが出国しようと考えたのはそれが原因だもの。そこにたまたま現れたのが私たちで、そこにひょいっと着いてきた。事実だけを話すとそうなる。
「二人は気がついていると思うけれど、今滞在されているアニマソラ神樹国のお客様はロナルディーナ教皇猊下だ。身分を偽っていらっしゃるのは、直接神子候補とやらを探すため。その手がかりとなるエクサ工房の人間がハルウェスタ王国にいるということで今、彼らを差し出せと言われている」
やっぱり良くない方向に話しがいってる……!
どうしよう。国際問題になるくらいだったらヴェルナーさんに一度、ロナルディーナ教皇猊下と話し合うように勧めたほうが良いのかしら……?
「室長。ヴェルナー氏はアニマソラ神樹国の人たちと関わるのを嫌がってます。無理やり連れてくることもできますが、良い結果になるとは思いません」
「それは僕も思っているよ。だから今はまだ、居場所の調査ということで話を誤魔化している」
イェオリが渋い顔になりながら進言した。
ヴィクトルは昨年末、私の実家に来た時にヴェルナーさんと会っている。すぐにでも居場所を明かすことができたのにも関わらず、そうしなかったらしい。
「ヴィクトル様、優しい……!」
「僕をなんだと思っているんだい。事情を聞かないことにはどうもできないだろう」
とはいえ、状況は芳しくはないようで。
「フェリシア。ヴェルナー氏はまだエリツィン伯爵領にいるね?」
「はい。テネッコンの製作に向けて動いてもらってますので」
「至急連絡をとって事情を説明しておくように。王都へ来てもらえると、直接話ができるからありがたい」
「わかりました」
それなら早馬を送らないと。私は自分の机に戻り、急いで一筆をしたためる。
「イェオリはカテマヤ族の件に集中していい。ヴェルナー氏のことは僕とフェリシアで預かる」
エクサ工房があるのはイェオリの実家の領地だ。でも今はちょうど私の領地にエクサ工房の長が来ているので、話しが大きくならないうちに解決したい。一応、イェオリには何かあった時の対応は外交官に任せてほしい旨を実家に連絡してもらう。
「もしかして昨日、ヴィクトルが会場から離れていた理由ってこれですか?」
「そうだよ。君たちからエクサ工房のことをきちんと報告を受けていたら、こんな後手には回らなかったんだけどね……?」
「「申し訳ありませんでした」」
私とイェオリは異口同音で謝罪した。本当にこればかりは頭を下げるしかない。報連相をしなかった私とイェオリの落ち度です。
「方針が決まるまでは、僕がロナルディーナ教皇猊下のご機嫌を伺うよ。神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千四百年祭は国どころか大陸規模の祭典だ。できませんってなったら、僕ら外交官だけの責任どころじゃなくなる。なんとか穏便に済ませるよ」
過去にない責任の重さに、肩がずっしりと重く感じた。
ともあれ、至急の用件をこなしたらアニマソラ神樹国の件は一旦横に置いて、私は今日の業務に取り掛かる。エルパダ王国など、現在滞在中の諸国からいただいたアニマソラ神樹国からの帰路の旅程に関する要望の手配を進めないといけない。段取りは大切です。
午前中は追加の手配をまわし、午後は手配が完了した国の外交官へ連絡をしてまわる。エルパダ王国の帰路の手配も調整できたので、私は午後から迎賓館に入り、報告を兼ねた打ち合わせをソイニさんとした。
『わかりました。この日程で進むようにします。感謝します』
『こちらこそ、何かあればまたお申し付けください』
迎賓館の一室でお茶をしながらの打ち合わせ。奥方のイルマタルさんはサロンで別の国の御婦人方とお茶会をしているそう。明後日にはアニマソラ神樹国を目指して出立されるので、有意義な時間を過ごしてもらえたのなら良かったと思う。
打ち合わせを終えて職場に戻ろうとすると、ソイニさんもサロンに移動するようで途中まで一緒に歩くことに。
『そういえば、妻が贈った化粧水はどうでしたか』
『とても素晴らしかったです! 肌の調子がとても良くなりました』
イルマタルさんおすすめの化粧水はとても良かった。お風呂上がりに使うとしっとりもちもち、ぷるっぷるになる。とても質の良い化粧水。このあたりではまだ入手できないのが悔やまれるわ。
ソイニさんもこの化粧水を使いだしてから、以前に比べてお洒落に気を使うようになったらしい。とてもよく分かります。自分が美人になった気がすると、お洒落って楽しくなるもの。
話しながら迎賓館の廊下を歩いていると、サロンへと続く廊下からイルマタルさんとロナルディーナが現れた。
『おや、イルマタル。ロナ様とご一緒にどちらへ行くのかね』
『……ロナ様が、ベルナベウ氏の日記について、フェリシア様とお話されたいと仰ったので』
私はぎょっとしてしまう。
ベルナベウ氏の日記について?
『入れ違いにならなくて良かったです。イルマタル様から面白いお話を伺ったので、ぜひフェリシア様からも直接お話をお伺いしたいと思いまして』
穏やかに微笑むロナルディーナ。
ど、どうしよう……。
エクサさんや、ヴェルナーさん、転生者のことがぐるぐると頭を巡る。ベルナベウ氏の日記なんて転生者の象徴のようなもの。それにロナルディーナが興味を持つなんて。
考えれば考えるほど、ロナルディーナと話したくない気持ちが高まっていく。自意識過剰かもしれないけれど、神子候補にエクサさんという転生者が選ばれていた過去がある以上、神子が転生者から選ばれる可能性はゼロじゃないし……。
『お誘いありがとうございます。ですがまだ、業務がのこっておりますので……またの機会があれば』
『今が一番忙しいでしょう。フェリシア嬢、身体にはくれぐれもお気をつけて』
ソイニさんの優しさが身に染みる……! この優しい言葉のおかげで、ロナルディーナも無理を通そうとはしなかった。困ったように眉を下げて。
『それは残念です。次はお話させてくださいね』
『ええ、機会がありましたら』
よし、なんとか切り抜けられた……!
ほっとしたのも一瞬で、私はそそくさとその場をあとにした。さっさと帰って残りの業務を終わらせよう。
早足で執務室に戻った私は、溜まっていた外交文書の翻訳作業を黙々と行った。頭を使う仕事は何も考えなくて気が楽。
どうしてかしら。ロナルディーナと会うと、得体のしれないもやもやが胸の中にわだかまる。
転生者と神子の関係がはっきりしないから? でもそれをはっきりと聞く勇気はないし。物事を白黒はっきりつけられないまま中途半端にしておくのも、収まりが悪いまま。だからもやもやしてしまうのかしら。
仕事に没頭すると時間が経つのもあっという間。終業時刻になり、私も帰宅のために机の上を片づけ始めた。ヴィクトルはもう少しかかるみたい。イェオリはカテマヤ族の方々の接待だから、たぶんまだ迎賓館かしら。ティモとトゥロは終業時刻になったとたんに執務室から出て行った。私はヴィクトルに挨拶をして、執務室を出た。
終業時刻を過ぎて、人気のない庁舎の廊下。帰路につくため、貴族街方面の門を目指す。
その途中、横道から出てきた男性が私の前を遮った。
「わ、ぁ……っ!? すみませんっ」
反射的に謝ってしまったけど、これは私悪くないのでは? 急に出てきたのは男性のほうでは? そう思いながらも、ぶつかってはいないのでそのまま横を通り抜けようとして。
『こちらにきてください』
「きゃあっ!?」
急に腕を取られて、どこかの部屋に連れ込まれそうになる。
驚いたのと、男性の振りほどけない力と――これから何が起きるか分からない恐怖。
それらがないまぜになって、足がすくむ。
「離して!」
「あなたがいるべき場所はここではありません」
男が言い直したことに気がつく。さっき聴こえた言葉を思い出す。今はハルウェスタ語だったけれど、さっきのは……!
男の顔を見る。この顔、見覚えがある。夜会でロナルディーナの通訳をしていた男だわ!
「あなた、アニマソラ神樹国の方ですね!? どうしてこんなところにいるのです! ここは関係者以外、立ち入り禁止ですよ!」
強い口調で咎めてみても、男は可哀想なものを見るような目で私を一瞥しただけだった。さっきよりも強く腕を引かれてしまう。
「痛ぁっ……!」
待って待って待って! 本当に痛いって……!
腕を引いた力の加減が悪かったのか、私が踏ん張ったのが悪かったのか。肩がひどく痛んだ。あまりにも痛くて涙目になってしまう。
「ほんとうに離して……っ!」
「何をやっているんだ!」
痛いのと、どうしてこんな目に遭っているのか分からないのとで、情けない声がでてしまった。それと同時に、様子のおかしい私たちに気がついた人が声をかけてくれて。
男はそれに舌打ちをすると、私の腕を離して逃げていってしまった。私は腰が抜けてしまって、ぺたりとその場に座り込んでしまう。
「フェリシア、大丈夫かい!?」
「ヴィクトル様ぁ……」
声をかけてくれたのはヴィクトルだったらしい。膝をついてくれたヴィクトルの顔を漠然とした気持ちで眺めていると、険しい表情をした彼が私の顔いっぱいに映った。
「何があったんだ。あの男は誰だ」
「ヴィクトル様、残業だったはずでは」
「資料がなくて、合同庁舎の図書室に行こうと思ったんだ。それより今の男は?」
重ねて聞かれて、私は閉口してしまう。
正直に話しても良いのかしら。
「見間違いじゃなければ、ロナルディーナ教皇猊下の通訳だと思います」
「どうして彼がフェリシアを」
「……わかりません」
嘘。これはいよいよ、私の仮説が真実味を帯びてきたということ。
たぶん神子は転生者のこと。イルマタルさんからベルナベウ氏の話を聞いたロナルディーナが、私に声をかけたのは偶然じゃなかったのかもしれない。さっきのお茶会の申し出を受けていれば、こんなことにはならなかったのかしら……。
後悔しても今更だ。とはいえ、これをヴィクトルに話す勇気はまだない。だから私は口を閉ざしてしまう。
「アニマソラ神樹国か……上には報告するけれど、今は下手にロナルディーナ教皇猊下の機嫌を損ねるわけにはいかない。あの男を追及できるか怪しいな……フェリシアは一人にならないほうがいい。屋敷まで送るよ」
「でもヴィクトル様、仕事が」
「君のほうが大事だ」
真剣な眼差しでそんなことを言われると、なんだか落ち着かない気持ちになってしまう。ヴィクトルの菫色の瞳から逃げるように視線をそらす。視界に割り込むようにヴィクトルが手を差し出してくれるのが見えた。
私はその手をとって、立ち上がろうとしたけれど。
「いたた……」
「腕を痛めたのかい」
利き手の肩が上がらない。ヴィクトルの顔が渋面になる。私は心配をかけたくなくて。
「平気です。我慢できますので、屋敷に帰ったあとでお医者様を呼びます」
「我慢しても良いことはないよ」
そう言ったヴィクトルが、私の背中と膝裏に手を差し入れた。
「わっ……!? あの!? ヴィクトルさまっ」
「医務室に寄ってから帰って。応急処置しておかないと、あとからひどくなることだってあるからさ」
「歩けます! 私、歩けます!」
「腰が抜けてるんだろう。大人しくしていて」
いやぁ、あのぅ、でもぉ……!
これっていわゆるお姫様抱っこですよね、そうですよね……!?
職場で上司にお姫様抱っこで運ばれるなんて、なんて情けない。恥ずかしい。すごく恥ずかしい。どうしよう、周囲の目が気になって顔があげられないわ……!
医務室へ運ばれるまでの間、私はただただヴィクトルに横抱きにされたまま、小さくなるしかなかった。
クリスマスですね。
皆様のおうちには「たらい回しの鳥」はあがりましたか?
我が家はグラタンとポトフとケンタッキーです。




