43.代理の代理の代理
ハルウェスタ王国主催の交流夜会。
各国から招いた賓客との交流を深めるため、国内の貴族たちもその多くが出席している。近隣諸国くらいなら通訳なしで話せる貴族が多いのは、特権階級だからできること。それ以上に話せる言語が多い外交官などは通訳としてあちらこちらに引っ張りだこだ。
例年は近隣諸国だけの交流会なので、遠方の国から賓客が招かれることはそうそうない。今年、エルパダ王国のように遠方からくる賓客が多いのは〝神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千四百年祭〟があるから。
祭事の一環として、神樹ゴドーヴィエ・コリツァの枝を配るというものがあるんだけれど、そのために神官を招かないといけない。伝統的に海路は縁起が悪いとかで陸路で行く必要があるから、遠方の国々は神官が快適な旅路を送れるように道中の国に協力要請をしながらアニマソラ神樹国へ向かってくる。
エルパダ王国の外交官であるソイニさんからも、当然のようにアニマソラ神樹国からの帰路で神官のための宿の手配などを頼まれた。事前にヴィクトルから許可をもらっているけれど、他の国々との兼ね合いもある。それらを調整して実際に手配するのは私とイェオリだから、この夜会が終わったら順次手配していかないと。
その前に、今日の夜会で仕事をこなさないといけないわけなのですが。
「フェリシア、ごめん。あっちにアニマソラ神樹国の方がいるから通訳代わってくれ」
「あら、どうしたの」
ハルウェスタ王国の貴族と会話しているソイニさんとイルマタルさん夫妻の通訳として控えていると、イェオリから声をかけられた。イェオリは申し訳なさそうな表情で、私に通訳の代理を依頼してきて。
「さっきカテマヤ族の方が来たって連絡が来た」
「ヴィクトル様がアニマソラの担当だったでしょう? ヴィクトル様はどこ?」
「少し用事で外してるから、俺が代わりに。室長が来るまでの繋ぎで良いから」
これは困ったことになってしまったわ。
「やっぱりティモさんやトゥロさんじゃだめなの?」
担当通訳はその国の言語に精通している人を選んでいる。アニマソラ神樹国なら、基本的にティモやトゥロが担当することになっていたんだけれど……
「無理だろ。そうじゃなきゃ、俺は駆り出されてない」
「そうよね……」
私とイェオリは、さて困ったぞと顔を見合わせる。
昨年の始め、アニマソラの寄付金の横領問題があった。あれにティモとトゥロが関与していたなどと法螺を吹いた誰かがいたようで、二人の印象が悪いそう。
ティモとトゥロが横領したわけじゃないのに。たまたま一緒にいた財務官が横領していた事件だったのに。本当に誰がそんな法螺を吹き込んだのかしら。あまりにも迷惑だわ。
そのせいで補佐にまわっていたヴィクトルが急遽、アニマソラ神樹国の通訳を引き受けた。そのヴィクトルが抜けなくちゃいけなくなって……イェオリにお鉢が回ってきたみたい。
とはいえ、私も自分の仕事を放り出すわけにはいかない。エルパダ王国は私かヴィクトルくらいしか通訳ができないから、優先順位としては別の人をあてがってほしいんだけれど。
うぅん、と唸っていると、私とイェオリの様子に気がついたらしいソイニさんから声をかけられて。
『どうしたのかね。困りごとだろうか』
『ええ、少し。アニマソラ神樹国の通訳を担当していた者が別件で呼ばれてしまったようで……代理がくるのに時間がかかりそうなんです』
『ほう、アニマソラ神樹国の方も来ていらっしゃるのか。せっかくだから私も挨拶させてほしい』
事情を知ったソイニさんが気を利かせてくれた。イェオリがほっとしたように頷く。
「フェリシア、ありがとうございますって伝えてくれるか?」
「それくらい自分で言いなさいよ。〝ありがとう〟」
それもそうだとイェオリは頷いて、ソイニさんに直接『ありがとう』と伝えた。ソイニさんは笑顔で頷く。
『フェリシア嬢、彼に仕事を頑張りなさいと伝えてくれ』
私は首肯して、今にも去ろうとしたイェオリの肩を叩く。
「ソイニ様がお仕事頑張って、って」
「本当か? 気を遣ってくれて申し訳ないな。〝ありがとう〟」
イェオリは一例するとその場を去った。ソイニさんもイェオリからの感謝の言葉にまんざらでもなさそうな表情でうんうんと頷いている。
『主催国は大変だ。フェリシア嬢もね。さぁ、私たちをアニマソラ神樹国の方のもとへと連れて行ってくれるかね』
『喜んで』
同じ外交官だからこそ、この苦労を分かってくれるソイニさんに感謝しかない。本当なら段取りの悪い私たちは叱責されてもおかしくないのに、うまく立ち回れるように協力してくれるんだもの。人として、尊敬できるわ。
ソイニさんとイルマタルさんを連れて、アニマソラ神樹国の方を探す。たしかアニマソラ神樹国からのお客様は神官だったと聞いているけれど。
進む先に見つけた神官の姿に、私は目を疑った。
アニマソラ神樹国から来ていたのは女性神官だ。真っ白な布地に金の刺繍が上品にあしらわれたドレス。頭にはものすごく大きな道化師のような帽子。一瞬、見間違えたかと思ったけれど……間違いない、あの女性って。
「教皇猊下じゃない……?」
以前、アニマソラ神樹国へ寄付に行った時にお会いした教皇猊下。その人と顔がそっくりだと思うのだけれど……えっ、アニマソラ神樹国からそんな最重要人物が来てるって話、あった!? なかったよね!?
ものすごく動揺してしまう。ヴィクトルはこのことを知っていたのかしら。いやでも担当はヴィクトルなんだから当然知っているわよね? 知らないわけがないわよね? どういう状況? いやでも、イェオリが何も言っていなかったということは、問題ないってこと!? ちょっとイェオリ、これを丸投げしないでほしかった!
『失礼いたします。アニマソラ神樹国の方。私はハルウェスタ王国で外交官をしておりますフェリシア・エリツィンと申します。エルパダ王国の方がお話をされたいとのことで、ご案内に参りました』
『お声がけ感謝します。わたくしはロナ。アニマソラ神樹国の神官でごさいます。喜んでお話をお伺いいたしましょう』
ぎ、偽名だ……! これ、偽名です……!
今の教皇猊下のお名前はロナルディーナだったはず。愛称からとったような偽名を使うなんて、隠す気ないのかしら……?
これ、ソイニさんに伝えたほうが良いのか少し悩む。でも向こう側が公にしていないということは、隠してほしいというサインだと思う。ぐっと三拍だけ悩んで、私はソイニさんに神官ロナを紹介した。
当たり障りのない挨拶からはじまり、少し世間話が続く。一応、ロナのほうはアニマソラ神樹国から同伴している通訳がいるらしい。片言だけれど、ハルウェスタ語を聞いてアニマソラ語に通訳するくらいなら問題ないらしい。
対するソイニさんはこれからアニマソラ神樹国へ向かうということもあって、アニマソラ語が堪能だった。私はアニマソラ語で交わされる会話をただ聞くだけの楽なお仕事。
『神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千四百祭に向け、私はアニマソラ神樹国へ向かう旅路の途中なのですが……ロナ様はすでにどこかの国より招かれた道中なのでしょうか』
『いいえ。まだアニマソラ神樹国から各国へ神官を派遣しておりません。というのも……ここだけの話なのですが、実は祭事に不可欠な神子が見つかっていないのです』
ちょっと待って。なんだか嫌な雲行きになってきたわ。
『神子、ですか』
『神託では前回の神子候補の家の関係者から、また神子が現れると告げられているのですが……未だに見つからず。それどころか、その家の者が国外に出てしまい、こうして追ってきた次第なのです』
神子の話で思い出されるのは転生者エクサさんのこと。エクサさんは神子候補に選ばれていたけれど、あまり良い結果にはならなかった。今は子孫のヴェルナーさんがエクサさんの夢を継いで工房を切り盛りしている。
そのヴェルナーさんが、アニマソラ神樹国の神官から神子候補の輩出をせっつかれて、今、ハルウェスタ王国にいる。イェオリの領地に工房を構えていたけれど……今はテネッコンの関係で、うちの実家の領地に来てもらっていたり。
どうしよう、これ、どうしよう!?
ヴェルナーさんに教えたほうが良いよね……!?
というかイェオリはこれ知ってたの!? どっち!?
『神託の神子ですか……なかなかに興味深いですね。とはいえ私も不勉強でしてな。神子とはどのような方なのでしょう』
すごい、ソイニさん、ぐいぐい行きます。
神官ロナは落ち着いた様子で応対しています。
『神子とは神樹ゴドーヴィエ・コリツァの生まれ変わりでございます。我々をよりよく導くために誕生あらせられます』
『導くとは具体的にどのように?』
『そうですね……祝いの節目に我々の未来を激励するようなお言葉をいただくのです。争いごとを避けるためにもたらされた〝契約〟のように』
感心するソイニさんはしきりに頷いている。気になることは尽きないのか、ソイニさんはしきりに神子について聞きたがって。
『神子様とはどのようにして分かるものなのでしょうか。会えばひと目で分かるのですか?』
『いいえ。ですが私たち神官が、必ず神託に則って神子候補を見つけます』
『神託とはどのような?』
『これ以上はご容赦を』
ロナが穏やかに微笑んだ。けれどもそれ以上は話す気がないのか、ソイニさんが神子について聞き出そうとしてもやんわりと話をそらされてしまう。
個人的にはとても心臓に悪い会話。ありがたい言葉をいただくために神子が必要なら、アニマソラ神樹国の中から選べばいいのに。そうもいかない理由があるのかしら。
ヴェルナーさんを引き抜いてしまったばかりに、なんだか大事になってしまった気がする。国際問題とかにはならないよね……?
『お待たせしました、ロナ様。ご歓談中でしたか』
はらはらしながらソイニさんとロナの会話を横で聞いていると、ようやくヴィクトルがやってきた。ロナはヴィクトルを一瞥すると、ソイニさんに会釈する。
『失礼いたしますね。あなたに神樹ゴドーヴィエ・コリツァの加護がありますように』
ロナはそう告げると、ヴィクトルの腕をとった。
……腕をとった?
(エスコートの催促かしら)
ロナのパートナーは通訳を兼ねた付き人かと思っていたけれど……どうしてヴィクトルがエスコートを?
ヴィクトルはいつもの柔らかな笑みを浮かべながら、ロナをエスコートして夜会の人々の中に紛れていく。
なんだかほんの少しだけ、胸の奥がもやっとした。




