42.こうしてサンドイッチ伯爵は永遠になった
続々と来賓客が訪れる中、エルパダ王国からも使者が来た。ハルウェスタ王国から見てずっと遠く、大陸の端っこにある小さな国。そこから遥々やって来てくれたのは、エルパダ王国外交使節ソイニ・パルヒアラさん。かつて私に、元祖サンドイッチのお店を知らせてくれた人。そして初めての転生者に出会うきっかけをくれた人だ。
『お久しぶりです、ソイニ様、イルマタル様』
『ご無沙汰しております、フェリシア嬢』
にこやかに挨拶をしてくれるのは、紳士な男性。恰幅のよいふくよかな男性だったはずだけれど……記憶の中にあるソイニさんと比較すると、初めて会った時からずいぶんと痩せられたみたい。
ソイニさんの隣では奥方のイルマタル様がそっと微笑まれる。無口な方だ。
『少し若がえられましたか?』
『分かるかね? ちょっとした健康薬を貰ってね』
『……とても……素晴らしい……化粧水ですの……』
イルマタル様がとても小さな声で囁かれた。なるほど、化粧水。ソイニ様が嬉しそうに話を引き継ぐ。
『妻がね、愛用しているんだよ。手土産に持ってきているので、フェリシア嬢もぜひ受け取ってほしい』
『それは楽しみです』
お二人と迎賓館で挨拶し、滞在場所を案内し、今後の予定を確認し合う。大きな催事は三日後の王家主催の夜会だ。その日までは王都観光をしてハルウェスタ王国での見聞を広めるそう。私は通訳として、二人に同伴する予定。
『国際会談から五年か。ハルウェスタ王国は相変わらず豊かで羨ましいよ』
『エルパダ王国は昨年、少し大変だったようですね。小麦が不作だったとか』
『よく知っているね』
意外そうに目を丸くさせるソイニさん。近隣諸国の不作はハルウェスタ王国にも影響があるからすぐに伝達されるけれど、物理的な距離があるとそんなに大事にはされない。ハルウェスタ王国とエルパダ王国の距離を考えると、不作程度の話題はあまり伝わってこないんだけど。
『ちょうど昨年、リストテレスに出張へ行ったんです。その時に北端の諸国で小麦が不作だと聞きました』
『そうなんだよ。玄蒼国からの援助がなければ、エルパダ王国含めて近隣諸国も飢饉になりかねなかったね』
海を超えて、玄蒼国からの援助を受けていたらしい。そこまでは知らなかった。
『よく玄蒼国から援助をいただけましたね』
『不作が顕著になりだした頃に、たまたま玄蒼国の皇子がお忍びで来ていたんだ。すごく良い方でね。玄蒼国に取り次ぎをしてくれて、物資の輸送手配をしてくれた。彼の持ってきてくれた米はすごく丈夫に育ってね。エルパダでは今、小麦だけではなく米産業にも力を入れだしたところだよ』
まさかソイニさんの口からお米の話題が出るとは思わなかった。とても良い試みだと思う。私は全力でソイニさんの言葉を肯定します。
『お米って美味しいですよね。私もお米の研究をしているんです。ハルウェスタでも育つように品種改良をしているんですよ』
『素晴らし試みだ! やっぱりフェリシア嬢は先見の明がある。ヴィクトル氏ともども、うちの国に来てほしいよ』
過分な評価をいただけて嬉しくないわけがない。とはいえ、私はハルウェスタ王国の外交官ですので。
『嬉しい言葉をありがとうございます。ですが、ハルウェスタでまだまだやりたいことが多いんですよ』
米作りもそうだし、天体望遠鏡だってある。いろんな国を巡りたい気持ちはいつだって持っているけれど、でも帰ってくる場所はハルウェスタがいいの。
『そうか。機会があればエルパダに来てほしいものだ』
朗らかに笑うソイニさんにつられて、私も笑った。二人でひとしきり笑うと、ふとソイニさんが思い出したように顎を触る。
『そういえば。以前、私が渡したパン屋の主人の日記があっただろう。あれは解読できたかね?』
もちろんですとも、と即答したくなったのをぐっと堪えた。少しもったいぶった感じになるように、私は神妙な顔で頷いてみる。
『ええ。今回、ハルウェスタに立ち寄られると聞いて、解読したものを複写しました。のちほどお渡ししますね』
『そうか、それは目出度いことだ! フェリシア嬢に渡して良かった』
そう言ってもらえると、私も嬉しい。日記は誰かに読んでもらうことを想定しないで書かれていることが多いから、ベルナベウ氏のように誰にも言えないよう な秘密の話を書くにはうってつけ。読めない文字だからと、ベルナベウ氏の親族が捨てずに残しておいてくれたこと、本当に感謝しているの。巡り巡って、私のもとに届いてくれたから。
『あとでじっくり読ませてもらいたいが……今、少し内容を聞かせてもらっても良いかな。実は気になってしょうがなくてね』
ソイニさんが茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。ちょっとしたおねだり。断る理由もないので私は頷く。
『日記の持ち主……ベルナベウ氏が使われていた言語は日本語というものです。どこから来た言語かは私も説明はできませんが、世界各地にその名残は残っています。ハルウェスタにも日本語由来の言葉があるんですよ』
発音は違うけれど芋の品種に男爵芋があったり、見た目トマトのイチゴがあったり。カクーマ氏が名付けた作物はいくつもあって、それらから作られたケチャップなどのレシピはクロワゼット共和国の庶民の間に広まっていた。玄蒼国で醤油を伝えたとされるヤマトもそう。米だって。
本当はもっといるかもしない、と思いながら私は日本人転生者たちが残したものに思いを馳せている。さすがにそこまではソイニさんにも伝えはしないけど。
『そうなのか。ということは、ベルナベウ氏はこのあたりの地域と何か縁があったのだろうか』
『わかりません』
ベルナベウ氏は日本人だ。前世で知っているものをこの世界に持ち込んだだけ。年代的にも、カクーマ氏とは面識なんてないことは断言できる。
『ただ言えることは、ベルナベウ氏は日本語を使う文化を持っていて、その文化を失わないように日記を綴っていたようです』
ベルナベウ氏の日記には端々に日本への郷愁がにじみ出ていた。初めて生まれる子どもの名前を〝サクラ〟にしたかったって日記にも書いてあった。その意味を、当時の人たちは理解できなかったけれど。理解されなかったということは、ベルナベウ氏が前世のことを周りの人に打ち明けていなかった証拠でもあると、私は読み取った。私はその意志を尊重してあげたいと思う。
「ふむ、あの地域の人々は古くからエルパダに住んでいたと聞いていたが……ベルナベウ氏はそうではなかったのかもしれないのか。ニホンゴとやらの文化なんて聞いたこともない。ますます日記を読むのが楽しくなってきた」
『えぇ、ぜひ楽しんでください。イルマタル様も、ご興味があればぜひ』
ずっと静かに話を聞いていたイルマタルさんもわずかに目元を緩めながらそっと頷いた。
そこに書いてあることから、お二人が何を読み取るかは分からない。でも、ベルナベウ氏の子孫の方々に伝えてくれると嬉しいと思うのは、傲慢だろうか。
ベルナベウ氏が生きた証は、サンドイッチという形になって遺っていく。すでに大陸中で親しまれるものを生み出した。転生者じゃなくても、そういう何かを残した生き方ができた人のこと、すごく憧れる。
祝・第一話サンドイッチ伯爵の回にでていた外交官さんがとうとうネームドキャラになりました。




