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【書籍化決定】転生令嬢は旅する編纂者  作者: 采火
第二部

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41.いつか馬に蹴られるかもしれない

 夢の中まで仕事をしたいわけがない。

 なので私はヴィクトルに弁明した。


「仕事というか、昔の追体験みたいなものです」

「追体験? 資料整理の?」

「そうですね」


 大雑把に言えばそうだから間違いではないと思う。資料整理の夢だったし。今じゃなくて、前世の体験だったけれど。


「フェリシアがそんなに資料に対して熱い思いを持っているなんて知らなかったな。……いや、資料だからこそ、なのかな」

「それってどういう意味です?」

「君は色々な調べ物をしているからね。だから資料の扱い方に対して、人一倍敏感なのかなって思ったんだ」


 それはそうかも。だって資料がなければ私の知りたいことは知れないし、なかったら自分の足で探し回らないといけない。でも、自分で調べられる範囲なんて限られているから、やっぱり資料があるならそれに頼りたいと思う。


「でもフェリシア。資料は便利だけれど、それを鵜呑みにしてはいけないよ」

「わかっています」


 資料の信憑性はいつだって頭の片隅に置いておかないといけない。だから自分で調べる時は色んな資料を端から端まで集めてから考察し、事実に一番近いものを自分で見つけるの。資料が少ない時は難しいけれど……。


 でも、サンドイッチ伯爵ことベルナベウ氏や、音楽家だったラウレンツ氏のように、直筆の日記が残っていることもあるから。そういうものが見つかると、資料としての価値は一気に上がる。そういうところが面白いし、楽しい。


「情報は更新されていくものなので、そこは心得ていますよ。その上で、先人がせっかく残してくれたものを雑に扱わないでくださいって言いたいんです」


 胸を張って言い切ってみせれば、ヴィクトルはてらいなく笑ってくれる。


「その通りだね。僕らも反省するよ。今回はイェオリがアタリを引いてしまったけれど、僕だって同じことになりかねなかったからね」


 そうですとも、そうですとも。

 わかってくれたら良いのです。


 私はしたり顔で頷いて、また作業に戻る。ヴィクトルも自分の作業を進めながらまた話しかけてきてくれて。


「それにしてもフェリシアの夢に僕が出てくるのは不思議な気持ちになるね。他にもいたのかい? イェオリとか」

「職場の人はいませんでしたよ。古い友人や恩師はいましたけど」

「恩師?」


 ヴィクトルが聞き返した。顔を上げれば、ヴィクトルはまた私を見ている。そんなにまじまじと私を見なくても良いのでは。


「昔、色々と教えてもらったんです。ただまぁ……夢の内容的に、どうして突然その方が出てきたのかが不思議なんですよね。長いこと、その方のお顔もお名前も忘れていたくらいで……」


 ゼミのことを思い出したのって、醤油を作った人を調べていた時くらい。私が参加していたゼミは『続日本紀』や『関白記』などを読むのが主だった。それに関連して『養老律令』や『延喜式』を読んだりもした。資料から古い文化を読み解くゼミ。そういうゼミだったから、今世で思い出すようなきっかけもほとんどない。


 だから、あの夢の内容で唐突に恩師が出てきたのが不思議なの。ただの夢だから気にしなくても良いと思うけれど、どうしてかやっぱり気になってしまう。


「そういうことって、たまにあるよね。僕も、あまり会わない人の夢を見るよ」

「そうなんですか? 誰です?」

「まぁ……古い知り合いとか、ね」


 何か含みのあるような、自嘲するような言い方だった。歯切れの悪い……とまではいかなくても、はっきり物を言うヴィクトルにしては少し珍しいかもしれない。


「どういうお知り合いですか? 今は会われていないんですか?」

「まぁ、夜会で見かけることはあるかな。挨拶もするけど、年に一回あるかどうかだ」


 ヴィクトルの古い知り合い。どなただろう。夜会で会えるってことは貴族かしら。年に一回会えるかどうか、というのは、私たち外交官が年によっては出張で他国に行っているからかも。


「会えるのは良いですね」

「そうかな。あまり僕からしたら、彼女とはあまり会わないほうが良い気がするけれど」

「えっ、女性なんですか?」


 ちょっと意外すぎて声がひっくり返ってしまう。知り合いの方って男性だと思ってたら女性だった。ヴィクトルに女性の知り合いがいたことが意外すぎる。


「どういうお知り合いなんですか?」

「その質問、二回目だよ」

「答えてもらってないので!」


 話に花が咲いてしまうと、作業の手が止まってしまう。いやでも、今を逃しては聞けない気がするので、ぜひともヴィクトルとその女性の関係を知りたい。浮ついた話のないヴィクトルだもの。こういう話、女子として聞き逃がせないわ!


「そんなに特別なものじゃないよ。元婚約者だってくらいさ」

「ヴィクトル様、婚約者いたんですか!?」


 今日一番大きい声が出てしまったかもしれない。ヴィクトルに婚約者がいたの? そんな話、長いこと一緒に仕事してきたのに、私、知らない……!


「フェリシアと出会う前に婚約破棄したからね」


 そうだったの……私の知らないヴィクトル。私にも婚約者なんていたことないのに、ヴィクトルに婚約者がいたなんて……え、ちょっと事実を受け止めきれない。


 さらに気になるのは。


「どうして婚約破棄したんですか……?」

「向こうの家の事情でね。ちょっとした不幸が重なったんだよ。関係が悪化したわけでもないし、円満な婚約破棄だったから遺恨もない」


 しみじみと懐かしむように話すヴィクトル。具体的に何があったと言わないところが、ヴィクトルの優しさだわ。婚約破棄なんてとんでもない醜聞なのに、私が一度も聞いたことがなかったくらいなんだから、大事にならないままそっと風化していった話なのかも。


 とはいえ。


「夢に見るってことは、何か思うところがあったんじゃないですか?」


 どうだろう、とヴィクトルは肩をすくめる。


「ミシリエ子爵が僕の後ろ盾にと用意してくれた縁談だったから、婚約してたのも一年くらいだったんだ。しかもその大半が外交官としての出張で、会ったのは三回もなかった。家の事情がなくても、婚約破棄されても当然だとは思うね」


 実は外交官たちの独身率が高いと上層部に嘆かれているらしい。独身のせいで出張時の同伴者に困る人たちが多数いるのだとか。今は私がいるので、少し緩和しているみたいだけれど。長期出張で半年以上留守にしていた去年は少しドタバタしたみたい。


 姉妹や従姉妹に頼りたい外交官も、年齢が重なっていくと相手が結婚していて断られることもあるそう。だから外交官の結婚問題はそこそこ頭の痛い話らしい。


「ヴィクトル様、可哀想ですね……」

「外交官なんてそんなものだよ。イェオリも最近お見合いをしているみたいだけれど、仕事柄、相手のご令嬢が難色を示すことが多いみたいだ」

「イェオリも可哀想」


 私なんてもう立派な行き遅れになっている。周囲の婚活話を聞くと、ちょっとくらい私も婚活するべきかと思ってしまうけど……いや、やっぱり仕事してるほうが楽しいと思ってしまう。結婚している自分の姿が想像つかない。


 せっせと婚活しているというイェオリにも、そんなに結婚したかったのね……と言葉をかけたくなった。ここにはいないけれど。


 そしてどうしても思わずにいられないのが。


「ヴィクトル様がその元婚約者を夢にみるのって、未練があるからです?」

「ないよ」

「じゃあどうして夢に出てくるんですか」

「どちらかといえば、夢に出てくる彼女に結婚はまだかってせっつかれている感じなんだけど」


 苦笑するヴィクトルに、私はちょっと物足りない気持ちになってしまう。


「元婚約者に結婚をせっつかれてるだけなんですか? 僕を置いて行かないでくれー、みたいなロマンティックなお話とかは?」

「だからないって」


 残念。ヴィクトルにもそういった一面があったら良かったのに。


 からかいたいわけじゃない。その、ヴィクトルの恋路を応援したりとか……そういうのを、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけしたくなっただけで、他意はありません。人の恋愛は聞いているだけでうきうきしちゃう。だからもっと話したかったんだけれど。


「おしゃべりが過ぎたね。仕事をしよう」


 この話題はあまり突かれたくないのか、ヴィクトルが自分から話を終わらせてしまった。触れられたくない話題を何度も蒸し返すのはよろしくないので、私も素直に自分の作業に集中する。


 ヴィクトルとの会話がちょうど良い息抜きになったみたいで、それからの作業は余所事を考える暇もなくすいすいと進んだ。




※馬に蹴られるのは作者です。

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