40.二十四時間、働け……ません!
ほどよく仕事をして帰宅をすると、私宛に一通の手紙が届いていた。ただ困ったことに、輸送中に事故があったようで荷物は泥まみれ。私宛の手紙も例に漏れず、泥の染みで汚れてしまっていた。
「今日は紙に縁があるのかないのか、分からない日だわ」
ある程度泥を払ってくれたと言っていたものの、綺麗に手入れをしてくれたわけじゃないようで、手紙から砂がぽろぽろ落ちた。使用人の優しさでトレイの上に置かれていなかったら、机が砂まみれになるところだった。
私は泥の染みた手紙を眺めた。かすれてしまっているけれど宛名は私になっている。差出人の書かれているところは泥の汚れがひどかった。文字が滲んでいてきちんと読めない。誰が送ってくれたのか分からないまま開封してみると……手紙の中身は日本語で書かれていた。
「クーヤくんじゃない!」
日本語を書ける知り合いなんてクーヤくんしかいない。お米をこよなく愛する転生者ことクーヤくん。半年以上前にガムラン連合王国の港で出会った彼から、初めての手紙が届いた!
私はうきうきで手紙の文字を追う。泥の汚れはひどかったけれど、封筒の悲惨さに比べたら便箋はそこまでひどくはなかった。昼間のように紙の修復案件再来だったら泣いていたかもしれない。この世界で防水とか汚れ防止とか耐久年数の高い紙が開発されることを心から願います。
閑話休題。汚れが酷くないだけで、泥の染みができている便箋はだいぶよれよれだ。だけどクーヤくんの字はすごく豪快で大きな文字だったから、なんとか読めそう。
久々に見る、私以外が書く、平仮名と漢字。
逸る気持ちを抑えながら、ゆっくりと文字を読む。
『フェリシアさんへ。
お久しぶりです。元気でしょうか。おれはまぁまぁ元気です。ずっと手紙を出そうと思っていたけど、出すタイミングが分からなくて今になってしまいました。』
分かる。手紙って出すタイミング分からないよね。この世界ではメール感覚でお手紙を出すことが多いけれど、前世ではメールと手紙の感覚ってすごく違った。改めて手紙を出そうと思うと、なんだか気が張っちゃう。
『色々と土産話はたくさんあるけど、ここに書いたら書ききれなさそうなので、また今度会ったときに話すね。まぁ、次会うのは五年後くらいかもしんないけど。』
えっ、そんな先?
五年……五年後かぁ……少し遠いな、と思ってしまうのは、私がもう若くない証拠なのかしら……私ももう二十一歳だし……この世界の平均寿命は前世ほど長くはないから、年を数えると少し悲しくなってくる。
『今年は神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤの千四百年の神事があるので、これから玄蒼国に戻るつもり。神事が無事終わったら、またこっちの大陸に来るよ。そうしたらフェリシアさんのいるハルウェスタ王国に遊びに行くぜ。』
暦を見てみれば、もう一つの大陸で行われる神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤの神事は二ヶ月後。神樹ゴドーヴィエ・コリツァよりも先に誕生したと言われている神湖だから、神樹の記念祭より周期が少し早いみたい。
『それで今回、手紙を書いた理由だけど。お年玉をやってる村を見つけたんだ』
つらつらと読んでいると、意外な言葉が飛びこんできた。
「お年玉?」
お年玉って、あのお年玉?
お正月の?
首を捻りながらお年玉の文字を読み返す。泥の染みでかすれていて読みにくいけれど、お年玉って書いてある。読み間違いとかじゃない。
『村の名前はリソブリー村。ルィバツ王国の海沿いの漁村だ。ただ、俺の知ってるお年玉とはちょっと違った。』
ルィバツ王国といえば海産物の有名な国だわ。クロワゼット共和国の東隣の国。クロワゼット共和国は北にある山脈のせいで海と面することができなくて、海産物をルィバツ王国から輸入していたはず。
そのルィバツ王国の漁村で、お年玉?
どういうつながり?
『お年玉って、ポチ袋にお小遣いを入れてるアレじゃん。でもどっちかっていうと、ここのお年玉ってモチ投げなんだよ。建物の影とかヤブに隠れている大人に、子供たちが年玉のモチを投げるんだ。で、当たった大人は年をとる、っていう行事。』
お年玉の餅。
何かが引っかかる。
首をひねりながらクーヤくんの手紙を読み進めてみる。
『お年玉って聞いた時はもしかして転生者か? って思ったけど、思ってるのと違ってさぁ。でもお年玉だし、年越しの行事らしいし、モチだし、色々と日本の正月文化が間違って伝わっているんじゃないかって思ったんだけど。俺、ちょっと調べる時間なかったから、フェリシアさんが調べてほしい』
だから手紙を書いたんだ、と締められていた。
私はクーヤくんの手紙を何度も何度も、繰り返し読む。
「お年玉の餅、聞いたことあるけど……なんだっけ……?」
餅、餅投げ、餅まき……紅白餅? ううん、違うなぁ。正月、お雑煮? 丸い餅、四角い餅……それでもなくて!
「正月のお餅の記憶が食べることばっかり……っ」
それが悪いとは言わないけれど!
でも今じゃない! 今じゃないの!
私は記憶を掘り返す。お年玉と餅、何か引っかかる。何か知っている気がする。喉に小骨が刺さったように、気になってむずむずする。
「お嬢様、そろそろ寝支度をしてくださいまし」
「はーい」
メイドのカミラに声をかけられて、私はいったん手紙を置いた。それでも頭の片隅にはずっとお年玉と餅がぐるぐる巡っている。
入浴中も、歯磨き中も、ベッドに入ってからも、ずっと悶々としてしまう。
思い出せそうで、思い出せない……っ!
だからなのか。
その日、夢を見てしまった。
前世の夢。
その日は元旦で、私は初詣に行っていた。友人と電車に揺られて、人が多いのを覚悟で行った神宮……のはずが、鳥居をくぐった先にあったのはお寺。
(ここってお寺だったっけ……?)
参拝するつもりで本堂の中に入ると、見覚えのある女性が立っていた。友人はいなくて、私と女性だけがお堂の中にいる。
(この人……先生?)
女性は私の恩師だった。大学の、専攻していたゼミの教授。でも、お堂の中に恩師が立っているのが違和感しかなくて。
私と先生は一緒にお参りをした。お堂の外へ出ると、いつの間にかいなくなっていた友人が別の場所で古文書の整理をしていた。友人だけじゃなくて、もっといっぱい人がいて、彼らは私と同じ学生だった。
私は友人に誘われて、古文書の整理をすることに。古びた和綴じの本は虫食いだらけで、触るだけで枯れ葉のように粉々になってしまいそう。恩師から竹串を渡されて、私は固着してしまっているページをちょいちょいと剥がしていく。
(やってもやっても終わらない。昼もやったばかりなのに)
友人に終わらないね、と言おうとして顔を上げたら、菫色の瞳と視線がかち合った。
――予算がないから、修復はできないよ。
いやいや。
「貴重資料の保存にも予算くださいっ!」
自分の声にびっくりして起きた。
なんだか上手に眠れなかったな……。
そんな気持ちを抱えたまま出勤して、いつも通り仕事をこなす。今日の執務室は私とヴィクトルしかいない。イェオリを含め、他の外交官たちは各国から続々と到着している外交官たちの対応にまわっている。私もそろそろ担当国の使節が到着しだすので忙しくなる予定だけど、今日のところはもう少しだけ余裕があった。
そのかたわらで思うのは今朝見た夢のこと。
いつもは起きたらすぐに忘れてしまうのに、今朝見た夢はすごくはっきりと覚えていた。
(前世の夢、だからかしら)
夢の中では思い出せなかったけれど、私がいたあのお寺。前世、大学の演習の一環で、古文書整理のお手伝いに行ったお寺だった。お寺の客殿に学科生と長机がずらりと並べられて、そこで古文書の整理をしたの。たぶん昨日の資料の出来事が、前世の記憶を強く刺激したのかもしれない。だからこんな夢をみたんだと思う。
最初は初詣だったはずなのに、すごい飛躍をした夢だった。寝入りにお年玉と餅のことを考えていたのも、間違いなく影響していると思う。その割にはお年玉も餅も、夢の中には出てこなかったけど!
それにしても不思議だったのは、夢の中に恩師が出てきたこと。今思えば、夢の中で感じた違和感はきっと、古文書整理のためにお寺へ引率してくれた先生が、実際は恩師ではなかったからだと思う。
お寺で古文書整理をした演習の担当教授は男性だった。日本中世史が専門で、仏教や民衆の暮らしの研究が主な人だったから、お寺での演習をさせてもらえたの。
でも私の恩師は日本古代史が専門。その中でも文化史や女性史が専門だった。だから、あのお寺に恩師がいることに違和感があったんだと思う。
これで違和感については解決! ……って言いたいけど、なんだかもやもやする。昨日一日だけで懐かしさが渋滞してしまって、たまたま見た夢なんだろうけれど……どうしてまったく関係ない恩師まで夢に出てきたのかしら。考えれば考えるほど、そっちも気になってしまう。
「うーん……」
「どうしたんだい、フェリシア。分からないことでもある?」
「あ、いいえ。大丈夫です」
しまった、今は仕事中。うっかり考え込みすぎて、ヴィクトルに声をかけられてしまった。手を動かさないと。
そうだ、ヴィクトルと言えば。
「……ふふっ」
「フェリシア?」
あらやだ、いけない。ヴィクトルに怪訝そうな視線を向けられてしまった。
「やっぱり何かあったのかい?」
「いえ、本当になんでもないです」
「何でもないのに笑うのかい?」
ヴィクトルがにこりと笑う。これははぐらかされてくれないやつだわ。
致し方ない。仕事中に余所事を考えていたのは私なので、白状します。
「今朝見た夢に、ヴィクトル様が出てきたのを思い出したんですよ」
「僕が?」
ヴィクトルの菫色の瞳が丸くなる。そう、この瞳。ヴィクトルの瞳って綺麗な菫色だから、すごく目を惹くの。
「私が一生懸命古い資料のページを剥がしていたら、予算がないから修復はできないって言ったんです」
「昨日、似たようなことは言ったけれど。夢に見るほど不服だったのかい?」
「そうかもしれませんね。私、予算くださいって言って飛び起きたんですよ?」
苦笑するヴィクトルに私は大真面目に頷いてみた。
するとヴィクトルは肩を竦めて。
「そればかりは僕の一存では難しいからね。せめて修復する資料を減らすために、資料室の大掃除はやるよ」
「当然です」
それは必要な仕事なので絶対にやりましょう。
資料の保存は大事ですからね、と念押しして、私は自分の仕事に戻る。余所事ばかり考えていたらよくないからね。
そう思って手を動かし始めたのに。
「フェリシアは夢の中でも仕事をしているなんて、仕事熱心だね」
「夢の中でまで仕事したくありませんけど!?」
ついつい手を止めてしまった。
夢の中で仕事しても、お給料もらえないんですよね……人生のバグだと思います。ちなみに夢占いをすると、夢の中で仕事をしている自分の姿は、そのまま自分の仕事に対する姿勢になるそうです。
「夢の中でまで仕事したくない!」って言っているものの、フェリシアの場合は「予算ください!」って言っているので、めちゃくちゃ真摯に仕事していると思います。(※資料修補の仕事は外交官の仕事ではありません)




