4.男爵芋革命
この世界にはジャガイモがある。
実際は〝男爵の芋〟と呼ばれる芋。味はジャガイモだ。ふと思うことがあって、屋敷の料理人にこの芋を見せてもらったら、皮はサツマイモのように紫がかっていた。見た目は丸いサツマイモなんだけど、味はれっきとしたジャガイモ。あなた、サツマイモじゃなくてジャガイモなんですね。
この世界にもジャガイモってあるんだな〜、の認識はしていた私だけど、そこに転生者が関与している可能性は考えていなかった。だって呼び方も違えば、味が似てるだけで、前世の私の知識に引っかかるものは何もなかったから。
でも偶然、このジャガイモの品種名を知ってしまった。そう、これは〝男爵芋〟……!
ヴィクトルに連れられて行った、玄蒼国料理店での予期せぬ出会い。たまたまメニュー表で目についた〝豚肉と男爵芋のセット〟。当時は肉じゃがそのものの味に感動しすぎて、メニュー表に書いてあったことなんて頭から吹っ飛んでしまったけど、何回も玄蒼国料理店に通ううちに、気がついてしまった。
〝fapoha kaptopenb〟って直訳すると〝男爵芋〟じゃん、と……!
一度気になってしまったら、調べてみる価値はあるはず。この符号が偶然の一致なのか、それとも作為的なもの――転生者の記号なのか。
そういうことで気になり、私は醤油と味噌のルーツを職場で調べている間、帰宅後は芋について調べるようになった。
で、この芋、結構簡単にルーツが分かってしまった。だってハルウェスタ王国発祥の芋だったから。
この男爵芋の産出地は、ラムリ子爵領。二百年前にオリザ・ラムリ男爵が発見した芋らしい。
男爵が見つけた芋だから男爵芋。
それがジャガイモであるのは、偶然かしら?
いや、偶然じゃないと思う。
私の野生の勘がもっと調べてみるべきだと告げている。
私はオリザ・ラムリ男爵について調べてみることに。友人のリリアーヌ様の生家がタイヨン伯爵家なのだけれど、ラムリ子爵領の隣にある領地だから、何か伝手がないか聞いてみた。するとラムリ子爵令嬢と懇意にしてるって。持つべきものは顔の広い友人だ。リリアーヌ様にお願いしたところ、快くお茶会を設けてくれた。
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リリアーヌ様に招かれたお茶会。
久しぶりのお茶会ということもあって、華やかなドレスを着るとちょっと気恥ずかしい気持ちになった。
「リリアーヌ様、お招きありがとう」
「お待ちしておりましたわ、フェリシア様」
私が外交官になってすぐの頃、リリアーヌ様は結婚してしまった。前まではタイヨン伯爵邸でお茶会だったけれど、リリアーヌ様の嫁ぎ先でのお茶会は初めてなので、なんだか目新しい気持ちになる。
「ご紹介しますわ。こちらがミラベル・ベタンクール子爵夫人ですわ。ラムリ子爵のご息女ですの」
やだ、私が外交官やっている間に、同世代の子が結婚ラッシュ……!?
ちょっとだけ戦慄したものの、私は表情に出さないように気をつけながらミラベル様に挨拶をして。
「今回は私の我が儘にお付き合いくださり、ありがとうございます」
「いいえ。リリアーヌ様から聞いておりますのよ。フェリシア様はその才能を買われて、外交官としてご活躍されていると。そんな方にこうしてお呼びいただけるなんて、光栄ですわ」
はにかむミラベル様は裏表のなさそうな方。この方なら話しやすそう。私もほっとして、さっそく本題を切り出してみることに。
「男爵芋とオリザ・ラムリ男爵についてお聞きしたいのです」
「ふふ。私もできるかぎりお答えできるようにと、お父様にもお話を聞いてきましたのよ」
ふわふわと微笑むミラベル様は綿毛のような方で可愛らしい。結婚しても可愛らしい人って素敵。
そんなことを感じつつ、私はミラベル様のお話に耳を傾ける。
「ではまず、我がラムリ子爵家の成り立ちについてお話しなければいけませんね。男爵芋は二代目当主のオリザ・ラムリ様が見つけたのですが、当時のラムリ家はオリザ様のお父君であるカクーマ様が叙爵されたばかりで、男爵位も初代当主の一代限りの予定でしたのよ」
初代ラムリ男爵は元々、ラムリ村の村長で、日々農作業に従事していたらしい。叙爵された理由は、当時不作続きだった中、唯一村の収穫量が安定していたのが理由。さらにカクーマ氏は自分の村だけではなく、周辺地域にそのノウハウを広めたため、国の農業革命に貢献した人として叙爵された。
それが子爵位まで叙爵されることになったのは、その後十年に渡る大飢饉が発端だった。
ラムリ男爵により農業革命が起きた四年後、寒波がひどい時期があり、それまでの不作も重なって大飢饉が起きた。食べるものがなくなっていく中、農業革命を起こしたラムリ男爵に救済を求める声が多くあがったそう。
「ラムリ男爵夫人の手記が残されていましたの。ラムリ男爵は日々作物を求めて奔走したけれど、中々飢饉は解消されず……そんな中、息子であるオリザ様がある日突然、芋を持ち帰ったそうですわ」
その芋こそが〝男爵芋〟と名付けられる芋。
山の中を散策して見つけた実(実際には茎だけど)は土の中に埋まっていた。たまたまがけ崩れで露出したところに見えたのを、息子のオリザ氏が拾ったらしい。
その芋を見て歓喜したラムリ男爵はさっそく栽培を開始したそう。山から多くの芋を掘り出して種芋にし、すぐに増産体制を整えた。これが見事に成功して、たった半年で芋の収穫量を三倍に増やした。
その芋をさらに周囲の人たちに配って、増やしに増やして……約十年ほど続いた長い寒期による飢饉を乗り切ったそう。こうしてラムリ男爵家によって広まった芋は、オリザ氏によって〝男爵の芋〟と名付けられた。
「その功績を称えられ、ラムリ家は子爵位を叙爵されましたの。その際に当時ラムリ家の影響を最も大きく受けた村々を領地としていただきましたのよ」
それがラムリ家の成り立ちと、男爵芋の由来。
私はその話を聞いて、ちょっとだけ違和感を感じて。
「男爵芋を発見したのはオリザ氏ですが、芋を増やしたのは初代当主だったのですか?」
「ええ。初代当主のカクーマ様は本当に農業の知識にあふれていたそうですからね。なんていったって、農業革命を起こした方なんだから」
男爵芋の名付けを調べるために、私もちょっとは調べていた。男爵芋を見つけたのも名付けたのもオリザ・ラムリ男爵って言われているけど、芋を適切な方法で増やしたのはカクーマ・ラムリ男爵? いや、ラムリ子爵?
頭の中で何かが引っかかっている。
うーんと悩むけど、それが何かは分からなくて。
「フェリシア様……? その、何か気になることでも……?」
「ええ……。でも、何が気になるのか自分でも分からなくて」
「ふふ。考えても答えが見つからない時は、少しお休みするのもよろしいですわ。ねぇミラベル様、私もお話を聞いて気になりましたの。オリザ様やカクーマ様がどのような方か、詳しくお聞きしても?」
それまでお茶を嗜んでいたリリアーヌ様も気になったようで、ミラベル様にお話をうかがう。ミラベル様は「もちろんですわ」とまたお話をしてくれて。
「カクーマ様の奥様が手記を残されていますの。それを読む限り、カクーマ様もオリザ様も、努力家で勤勉で、人々のために奔走ができるような優しい方々だったそうですわ」
それこそ、飢饉の際には自分の食べる分よりも、村の子どもたちのために食糧を優先させたり。増やした食糧を周辺の村々にも配ったり。人と人の繋がりを大切にする人たちだったらしい。
「その手記って、見せてもらうことはできますか?」
「二百年も前のものですから、かなりぼろぼろで……王都に持ってこれるかどうか」
「それならラムリ子爵領を訪ねた際に、読ませていただくのとかは……」
「それなら大丈夫かもしれませんわ。一度お父様に相談いたします」
ミラベル様に了承をいただけて、私はほっとする。
そうして後日、改めて許可をいただいた私は、すぐにでもラムリ領を訪ねたかったんだけど。
社交シーズンのせいで、他国の外交官の接待などの仕事があまりにも立て込んでしまい、なかなかラムリ領を訪れることができなくて。
せっかくお誘いいただけたのに、実際にラムリ領に行けたのはずいぶん後のことだった。
お読みくださりありがとうございます。
更新速度優先にしているため、誤字脱字が多くて申し訳ありません……! 誤字脱字報告、感謝しております……!
男爵芋編、続きます。