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【書籍化決定】転生令嬢は旅する編纂者  作者: 采火
第二部

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37.コリツァの鳥

 長期休みももうすぐ終わりの中、私は家にある神樹ゴドーヴィエ・コリツァにまつわるお話を探してまわった。アニマソラ神樹国への出張もあったし、教養としてさらっと一読したことはあるものの、当時の感想は「神話って感じだぁ」くらいしか出てこなかった。


 この世界の神話は男神ゴドーヴィエ・コリツァと女神スロイスティエ・ ロジェーニヤの二柱から始まる。世界に二柱の神が降り立って、子どもをたくさん育んだ。男神は子に知を、女神は子に愛を伝えた。


 けれど子どもたちは男神からいただいた知恵で悪さをし、愛の教えを無下にされた女神が悲しみのあまりに涙に溺れて死んでしまい、大きな湖ができた。そこがもう一つの大陸にある神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤ。


 女神の死に絶望した男神は女神の亡骸である神湖に身投げをしたものの、女神の深い愛でできた湖はそれを望まず一命を取り留める。けれど子どもたちに誤った教えを広めた罰なのか、男神は神格を剥奪され、大陸から追放されてしまう。その先にたどりついたのがアニマソラの地で、男の遺体から神樹が芽吹いた。それが神樹ゴドーヴィエ・コリツァの成り立ちだ。


 何度読んでも感想は「神話だなぁ」と思う。

 でも神話から読み解ける事実だってある。


 この世界の神話は〝神樹ゴドーヴィエ・コリツァと神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤ〟に集約される。国ごとのバリエーションはあったり、発音に訛りが出ることもあるけれど、根源をたどれば神樹と神湖に集結する。前世では〝世界三大宗教〟を筆頭に根源の違う宗教が乱立していたから、ちょっと不思議な気持ち。


 さてそんな神話ですが、人文学的に紐解こうとすると、面白い分野であるのは間違いなし。実際にアニマソラ神樹国の神官を筆頭に、神学、哲学、歴史学や文化学、言語学、多岐に渡って研究がされている分野だ。出回っている論文は少ないけれど。


 その中から今回、〝コリツァの鳥〟について調べていく。各国で名前の違う〝コリツァの鳥〟。ハルウェスタ王国では〝コリツァの鳥〟だけれど、神樹に関わる鳥が現地では〝ガムランの鳥〟と呼ばれているのはどうして?


「えーと、コリツァの鳥が出てくるのは、男神が追放されたあと……見たことのない鳥を追いかけて海を渡るお話ね」


 ハルウェスタ語で翻訳されているお話では、一貫としてこの鳥の名前は出てこない。ただ〝鳥〟として書かれて、男神から神樹ゴドーヴィエ・コリツァが芽吹いた時にようやく〝コリツァの鳥〟と命名される。


「こうしてみると、〝コリツァの鳥〟の命名は後付けなのかもしれないわね」


 この翻訳版が出回る以前よりハルウェスタでそう呼ばれていたから〝コリツァの鳥〟と翻訳された可能性もある。それを頭の片隅に置きつつ、アニマソラの言語で書かれた同じような内容の本を開く。


 これは他国の信者向けに配布されている教本だ。信心深い貴族ならよく持っているもので、エリツィン伯爵家のご先祖様にもそうした人がいたらしい。今になって私が読むんだから、面白い巡り合わせだわ。


「うーん、言い回しがちょっと古風かも……やっぱり教本だからかしら。叙事詩っぽく凝った言い回しになっているのね」


 これはちょっと読みづらい。古い言い回しもあるから、辞書を片手にじゃないと読み進められない。時間をかけながらなんとか読み進めて、〝コリツァの鳥〟に該当する単語を抜き出した。


「鳥、船頭の鳥、渡り鳥、旅の伴、神樹の鳥……〝ガムランの鳥〟じゃないのね」


 教本には〝ガムランの鳥〟なんて書かれていなかった。それなら〝ガムランの鳥〟の命名は神話と違うところに由来があるということになる。


 首をひねりながらも引っかかるのは〝船頭の鳥〟が教本に描かれていたこと。ガムラン連合王国では〝コリツァの鳥〟は〝船頭の鳥〟と呼ばれるので、ガムラン連合王国はここから由来をとったのかもしれない。


「たしか、この鳥はガムランでも神聖視されてたわね」


 殺生と肉食が禁止されていたはず。ハルウェスタ王国でも〝コリツァの鳥〟は縁起物だから殺生は敬遠されるけれど、ガムラン連合王国のように規制はされていない。


「教本に書いていないから〝ガムランの鳥〟の呼び名が広まるには、別のきっかけがあったはずだけど……」


 これでは神話から由来をたどるのは難しいかもしれない。それならどこからたどるべきかしら。私は頭を悩ませる。


「宗教的意味合いを持っていないなら、やっぱり地理的なもの?」


 ぱらぱらと教本を眺める。教本には創世神話以外にも、アニマソラ神樹教の戒律や年中行事の一覧も書かれている。たまたまめくったページで、私は首を傾げた。


「アニマソラ神樹教の戒律……鳥食は禁止されていないんだ」


 ガムラン連合王国が〝コリツァの鳥〟を食べるのを禁止しているのに、アニマソラ神樹国では禁止されていない。母体になる宗教国家より、周辺国が厳しくなる場合って珍しい気がする。


「ということは、アニマソラよりもガムランのほうが〝コリツァの鳥〟は特別視されている……?」


 だからアニマソラ神樹国では〝ガムランの鳥〟と呼んでいる? 〝コリツァの鳥〟同様、〝神樹の鳥〟とか他に言いようはあるはずなのに。


 それなら調べる方向性をガムラン連合王国に向けないといけない。ガムラン連合王国で〝コリツァの鳥〟がどんな存在なのか。それを知るために、私は屋敷の書庫を色々探すけれど……。


「ガムランの本は王都のほうがいっぱいあるわね!」


 読みたい本が手元にない!

 王都の屋敷になら、スパイスを調べたときに取り寄せた本とかがいっぱいあるのに!


 これでは王都に戻るまで進展が見込めない。お預けになってしまったけれど、もうすぐ長期休暇も終わるので我慢しよう。





 長期休暇が明け、仕事が始まった。

 年始の挨拶をして周ったあとは、いつもの仕事に取り掛かる。去年からまた少し業務が増えた。


 というのも、二年後の〝神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千四百年祭〟へ向けて、アニマソラ神樹国向けの書簡が増えているから。それだけではなく、関連する国内各所との連携も必要になっていて、その調整やら、書簡の翻訳やら、そういったものが少しずつ増えてきた。


 相変わらずアニマソラ神樹国以外への出張などもあるので、私たち外交官はそれなりに忙しい。去年長期出張をしたので、私は当分、出張業務は回ってこないけれど。ヴィクトルもなんだかんだと引っ張りだこで、最近は執務室に腰を落ち着ける暇もなさそう。


 私はいつも通り仕事をこなしつつ、〝コリツァの鳥〟の由来探しを続けている。ヴィクトルが忙しそうでラウレンツ言語の翻訳も進まないし、最近は転生者探しのきっかけになるようなものも見つからないし。


 何かを調べるのが日々の楽しみみたいな、時間の潰し方みたいな、そういうものになっていたから、何かをやっていないと落ち着かない。〝コリツァの鳥〟の由来探しはちょうど良い暇つぶしになってくれた。今日も今日とて、昼食の片手間にこの趣味に励む。


 ガムラン連合王国における〝コリツァの鳥〟こと〝船頭の鳥〟について調べて分かったことは、男神と〝船頭の鳥〟にまつわる伝説が現地に多く残っていたこと。これは庁舎の食堂勤務をしているガムラン連合王国出身の料理人テシャさんから聞いた話をもとに、そこからたどって資料を色々取り寄せて分かった事実だ。


 ガムラン連合王国の建国以前からある伝説なのか、色々と時代が混ざっていたりするので検証は必要だけれど。地域によっては祖王ガムランは男神ゴドーヴィエ・コリツァと同一視されていたり、祖王と同じぐらいガムラン連合王国で愛されているカーリーは〝船頭の鳥〟と同一視されていたり。前世で言う、卑弥呼と天照大御神が同一人物説みたいなものを見ているような気持ちになって、少し面白く感じた。


 ガムラン連合王国で〝船頭の鳥〟と呼ばれるのは、鳥が大陸間移動をする時に船についてくるからだというのが通説だ。〝船頭の鳥〟の食用を禁止するのは、カーリーと同一視されているのが由縁みたい。


「まさか、こんなところで転生者に繋がるなんてね」


 神話に出てくる鳥の名前を調べていたはずなのに、転生者であるカーリーと紐づくなんて予想もしていなかった。私は転生者リストのメモを追加しておく。カーリーを調べていた時はスパイスから辿っていたから盲点だった。


 意外な収穫があったものの、本命である〝ガムランの鳥〟の由来への直接の手がかりは見つからない。ガムラン連合王国のように、アニマソラ神樹国の現地に残る逸話などを調べてみるのが手っ取り早いのかしら。


 そう思いながら、お気に入りのベンチで昼食を食べ終え、メモ帳とにらめっこしていると。


「フェリシア? 何をしているんだい」

「ヴィクトル様」


 他の官吏と一緒に通りがかったヴィクトルに声をかけられた。一緒にいた官吏に先に行くよう伝えて、ヴィクトルは私の隣に腰を下ろす。


「お昼休みも他部署との調整、お疲れ様です」

「本当にね。昼休みくらい、一人でゆっくりしたいよ」


 そう言いながら私の隣に来ているのは如何なものかしら。あのまま執務室に戻っていれば、少しくらいは仮眠を取れたと思うのに。


「それで何をしていたんだい。そんな大事なものを取り出して」


 ヴィクトルが目をつけたのは、私が何よりも大切にしている手帳を取り出していたからみたい。なるほど、と思って、私は今調べていることを簡単にヴィクトルへ説明した。


「アニマソラ神樹国で〝ガムランの鳥〟と呼ばれる理由か。ガムランからくる鳥だから、というのは聞いたことがあるけど」

「私もそうです。でもアニマソラ神樹教の教本には〝ガムランの鳥〟なんて単語無いんです。信心深い国民性の割には薄情だと思いません?」


 アニマソラ神樹国は宗教国家だ。そこで信仰されている宗教の教本に名前が記されているのにその名前で呼ばず、わざわざ〝ガムランの鳥〟と呼んでいる理由はどこにあるのか。


「やっぱりアニマソラ神樹教よりも先に〝ガムランの鳥〟という名前が定着したのかしら……」

「どうだろうね。ガムラン連合王国の起源よりも、アニマソラ神樹国の起源のほうが古い。なんたって、年輪歴とともに成立した国だと言われてるからね」

「そうですよねー……」


 神話が先にできているのなら、そこで呼ばれた名前が定着しそうなものなのに。あとから派生しただろう〝ガムラン〟というまったく関係のない呼び名が定着するのは少し不自然だ。


「もしくはコリツァの鳥が、ガムラン連合王国の成立後にやってきたか、かな」

「やってきた?」

「もともとコリツァの鳥はもう一つの大陸からきたと言われているからね。そもそも大陸との交流が盛んになったのは、ガムラン王国ができたあと、西海洋の島国たちと連合を築けたからだ。それがきっかけで大陸から鳥が渡るようになって〝ガムランの鳥〟と呼ばれていたのも考えられる。案外、外来の鳥が神樹に巣を作ってしまったから、アニマソラの偉い人が慌てて教本を書き換えたのかもしれないよ」


 ヴィクトルの考察は目から鱗。なるほど、コロンブスの卵みたいな話だわ。神話があとから書き換えられるものだなんて、思っていなかった。


 でも、歴史的解釈という点ではそういう発想はとても良いものだと思う。たとえばこれを裏づけられるように〝コリツァの鳥〟が初めてアニマソラで発見された年代を確認できれば、〝ガムランの鳥〟と呼ばれる由縁は決定的になる。


 それを裏づけるには資料調査はもちろん、考古学的な調査もしてみたいところ。でもこの世界では、化石を発掘したところで、年代測定器がないから年代の特定は難しい……。


 やりたいことに対して技術が追いついていないことに頭を悩ませていると、ヴィクトルが不意に笑った。


「どうしました?」

「いや、いい息抜きになったと思って」


 息抜き? 私の息抜きじゃなくて、ヴィクトルの息抜き?


 よく分からなくて、疑問符が頭に浮かぶ。その間にも昼休憩の終わりの鐘が鳴り、ヴィクトルはベンチから腰を上げた。


「さぁ、午後からも頑張ろうか」

「そうですね」


 手を差し伸べられる。

 その手をとって、私も執務室へ戻るべく、ベンチから腰を上げた。



【コリツァの鳥】

ハルウェスタ王国では〝コリツァの鳥〟、アニマソラ神樹国では〝ガムランの鳥〟、ガムラン連合王国では〝船頭の鳥〟と呼ばれる鳥。大陸から海を渡り、神樹ゴドーヴィエ・コリツァに巣を作る。神話で男神を導いた存在だが、ガムラン連合王国ではカーリーと同一視されることもある。ガムランが国ではなく祖王ガムランのことを示すのなら、〝ガムランの鳥〟という名前も意味深に見えてくる。転生者カーリーはやはり、生涯旅人だったのだろう。

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