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【書籍化決定】転生令嬢は旅する編纂者  作者: 采火
第二部

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36/40

36.たらい回しの鳥

 年齢という概念がある限り、年越しの概念も存在する。


 この世界の暦は大陸によって違う。

 私の住む大陸は神樹ゴドーヴィエ・コリツァの年輪によって年を刻んでいく。通称・年輪暦。毎年、アニマソラ神樹国が暦を発表して各国に通達することで、私たちは来年のカレンダーを入手する。


 海の向こうの大陸では、神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤに堆積される年縞によって年を刻むのだとか。年縞暦と年輪暦では年始年末が全然違うんだけど、同じ世界でも統一されていないこの感じがファンタジーというか、まだ未発達な世界なのかな、と思う瞬間でもあったり。


 そんなことを思いながら一年の終わりを感謝し、新しい年の門出を祝う。年末年始を家族で過ごすのはどの世界でも変わらない。やっぱり特別な日には大切な人と過ごしたいからかしら。それとも年末年始を家族で過ごすよう伝えたのも転生者?


「フェリシア、どうしたんだ」

「この飾りは好きじゃない?」


 お父様とお母様から声をかけられる。年末年始の恒例イベントの最中に、ぼんやりしてしまったのは良くないわ。私は笑って、雲を模した綿を手に取った。


「少し、考えごとをしていただけです」

「何を考えていたんだ」


 誤魔化すのも変に思われる。私は思ったことをそのまま口にした。


「〝神樹飾り〟を最初にやろうと言い出したのって、誰なのかしらと思って」


 自分が飾りつけている木を眺める。

 私と同じくらいの背丈の木は、私が生まれた時に苗を植えられたもの。鉢植えですくすく育っているこの木を飾るのが、年始年末イベントのひとつ。


 お父様の木は外にある。エリツィン家当主が代々受け継いできた木はとても立派だ。その横に、お母様の木も植えられている。男の人は家の木を継ぎ、女の人は苗を新たに植える。神樹ゴドーヴィエ・コリツァにあやかった風習だ。


 この神樹に見立てた木を、年末年始に飾りつけることを〝神樹飾り〟と言う。気分的にはクリスマスツリーや、門松を飾りつけている気持ち。


 クリスマスツリーでも門松でもないこれは、神樹にまつわるアニマソラの神話に由来するもの。だから転生者とは関係ないとは思うんだけど……。


 最近ずっと転生者リストについて考えていたから、あれもこれも転生者の仕業と疑い深くなってる。風呂敷を広げすぎるとよくないとは分かっているんだけれどね。


 私が調べ物をしていることは知っていても、何を目的に調べているのかは知らない両親が、微笑ましそうにこちらを見てくる。


「不思議なものだね。神樹飾りなんて毎年やっているのに」

「外交官になって見聞が広がったのでしょう」


 良いことだと両親に微笑みを向けられると、ちょっと居心地が悪い。なんというか、娘の成長を感じられて嬉しいオーラがびしびしと感じられて……えぇと、恥ずかしい……。


「私だってもう二十歳なんです。いつまでも子どもじゃないんです」

「そうよねぇ。恋のひとつや二つ、するようなお年頃よねぇ」


 お母様がよく分からないことを言い出した。どうして恋? なんで恋? 私のこと?


「お母様、私、結婚する気はありませんよ」

「まぁ、この子ったら。そんなこと言って。ヴィクトル様が聞いたら悲しむわ」

「ヴィクトル様も結婚する気はないですよ。前の出張の時にそう仰ってました」


 あれから一年くらい経つかしら? 私もヴィクトルも、クロワゼット共和国の夜会にあんまりにも疲れて、ひょいっとそんな話をした記憶がある。結果として、現実的じゃないね、で終わった話だ。


「まぁまぁ……あんなに良い人なのに?」

「向こうは私のことを妹のように思ってくれているみたいなので。私もヴィクトルのことはお兄様のようだと思ってますよ」


 一人っ子だから、兄ができたらこんな気持ちなのかな、と思う。ちょっとくらい無茶振りをしても、私のやりたいことをちゃんと形に落としこんでくれるヴィクトルの存在は本当にありがたい。


 改めて言うと少し照れてしまう。でも、私とヴィクトルの関係はそれくらいでちょうど良いと思うの。


 お母様が「あらあら」と笑みを深める。お父様も「うんうん」と頷いている。二人の反応はいったい何? どうして二人して「分かってますよ」みたいな雰囲気を醸しているの? 私、何か勘違いされてる?


 ちょっと火照った頬もすぐに冷めてしまった。言わぬが花という諺がありまして。藪蛇もよくありません。この話はここで終しまいです。


「お母様、鳥はどちらが良いかしら」

「去年はこちらのお色だったわね。今年はこちらにしたらどうかしら」


 私は小さな鳥の人形を木の枝に吊るした。鳥が飛んでるように見える。一匹だけではつまらないので、同じ色の鳥をあと二羽、吊るしてみる。少し賑やかになった。


「もう少し飾りを足したらどうだね」

「お花もあるのよ」


 お父様とお母様の木は庭師が立派に飾りつける。子どもの木は家族みんなで飾りつけるのが習わしだから、お父様もお母様も毎年うきうきで飾りつけしてくれるんだけど……思い思いに飾りつけられるのを見ていると、クリスマスツリー感がどうしてもぬぐえない。


 そうして出来上がった〝神樹飾り〟。

 お父様もお母様も色々と飾りをつけていったものの、センスは悪くない。今年の〝神樹飾り〟はこれで決まり。






 年明け、ヴェルナーさんとドナートさんが挨拶に来てくれた。


 本来なら二人も家族と一緒に過ごしていただろうに、私の長期休暇が限られているため、年末から引き続きエリツィン伯爵領に滞在してもらっている。二人が挨拶をしたあと、晩餐までの間、またテネッコンについての打ち合わせをしようと思っていたんだけど。


「あれは神樹飾りか」

「父と母のですね」


 ヴェルナーさんが廊下を歩いていた時、窓の外を見て気がついた。庭師の人たちが気合を入れて飾り立てた両親の神樹飾りはすごく立派なもの。枝や葉をほどよく剪定して作られているのは、今にも羽ばたきそうな鳥のトピアリー。


 トピアリーを見て、ヴェルナーさんは感心したようにしきりに頷いて。


「あれは〝ガムランの鳥〟か?」

「そうですよ。ハルウェスタ風に言えば〝コリツァの鳥〟です」


 ヴェルナーさんの問いかけに首を振る。ドナートさんがちろりと窓の外の神樹飾りを見て、ヴェルナーさんにちょっとこっちに来いと言いたげな仕草をした。ヴェルナーさんはそれに気がついて、ドナートさんに耳を傾ける。


「……し…な……が……ん…だ……」

「そんなことを言われても、俺は知らん」


 ドナートさんは恥ずかしがり屋で、すごく声が小さい。仕事の時は私にもちゃんと話してくれるけれど。今はヴェルナーさんにだけぼそぼそと話しているから、何を話しているのかよく聞こえない。ドナートさんから何かを言われたらしいヴェルナーさんは困ったように腕を組んだ。


「こういうのは、お嬢のほうが詳しいかもしれんな。なぁ、お嬢」

「はい? 私ですか?」


 突然名指しされました。いったい何かしら、と身構えていれば、ヴェルナーさんは窓の外のトピアリーを指さして。


「どうして〝ガムランの鳥〟を〝コリツァの鳥〟って言うんだ」


 〝ガムランの鳥〟も〝コリツァの鳥〟も同じ種類の鳥のこと。神樹に巣を作る鳥なんだけれど、ハルウェスタ王国ではその鳥を〝ゴドーヴィエ・コリツァに巣を作る鳥〟として〝コリツァの鳥〟と呼ぶ。


 でもアニマソラ神樹国では〝ガムランの鳥〟だ。それは神樹に巣を作る鳥が渡り鳥で、彼らはガムラン連合王国から飛んでくるから。


 私はそれをヴェルナーさんとドナートさんに教えてあげる。感心したように頷く二人に、ついでとばかりに豆知識。


「ちなみにガムラン連合王国ではこの鳥を〝船頭の鳥〟と言います。船と一緒に海を渡る知恵があるくらい、賢い鳥だそうです」

「そうなのか」


 ヴェルナーさんが驚く。〝コリツァの鳥〟は他にも色々と呼び方がある。大陸の北のほうの国では神樹に巣を作る鳥はまったく別の鳥だと伝わっているみたいで、〝コリツァの鳥〟と言われて連想する鳥が全然違ったりもする。調べてみると面白いのが、この〝コリツァの鳥〟だ。


 前世でもそういう鳥がいた。国によって名前の違う鳥。たしかSNSでバズってたんだよね。〝たらい回しの鳥〟だって。この世界には〝たらい回し〟という慣用句がないので、どう言い換えたら適切なのかな、とついつい考えてしまう。


 ヴェルナーさんもドナートさんも、それ以上は追求しなかった。会話はここで終わってしまったけれど、せっかくの休暇だし。たまには興味の矛先を変えて、もう少しこの〝コリツァの鳥〟について調べてみようかな。


地球版たらい回しの鳥:ターキー

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― 新着の感想 ―
日本での七面鳥は、ターキー(トルコの鳥)とよばれているが、トルコではヒンディ(インドの鳥)と呼ばれているという話ですね。 どこかで「うちの鳥」と呼ぶ地域が無いと七面鳥も可哀想ですね~
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