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33.硝子の向こう側(side.ヴィクトル)

 ヴィクトルがエリツィン伯爵領に滞在できるのもあと三日。昨日は外出してしまったので、今日はまた書斎にこもってラウレンツ楽譜の解読に没頭したい。


 そう思っていたものの、今日のフェリシアもどうやら忙しそうで。


「ヴィクトル様、こちら硝子製作をしているゼタ工房のドナートさんと、玩具製作をしているエクサ工房のヴェルナーさんです」


 テネッコンの製作について打ち合わせをするから同席してほしいと言われ、ヴィクトルは二つ返事で頷いた。フェリシアだけだと暴走しないか不安で、解読に集中できないのが目に見えているからだ。


 そうして紹介されたのは、目元が前髪で見えない根暗な男性と、そこそこガタイのいい快闊な男性だ。どちらも壮年で、ヴィクトルの養父くらいの年齢に見えた。


「…………」

「ドナートさん、なんて言ってるんですか?」

「若いやつに囲まれると眩しさで目が潰れるとか言ってるな」


 根暗で声の小さいほうが硝子職人ドナートで、通訳をしてくれているのが玩具職人ヴェルナーだ。ヴィクトルは二人の名前と顔を覚えつつ、一つの疑問を口にする。


「フェリシア。硝子職人を呼ぶのは分かる。テネッコンのレンズを作るのに必要だからね。でも玩具職人を呼んだのは何故だい」

「えぇと、それは……」


 フェリシアの視線がそよっと泳ぐ。泳いだ先にいたヴェルナーは両腕を組んで胸を張った。


「俺はお嬢に惚れているからな。イェオリ様がお嬢の要請で手先の器用な職人を探してると聞いて来た」


 堂々とした物言いに、さすがのヴィクトルも呆気にとられた。


(フェリシアに惚れている。あのフェリシアに?)


 胸が少しざわついた。フェリシアとヴェルナーでは少し年の差がありすぎないか、とか。フェリシアはこの男を認めているのか、とか。そもそも身分が釣り合わないのでは、とか。ヴィクトルは自分でも気づかないうちに、フェリシアの婿としてヴェルナーが相応しいか値踏みするように眺めてしまう。


 でもそれは杞憂だったようで。


「もう、ヴェルナーさんったら。パトロンの話はお断りしましたよね。うちの領地じゃ、ヴェルナーさんのやりたいことってあんまりできませんから」

「いーや、俺はお嬢の発想力に惚れてるんだ。今回のだって、すごいものを作ろうとしているんだろう。それでイェオリ様に相談したんだろう? それを聞いたから来たんだ」


 ヴィクトルはほっと胸を撫で下ろした。ヴェルナーはフェリシアの発想力とやらに惚れ込んでいるらしい。それでパトロンにならないかとフェリシアに持ちかけた。なるほど、それで「惚れた」という意味か。


 いつの間にこんな職人を誑かしたのかと、ヴィクトルは苦笑しながらフェリシアを見た。フェリシアはヴィクトルの視線に気がつくと、にこりと笑う。


「というわけです。ヴェルナーさんは手先が器用なので、テネッコンの部品の相談とかできますね!」

「なるほどね」


 フェリシアが問題ないと思っているのなら、ヴィクトルにも異論はない。テネッコンが作れるかどうか、それが重要だから。


「とりあえず、サンプルを持ってきたから見てくれ」


 ヴェルナーがそう言うと、ドナートがのっそりと動いて、薄くて平たい箱を机の上に広げた。


 箱の中に入っていたのは筒と十個ほどの硝子板だった。それをヴェルナーがフェリシアへと手渡す。


「簡易版テネッコンのサンプルだ。これは画期的な発明だと思う」

「んー……部屋の中だと分かりにくいですね。ちょっと窓の外見てきます」


 筒を覗いたフェリシアが窓へと近づく。窓を開け放つと、筒越しに外の景色を眺めた。


「良い感じですね。ここから一番遠い庭の木にある鳥の巣箱がよく見えます!」

「本当かい?」

「ヴィクトル様もどうぞ!」


 フェリシアが何を見たのかと思って同じように窓辺に近づけば、筒を渡される。ヴィクトルも半信半疑で筒を覗いた。


 ぐっと視界が何かと接する。ほんのりぼやけるそれが何かよく分からないでいると、輪郭からフェリシアの言っていた鳥の巣箱だと気がついた。思わず目を筒から離して、何もない状態で窓の外を見る。それからもう一度筒を覗いた。今度は鳥の巣箱じゃなくて、枝のようなものが見える。ヴィクトルは感嘆した。


「すごいな。これがテネッコンか。まるですぐ目の前にあるように見える」

「これをもっと大きくして、レンズもそれに見合った厚いものにできれば、月だって見えちゃうんです。すごいですよね!」


 上機嫌なフェリシアはさっそくドナートと話し合いを始める。フェリシアはテネッコンの原理を理解しているのか、どういうレンズにしたいのかを具体的に話しているようだ。ドナートはずっとだんまりだけれど、手はせっせとメモを綴っていた。


 ヴィクトルは苦笑する。同席してほしいと言われたものの、テネッコンについてはフェリシアのほうがよっぽど詳しい。ヴィクトルでは理解できない仕組みの部分も、彼女はよく分かっているようだ。いったいどこでそういった知識を仕入れてくるのやら。


「フェリシアはすごいな」

「そうだな、お嬢はすごい」


 小さなぼやきに頷いたのはヴェルナーだった。フェリシアがドナートとレンズについて話しこんでいるのでこちらに来たらしい。


 ヴェルナーに簡易版テネッコンを手渡すと、彼はテネッコンを覗きながら庭を見る。ヴィクトルは窓の外から吹き込む風にうっすらと目を細めた。


「君から見ても、フェリシアはすごい子かい」

「もちろんだとも。お嬢の発想力に、俺は一生かけても追いつける自信がない」


 ヴェルナーはテネッコンの筒から、レンズを一枚取り外した。そのレンズは取り外しができるのか、とヴィクトルが興味深く思っていると、ヴェルナーはそのレンズをヴィクトルの前に差し出す。ヴィクトルからは、レンズを通して大きくぼやけたヴェルナーの指が見えた。


「祖父から継いで、ようやく俺が完成させたオシェロを、彼女はさも当然のように改良案を出してくれた。その発想は俺にはできないものだったし、これだって画期的だと思う。レンズを二枚重ねたら遠くが見えるとか、よくまぁ気づいたものだ」


 テネッコンはフェリシアが考案したものではないけれど、これに目をつけたのは彼女らしいともいえる。ヴィクトルだって、彼女の目の付け所にはいつだって舌を巻いている。


「分かるな。フェリシアは僕らが見逃しているようなものを平気で拾ってくるんだ」


 人生のうちでたったの五年程度の付き合いといえば短くも感じられる。でもその五年はすごく濃厚だった。彼女が目をつけるものは意外なものばかりで、仕事で世界を飛び交っていたヴィクトルの世界をさらに広げてしまったほど。


「この事業、うまくいくと思うかい」

「成功させるさ。お嬢には借りがあるからな」


 快闊に笑うヴェルナーに、ヴィクトルの頬もようやく緩む。


「僕からもぜひ頼むよ。これを待っている子が、フェリシア以外にもいるからね」

「ほぅ。それはどこの子だ?」

「そのテネッコンを開発した人の娘さ。この図面はその子から譲り受けたんだよ。テネッコンができたら、会いに来るってフェリシアと約束をしていた」


 リストテレスでの破茶滅茶な出来事を思い出す。たった数ヶ月前の出来事だと言うのに、もう懐かしく思ってしまう。ヴィクトルが当時のことを思い出していると、ヴェルナーが良い笑顔になって。


「それならますます気合入れて作らなくてはな!」


 これならきっと、フェリシアとノエルの約束は遠くないうちに果たされるだろう。


 ヴィクトルは熱心に話しこむフェリシアを優しく見守りながら、そう思った。




理科の授業で攻略する異世界チート〜。

学生の頃、焦点と像の作図がテストで出ると、ボーナス問題だと思った記憶があります。

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