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3.和風調味料の伝説

本作において、フェリシアちゃんはけっこうマルチタスクで調べ物をします。「サンドイッチ行き詰まった〜。米調べよう」「調味料行き詰まった〜。芋も気になってるし調べよう」みたいな感じで進めるので、ちょっと時系列が前後するかもしれません。一話ごとに一つのテーマにスポットを当てていこうと思うので、ご承知いただけると幸いです。


 今日も外務省での一日が終わる。

 外交官としての私の一日はまだまだ勉強で終わることのほうが多い。たくさんの国の言語の勉強をしつつ、外国向けの書簡の翻訳をする。自分で下書きして、上司であるヴィクトルにチェックしてもらって。文法やスペルミスがなければ清書する。正式なものはインクも紙も高級なものを使う。飾り文字で書かないといけないから、すごく緊張する。


 そんな一日を過ごして就業すると、ヴィクトルから声をかけられた。


「フェリシア。ちょっと食事に行かないかい」

「はぁ」

「庶民向けの食事処なんだけどさ。君、少し前に米に興味津々だっただろ。最近、米の本場・玄蒼国料理を出すお店ができたのを聞いて」

「行きます」


 玄蒼国といえば、隣の大陸の国だ。ヴィクトルの言う通り、米食文化が盛んな国でもある。でも文化面を調べてみると、中国っぽい雰囲気のある国でもあったり。


 でも、現地の料理が食べられるなら、ぜひ食べてみたい。


 そういうわけで私は、ヴィクトルに誘われて食事に行くことにした。



 ❖   ❖   ❖



 お米を調べていく中で、日本人が食いつきそうなものトップ3を考えなかったわけじゃない。味噌、醤油、出汁。米にたどり着いた日本人が次にたどり着くとしたら、これだろうと思っていたけど。


「これは肉じゃが……! 完璧な肉じゃが……! すごい、肉じゃが!」

「それ、そんなに美味しいかい」

「最高です!」


 メニュー表にあった〝豚肉と男爵芋のセット〟。どんなのがでてくるかと思ったら肉じゃがだった! 肉じゃが! 肉じゃが!


「お醤油の味がする……しかも味噌汁もついてる……美味しい……」

「オジョウサン、ツウ、デス。お醤油、味噌汁、シッテルナンテ」


 にこにこと通りがかった店員が、思わずといった風に話しかけてきた。しかもその言葉を聞き逃さない。


「醤油? 醤油って言いましたよね。今、味噌も!」

「ハイ、イイマシタ。玄蒼国ノ調味料デス」


 醤油も味噌も、醤油(shouyu)味噌(miso)として伝わっている。

 私は立ち上がった。


「あの、聞きたいことがあるんですが! この醤油と味噌を作った人を知りたくて!」

「オー、コレ、店長ノ手ヅクリデス」

「あの、違うくて! 作った人! 初めて作った人を知りたくて!」

「フェリシア、落ち着いて」


 店員さんに迫ったら、ヴィクトルに羽交い締めにされた。店員さんもきょとんとしてたけど、他のお客様に呼ばれて行ってしまう。あぁっ、せっかくの手がかりが……!


 私は着席させられると、ヴィクトルを恨めしげに()めつける。


「なんで止めたんですか」

「店員さんが可哀想だったからさ。あの人、言葉がカタコトだ。まだこの国の言葉を勉強中なんだろうね。君の質問にも正しくは答えられていなかっただろう」


 そう言われるとぐうの音も出ない。

 作った人を教えて欲しかったんだけどなぁ。


「……ヴィクトル様って、玄蒼国語できますか」

「日常会話くらいならね」

「さすがです。私も勉強はするので、今日のところはちょっと通訳してくれませんか」

「はいはい。ここに連れてきたのは僕だしね」


 よっし!

 私はいそいそと肉じゃがに舌鼓をうちながら、ヴィクトルに質問してほしいことを伝える。で、食べ終わる頃、店員さんの手が空きそうなところを見計らって、声をかけてもらって。


 ヴィクトルと店員さんの間で知らない言葉が行き交う。私がそわそわとしていると、店員さんがまた他のお客様に呼ばれてしまって、申し訳なさそうに去っていった。


「ヴィクトル様、どうですか」

「君が聞きたかったことは概ね聞けたよ」


 そう言って、ヴィクトルは店員さんから聞き出してくれたことを教えてくれる。


「醤油も味噌も、玄蒼国の伝統の味らしい。千年前からあるって言われているそうだよ。皇室に専門の庁舎があるみたいだ」

「醤油庁とか味噌庁が……!?」

「外国の文化って面白いよね」


 ヴィクトルも興味深そうに頷いている。

 そんなヴィクトルとは違い、私の頭は大回転。これは調べ甲斐がありそう。


「ヴィクトル様」

「なんだい」

「玄蒼国の歴史書や儀礼書、その庁舎に関連した記録とかって見ることできますか」

「……君って本当にどこに興味が向くか分からない子だね」


 苦笑いするヴィクトルは、それでもちょっと考えてくれて。


「正史や国の沿革について簡略にまとめたものはあったはずだけど……そういえば、まだ未翻訳の資料があったな」


 玄蒼国の文字は独特で、外務省でも読めるのはヴィクトルくらいらしい。しかも今の段階では直接国交を結んでいるわけではないので、国に纏わる資料のまとめなども後回しで積んでいるんだとか。


「それ、君がやってみるかい? 必要なら、儀礼書や歴史書とかも最新のものを取り寄せてあげるよ」


 渡りに船とはまさにこのこと。

 ヴィクトルに誘われて外交官になった恩恵を、こんなところで感じられるとは思ってなかった。


「やります」


 私は間髪いれず答えた。



 ❖   ❖   ❖



 次の日から、私は通常業務の合間に玄蒼国語の勉強を始めた。ヴィクトルも忙しい人なので、簡単な基礎の文法を教えてもらったあとは、ヴィクトルが翻訳した資料と、原文の資料の照合から始めて、言葉に慣れることから始めていく。


 ヴィクトルが翻訳していたのは、ここ十年くらいの玄蒼国の沿革みたいなものだった。原文の資料と比べて、作成された資料の量が全然ないことについつい笑ってしまう。ほんとうに後回しにされていたんだ。


 ちまちまと資料を翻訳しながら、自国向けの資料に作り直していく。貿易に関連した経済的な資料ばかりだったので、神話や伝説、文化面などの資料を取り寄せるようにヴィクトルに依頼してみた。隣の大陸なので、それらを入手するにも一年かかった。


 一年あれば私もある程度玄蒼国語を覚えられた。漢字のような象形文字ということもあって、覚えたらなんとなくで文意が読めるようになる。表音文字の文化圏と比べたらずいぶん読みやすいと思った。まぁ、覚えないといけない文字はその分、他の文化圏の百倍くらいはあったけど。


 時間がかかると私の興味も余所に移る。その頃の私は自国の芋で気になるものを発見したので、そっちにご執心だった。で、玄蒼国の調味料についてすっかり忘れかけていたころにようやく、取り寄せた資料が届いて。


「そういえば頼んでいましたね」

「君がやりたいって言ったんでしょ」


 取り寄せた資料はちょっと癖があった。ようやく玄蒼国の言葉を覚えたと思ったら、資料の中には古語で書かれているものも混ざっていた。しかも写本だから字に癖がある。うちの国や周辺諸国には最近活版印刷が主流になってきているから、たいていの本の入手が比較的しやすくなってたけど……大陸のほうはまだまだ本の価値は高いのかも。というか、玄蒼国のように意味の数だけ文字がある国では活版印刷って難しいのかもしれない。ふとそんな真理に気づく昼下がり。


 それでも私は地道な翻訳作業を続けていく。古語がなんだ。玄蒼国は象形文字の文化。とっかかりがないわけではないから、四苦八苦しながらも解読はできる。いけませんお客様、崩し字はやめてください!


 どうしても読めないところはヴィクトルの助言で、たまに夕食に行くあの玄蒼国料理の店員さんに聞きに行ったりもする。ちょこちょこ夕食を食べがてら言葉を教えてもらっていたので、店員さんともずいぶん仲良くなった。


 そうして翻訳と資料作りをしていく中、とうとう私はあるものへと手を伸ばした。


 その名も〝焔雀格式〟。

 玄蒼国の法律の施行細則だ。


 難しい言葉ばかりが並ぶけれど、それなりの収穫があるはずだと信じて翻訳を続ける。


「すごいね。法律の施行細則までやるの?」

「大切ですよ」


 外交業務としてはもちろん、私の趣味のほうにもね!


 前世、大学の専攻でお世話になったのは『延喜式』だったなぁ、なんて思い出す。文化を調べるという点で、〝しきたり〟がどういう由来であるのかを調べるなら、順序よく遡っていくことが大切だった。その行動をするには原因があるってこと。由来が神話に遡ったりとか平気でそんな事が起きるのが歴史の面白いところだよね。そういう意味では大学の専攻で学んだものは面白かった。


 で、私が一番知りたいのは醤油や味噌といった調味料のこと。ヴィクトルの言う通り、本当に〝醤噌院(しょうそういん)〟と呼ばれる醤油や味噌などの調味料を扱う官司があった。この官司の成立について、もっと詳しく知りたいなと思って、ヴィクトルに公私混同を承知の上で、関連資料を取り寄せられないかお願いしてみた。ヴィクトルは笑いながら取り寄せの手配をしてくれた。持つべきものは良き上司だね。


 それから資料取り寄せのために、また月日が過ぎ去って。


 大陸の玄関口と呼ばれる貿易大国に外交に行った際、ついでに別大陸から届く自国宛の荷物を回収するという任務を請け負った。気がついたのはハルウェスタ王国に帰ったあとだったんだけど、その荷物の中に私が頼んだ資料も含まれていて、もっと早く気づいていたら帰国の道中に読めていたのにぃ……! と悔しい思いをしたりした。


 そんなくだりがあったものの、取り寄せた資料は素晴らしいものだった。玄蒼国の歴史学者によるたくさんの知見も書かれていて、私にとっては大収穫。


 醤噌院の由来は古く、蒼玄国成立前、まだ国ではなく部族での生活が当たり前だった頃まで遡る。当時の調味料は塩が主流だった中、ヤマトと名乗る人物が醤油と味噌を部族にもたらしたらしい。以降、醤油も味噌も広く伝わり、蒼玄国が建国される頃には食文化を支える重要な調味料になったとか。建国後、税として塩の代わりに醤油や味噌を納める部族もいたそうで、そのために設立されたのが醤噌院だった。


 論文のように綴られたその資料を読んで、私は確信した。


 間違いなく、このヤマトという人は転生者!


 でも残念ながら。


「千年近くも前の人なんだ……。このヤマトっていう人についても、残されてる資料はほとんどなくて、醤油と味噌を伝えた人として、幾つかの部族の口伝にたまたま残ってたんだ……」


 すごいね。醤油と味噌の宣伝を千年前にしていた人……面白すぎない? この人、なんで醤油と味噌をこんなに広めたんだろう。ヤマトという名前も、本名なのかな、偽名なのかな。分かんないことだらけ。


 いつか私も玄蒼国に行ったら、ヤマト伝説の残る場所を尋ねてみたい。この世界の人には分からなくても、同じ日本人なら分かることとか残ってるかもしれないし。サンドイッチ伯爵の日記みたいにね。


 ようやく、私の努力が実を結ぶ。

 サンドイッチ伯爵を見つけてから二年。


 二人目の転生者を見つけることができた。





【醤油味噌の伝道師】

ヤマト。本名か通称かも不明。性別不詳。たぶん日本人。隣の大陸にある現玄蒼国のあたりにいた。玄蒼国建国以前から住まう部族たちの間に「ヤマト伝説」が残っている。ヤマトという人物が醤油と味噌をもたらしたという伝説だ。ところで醤噌院の発音が〝shousouin〟のせいで、前世の正倉院を彷彿しちゃうのは私だけかしら……?

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米と麹が揃えば、酒でしょう。
ヤマトさんが存命中に「醤噌院」ができたのでしょうか? 自分で命名したのかな?それとも決められた後知って驚いたのかな?とか想像するのも楽しいです。 醤噌院では、ぜひ各地から集めた醤油と味噌の逸品を蔵で保…
醤噌院なのは後世の偶然とは言え、同じ意味になるのがまた同音異義語死ぬほどある日本語っぽくて、イイ…!! ひとつの調べ物していて行き詰まると違うジャンルや近隣ジャンルを調べ、その過程で資料を見つけたり気…
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