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【書籍化決定】転生令嬢は旅する編纂者  作者: 采火
本編

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27.ライスマン参上!

 学術研究都市リストテレスでの滞在はとても充実したものだった。出会いもあれば別れもある。私とヴィクトルは予定通りサピエンス合衆国を旅立つと、近くの港町から船に乗り、約一ヶ月、海の上の人となった。


 船上での生活はすごくのんびりとしたもの。リストテレスの学会でのレポートの添削をしあったり、船の上から見る海岸沿いの景色を眺めたりして時間が過ぎていく。


 個人的に印象深かったのは、船の上からも鮮明に見えた岬の白い花畑。蔦植物で、崖にまでその蔦を伸ばしてぶら下がるように白い花が咲いていた。船乗りたちはその岬を〝白花の釣殿〟と呼んでいて、あの花の咲く崖の下にはたくさんの魚が集まるらしい。


 そんな船乗りたちの話に耳を傾けながら、私たちはガムラン連合王国にある北の港町ウッタルガンで降りる。ここからクロワゼット共和国へと向かって、ハルウェスタ王国へと帰国する予定。


 陸路になるため、ウッタルガンで保存食を買って装備を整えないといけない。御者と護衛が手配してくれている間、私とヴィクトルは港市場を視察することに。


「そろそろ寒くなる季節なのに、にぎやかですね」

「冬支度をするためだろうね」


 そういうこと、と思いながら市場を見てまわっていると、不意にどこからか歓声が聞こえてきた。


「ら、ら、らいすまーん! らら、らいすまーん!」

「今年度の米炊き王は今年もこの少年! 二年連続で王冠を手にした、ライスマンだー!」

「いぇーい!」


 すごい盛り上がってる。なんの歓声だろう?


「ヴィクトル様、なんでしょうかね?」

「あれは……あぁ、前に見た米を炊く祭りだ」


 米を炊く祭り! 前にヴィクトルから聞いて調べたやつ! まさかここで出会えるなんて……!


「ヴィクトル様! 寄っても良いですか!?」

「いいよ。大会は終わったみたいだけどね。これから優勝者が炊いた米が振る舞われるみたいだ」


 せっかくだからご相伴に預かろうと、人だかりの最後尾に混ざってみる。


「おむすびころりん、すっとんとーん」


 なんだか耳馴染みのある単語が聞こえたような?

 雑踏にまぎれてよく聞こえない。耳を澄まして、よくよく陽気な声を聞いてみる。


「おむすびころりん、すっとんとーん」


 すぐそばで聞こえた言葉は。


「待って! その歌、どこで聞いたの!?」


 おにぎりを配る十五歳ほどの黒髪の少年が私たちの側にも通りがかる。私たちの前に立つ人におにぎりを手渡した少年が金色の瞳をきょとりと瞬いた。これはなんて言われたのか聞き取れていない顔だわ。


 とっさだったからついハルウェスタの言葉が出てしまった。私は小さな声で言い直す。


「あなた、日本人?」

「ん? 今話しかけたのお姉さん?」


 返ってきたのは、やっぱり日本語。

 流暢な日本語に私は目を見開く。でも、この人混みの喧騒の中で少年は私の声をきちんと聞き取れなかったらしく、じっと私を見上げてきて。


(どうしよう。なんて言えばいいの?)


 日本語を話す少年。彼は転生者なのかしら。このまま話したい。話したいけど、ヴィクトルには聞かれたくない。


 次の言葉がうまく出ないでいると、少年の後ろにすっと女性が立った。


「クーヤ様。こちらのおむすびは配り終えました」

「本名やめてくれよ。今の俺はライスマン! はい! ライスマーン!」


 会話が日本語じゃなくなった。いやでも、ライスマンはライスマン(rice man)

 彼らの会話、聞き取りづらいけど、聞き覚えある単語だ。私はまだ、完璧に発音がマスターできていないこの言語は……。


「今年の優勝は玄蒼国の方だったんですね」

「おう! お兄さん、俺らの言葉がわかるのか!」


 自称ライスマン少年が目を輝かせる。ヴィクトルはにこりと微笑んだ。


「少しだけ勉強したのです。ゆっくり話せば、彼女も少し聞き取れますよ」

「そーかそーか!」


 少年がキラキラした瞳で私を見上げてきた。私もハッとして学んだ玄蒼国語を引っ張り出す。


「おめでぃとーごじゃいましゅ!」

「……フェリシア、発音。おめでとうございます」

「おめでとーごじゃいましゅ」

「ございます」

「ございましゅ」


 ヴィクトルから発音の指導が入った。自分じゃ分からないんだけど、私の発音はちょっとおかしいらしい。その様子を見た少年はケラケラ笑って。


「面白いなぁ、お兄さんたち! ほい! おにぎり! 今年一番うまいおにぎりだぞ!」


 勧められるまま食べてみる。まずはお塩の甘さ。しょっぱさのなかに甘みがあることに驚いた。黄金比率の水量で炊かれたお米はふっくら艶々で、口触りも良い。おにぎりとしてみっちりと口に広がる米粒とともに、幸せを噛み締める。そんな味。


「おいひぃ……」

「前に食べさせてもらった米と全然違う」


 これを人は何と言うのか。そうです、感動です! 感動! 私が食べたかった美味しいお米!


 少年は声をかけられるままにおにぎりを配り歩いていく。本当はもっときちんと話をしたかったのだけれど、これじゃあ無理そう。


「やっぱり品種? それとも炊き方が下手なのかしら」

「フェリシアの米作りの知識はどこで勉強したんだい?」

「米作りが盛んなところからお招きした方からと……あとはまぁ、色々、独学で……」


 前世、私はそこそこゲームを嗜んでいた。それこそ、農林水産省のホームページが攻略サイトと呼ばれる本格稲作ゲームに手を出すくらいには。現実の稲作はゲームと比じゃないくらい大変だけど、でも理想の米を求めて品種改良をする過程はちょっと楽しい。


 私はもぐもぐとおにぎりを頬張りつつ考える。

 なんとかしてもう一度、あの少年と出会いたい。

 そのためにも。


「ヴィクトル様、彼にちょっと弟子入りしてきても良いですか?」

「またおかしなことを言いだしたね……弟子入り?」


 聞き間違えかな、と言わんばかりに耳をトントンとするのやめてもらっても良いでしょうか。私の決意表明を冗談だと流されるのはちょっぴり悲しくなる。


「理想のおにぎりを握れるようになるまで、ハルウェスタには帰りません」

「懐が寂しい状態は理解してる?」


 あうっ、私にクリティカルヒット! 無駄な出費はできないのは百も承知ですけどぉ……!


「じゃあせめて文通できるように、少し挨拶だけでもさせてください! お願いです!」

「まぁ……それくらいなら」


 ヴィクトルは苦笑して、少し背伸びをして遠くを見回す。


「ちょうど会場の裏手に下がったみたいだ。挨拶しに行こうか」

「ありがとうございます、ヴィクトル様!」


 私はおにぎりの残りを頬張ると、ヴィクトルについておにぎり少年を探しに向かう。


 米炊き選手権のイベントは片付けが始まっていた。人の出入りが激しい関係者入り口からしれっと入ったヴィクトルは、少し見渡すと颯爽と足を向ける。


「やぁ、先ほどはありがとう」

「んー? あ、さっきのお兄さんとお姉さん!」


 玄蒼国語が話せたのが良かったのか、あの観衆の中でも顔を覚えてもらえていたみたい。玄蒼国語を勉強していて良かった。


「彼女が君のおにぎりに感動したそうで、君と話をしたいらしい。でも僕らは予定があるから明日にはここを出発する。ゆっくり話す暇はないから、彼女は手紙でのやりとりを希望しているんだ」

「なんてこった! カズミヤ、ライスマンのファンだと! オレの趣味も馬鹿にはできんだろ!」


 ふんぞり返る少年に、そばにいた女性が無表情に答える。


「クーヤ様の米への執念がいよいよ認められたようで。まぁ、良かったですね」

「はっはっは! よきかな、よきかな!」


 ええと、このままじゃ本題に入れないかも……?

 私はいそいそと鞄から手帳とペンを取り出した。最低限必要なことを、書いて、と。


「あの。これ」

「あ、うん、お姉さんありがとう!」


 少年にメモを渡す。彼はにこにこの満面笑顔でメモに目を通すと、次の瞬間、弾かれたように顔を上げて私を凝視した。


「え、お姉さんマジ?」


 日本語だ。

 私がメモに書いたのは、私宛に手紙を送る場合の宛先と、彼に向けたメッセージ。


『あなたは日本人ですか?』


 返事の代わりに頷けば、少年はパッと私の手を取った。


「ちょっとこっち! カズミヤ、ちょっとお兄さん相手しといてくれ!」

「わ、きゃあ!?」

「フェリシア!?」


 少年に腕を引っ張られる。一瞬だけ躊躇った。でも一瞬だけ。ヴィクトルには悪いけど――


「ヴィクトル様、すぐ戻りますー!」


 このチャンス、手放すわけには行かない。





 イベント会場から少し離れた港の倉庫が立ち並ぶ区画。そこまで来てようやく少年は足を止めた。


「ここまで来ればしばらく大丈夫だろ」

「ぜぇ……はぁ……足、はやい、ね」

「若い肉体の恩恵だな!」


 私もまだ二十歳なんだけど、若いくくりには入れてもらえないへなちょこ体力です……。


 ぜぇはぁと膝を抱えるように座りこんで息を整える。心臓がバクバクしてる。こんなに走ったのっていつぶりだろう。ようやく呼吸が整ったと思って顔を上げたら、少年がヤンキー座りで私の顔をのぞき込んでいた。


「お姉さんも日本人か」

「元、だけれど」

「やっばい! 本当に日本語じゃん!」


 日本語で答えれば、少年が破顔する。私もじわじわと実感が湧いてきた。


「私はフェリシア。あなたは?」

「こっちの名前はクーヤ。元の名前は東山(ひがしやま)(りゅう)


 元の名前。

 私も答えようとして、ふと気づく。


(思い出せない)


 走っていた時とは違う理由で、また心臓が走り出す。あんなに、あんなに、恋しがってたのに。同じ故郷の人に会えて嬉しいと思ったのに。


 私、自分の名前を、忘れてしまった。


 さぁっと血の気が引いてしまってふらつくと、クーヤが支えてくれる。


「大丈夫か? 走りすぎたか」


 私は首を振って大丈夫と答えた。ちょっとぎこちなくなってしまったかも。でも、私の前世の名前が思い出せないことより、今はもっと話したいことがある。


「私、自分と同じ転生者に初めて会った。この世界に転生者がいるのは知ってたけど、まさか生きているうちに会えるなんて思ってなかった」

「俺も。というか、フェリシアさんはこの世界に転生者が他にもいること知ってるんだ?」

「サンドイッチ伯爵がいるのかと思って調べたのよ。そしたらこの世界のサンドイッチ伯爵は日本人だった」

「えっ、なにそれどういうこと!? 俺知らないんだけど! 詳しく!」


 私はかいつまんでサンドイッチ伯爵にまつわるエトセトラを話す。ついでに私が今まで調べてきた手帳を見せながら、私の見つけた転生者のことも話して。そのたびにクーヤは相づちを打ちながら、感心したようにしきりに頷いた。


「フェリシアさんすげぇな。俺なんか、同じように転生してる奴がいたらいいなぁで、とりあえず日本人なら米に食いつくだろって思って、各地の米大会総なめしてた」

「それはそれですごいと思うよ?」


 私が知っているのはヴィクトルに教えてもらったガムランでの米炊き選手権だけど、他にも大陸各地にお米にまつわる大会があるらしい。炊き方だけではなく、稲の美しさとか、米にあう料理レシピとか。


 この世界でのお米の局地的な広まり方に不思議な気持ちになっていると、クーヤは私の目を見て首を傾げる。次の瞬間、思いも寄らない質問が飛んできた。


「フェリシアさんはさ、やっぱあれ? 同じ世界の奴を探してるのって、もとの世界に戻るため?」




ハルウェスタ語で「おにぎりをむすぶ」という文章が成立できるかどうかちょっと悩み、フェリシアは「おにぎりを握る」に統一することにしました。フェリシア以外のハルウェスタ人は「おにぎりを作る」派です。

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