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【書籍化決定】転生令嬢は旅する編纂者  作者: 采火
本編

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26/66

26.将来、あの時の子どもが名を馳せる

 ノエルがカードを配る。ヴィクトルは〝サン・ブランドル〟でボフミルの契約(オンブル)破棄を要求。契約金は。


「細かくて悪いけど、足せば金貨二枚分は越えると思うよ」


 私の宝飾品とお小遣いありったけと、ヴィクトルのポケットマネーと。それから私たちの帰りの路銀!


 全部合わせて大金貨二枚分以上になる。仮にも? 私たちは貴族なので? 後先考えずに有り金差し出せば大金が生まれます。良い子は真似しないでね。


 私とヴィクトルの景気の良さに、ノエルとボフミルの従者が目を白黒させている。ボフミルだけが不愉快そうに顔を歪めた。


「赤の他人にそこまでするとは愚かだ」

「私たちは貴族です。貴族が投資をすることは普通です」


 ドヤ顔で言ってやる。ノエルの守りたいものはそれ以上の価値があることを、彼女自身が生涯をかけて証明していくでしょう。だから大金貨二枚程度、安いものよ。


 ボフミルが舌打ちをする中、最後のディールが始まった。切り札はダイヤ。そういえばここまで、あまりダイヤの活躍をみなかったな。


 まずは第一トリック。ノエルはスペードの7。全員スペードのカードを出して、一番出目の高かったヴィクトルがこのトリックを取る。


 第二トリックはダイヤの10。切り札だし、出目が高いカードが限られる……と思ったら、ヴィクトルがマタドールであるダイヤの7を出して、連続でトリックを取る。


「さすがヴィクトル様! 勝負に強い!」


 ノエルの表情にも「もしかして」という希望が見える。けれど次の第三トリックは出目の高かったノエルに対し、スペードAのマタドールを持っていた従者がとってしまう。第四トリックも、従者の出目が高くとられてしまう。ノエルの表情に焦りが見えた。


 第五トリック。スペードのKを出したノエルに対し、ヴィクトルがダイヤAのマタドールを出す。ボフミルが鼻白む。


「面白くない手札だ」

「そうかい? 緊張感があって良いじゃないか」


 第六トリック。ノエルはハートのJでまた出目が高い。ヴィクトルがハートのQを出すけれど。


「ま、マタドールです……」


 従者が二枚目のマタドールを出してきた! そんなぽんぽんマタドール出してくるなんて、インチキじゃない!? ヴィクトルもダイヤのマタドールを二枚とも持っていたけども!


 これで場には全部のマタドールが出た。ヴィクトルが三トリック、従者が三トリック取っていて拮抗している。ボフミルが一トリックも取っていないのが、ちょっと薄気味悪い。


 第七トリック。ノエルはスペードの8。ヴィクトルはダイヤのK。ボフミルはスペードの2。従者がクラブの4を出す。やった!


「……役立たずめ」

「も、申し訳ありません……!」


 従者はもう切り札もスペードのカードも持っていなさそう。場に出ていないスペードはあと何枚かしら。というか従者のカード、クラブに偏ってる? 第四トリックからずっとクラブのカードしか出ていない。


 第八トリック。ノエルはハートA。ヴィクトルと従者はクラブのカード。かろうじてボフミルがハートを出したけれど、誰もノエルのハートのAを超えられなかったため、場が流れる。


 ここまでで、ヴィクトルと従者が四トリックずつ。最後のトリックでヴィクトルが勝てば、〝サン・ブランドル〟が成立する、けど……!


「スペードの、5」


 ノエルが出す。全員が最後の一枚を場に出す。

 ヴィクトル、スペードの6。

 ボフミル、ハートの6。

 従者、クラブの2。


「〝サン・ブランドル〟成立したよ」


 ヴィクトルがにっこりとスペードの6を見せつける。ボフミルは思いっきり顔を歪めた。


「つまらん結果だ」

「でもこれが君たちアニマソラの流儀だろう?」


 ボフミルはヴィクトルを睨みつけると、自分たちの大金貨とヴィクトルがビットした宝飾品やらなんやらを従者に回収するように命じた。こんな場所にいる意味などないと言いたげにさっさと腰を上げる。去り際、ノエルを睨みつけるのを忘れない。


「気休めだと思え」


 ノエルはびくっと肩を震わせた。ボフミルは鼻を鳴らし、従者を連れて雑貨店を出ていく。私は万歳。


「やったー! ありがとうございますヴィクトル様! さすがヴィクトル様です! 今回はどんなイカサマをしたんですか!?」

「ちょっとフェリシア? 人聞きの悪いこと言わないでくれる?」


 ヴィクトルが笑顔で圧をかけてくる。すみません、口が滑りました。


「えっと……あの、ありがとう」


 それまで呆然としていたノエルが、ようやく状況を飲み込んだように私とヴィクトルを交互に見てぺこりと頭を下げてくれた。私は笑顔でノエルと視線を合わせる。


「どういたしまして。これでお父様の研究が発表できますね」

「……あの」

「はい」

「どうして、味方をしてくれたの……?」


 私はきょとりと瞬く。どうしてって。


「子どもを守るのは当然です」

「それだけ……?」

「はい」


 私の答えにぽかんとするノエル。ヴィクトルが彼女の肩へそっと手を乗せる。


「さてノエル。これで大金貨二枚の恩が僕たちにできたわけだけど。君にまずお願いしたいことがある」

「お、お願い……?」

「そう。僕らの帰りの路銀が今しがたすっからかんになったからね。それを工面するお手伝いしてほしいんだ」


 ノエルが息を呑む。警戒するような少女に、ヴィクトルは安心させるように微笑んだ。


「金貨二十枚。これがないと僕らは国へ帰れない」






 ヴィクトルはノエルを馬車に乗せると、彼女を私たちが宿泊する予定の迎賓館に連れて行った。今日のところはボフミルを撃退したものの、また狙われないとは限らないし。保護の意味だけではなく、私たちがすっからかんにしたお金の工面のためにも、ノエルにはいてもらわないと困るそう。


 そのためにヴィクトルはノエルに天体望遠鏡(テネッコン)を一般公開する手配をさせた。もちろん、お金をとる。金貨一枚。これは私がハルウェスタに帰ってテネッコンを作ったらやろうと思った事業。それが利益になるか、ヴィクトルはノエルに試させた。


 当然ノエルは嫌そうな顔をしていたけれど、大々的に天体望遠鏡(テネッコン)を広めればアニマソラも容易に手は出してこないだろうとヴィクトルが言えば、渋々頷いた。


 私たちがリストテレスに滞在するのは一ヶ月。前半は客入りゼロだったものの、学会で無事ザック・アイン博士の月観測の遺構が読み上げられると、その研究成果を見るためにちらほらと人が集まった。


 ヴィクトルがノエルに課した金貨二十枚はなんとかなりそうで良かった。とはいえ、私も安心してはいられない。私は私でヴィクトルにお説教されながら、金策に奔走。持参していた宝飾品を全部ボフミルへの契約金にしてしまったので、ちょこちょこ開催される社交パーティーのための装飾品を調達しないといけなくなったのです。


 そのためにガロップの村で購入した歯ブラシを二十本を金貨五枚で売ってこいと言われた。ぼったくりじゃない? 二十本を金貨一枚で買ったのに。五倍の値段なんて、って言ったらヴィクトルに「人件費と交通費を入れて利益を入れるならこれでも安いよ」と言われてしまった。さすが商家の血を引く男ですね。私が浅はかでした。


 私は社交パーティーまでに宝飾品を調達しないといけない。とはいえ、私に商人の伝手なんてものもない。どうしようかと悩みに悩んで、ダメもとで契約(オンブル)のために場所を借りた雑貨店に足を運んだ。歯ブラシの魅力を説明して買い取りしてもらえないかと聞いたところ、懐の広い店主が言い値で買ってくれた! 嬉しい!


 なんでもこの雑貨店の店主は、大陸中から変わりものを買い付けて売っているのだとか。店にアニマソラ産の元祖オンブルカードがあったのもそういう理由。不釣り合いの値段では、と思ったものの、金貨五枚で売れてしまったので私は拍子抜けした。


 ついでに雑貨店の店主から顔なじみの宝石商を紹介してもらって、社交パーティー用の宝飾品を調達。なんとか滞在中の体裁を整えることができた。ヴィクトルにはあんまりにも私が後先考えないので、自由外出を禁止にされてしまったけれど。お金がなければ遊べないので妥協した。


 そうは言いながらも、実際には遊び歩く暇なんて無いくらい忙しかった。私たちはリストテレスに来た目的を果たすため、連日学会三昧。学会を聴講したらレポートを書く。毎日これの繰り返し。空いた時間は迎賓館で社交パーティー。外交官って忙しい。


 そうして瞬く間に一ヶ月が過ぎた。

 ノエルとも少しずつ打ち解けてきたな、と思ったのも束の間のこと。ノエルはヴィクトルの無茶振りにも負けず、なんと金貨二十枚を返済した。


「ぴったり二十枚。無理かと思ったけど、案外いけるものだね。これで帰りはなんとかなりそうだ」

「足りますか? 行きだけでも金貨四十枚相当使いましたよね」

「帰りは船を使うよ」


 なるほど、船なら寄り道だらけの陸路よりも早く移動できる。そうしたら旅程も短くなるから、お金もその分浮くね。一ヶ月くらいは船の上だけど。


「路銀はこれで大丈夫だ。ポケットマネーはフェリシアから返してもらうし、残りの経費もフェリシアに報告書を出してもらうし」

「うぇ!? 報告書いります!?」

「当然」


 学会のレポートばかりで油断していたよ〜! どうしよう、報告書を書けって言われても、経費の一部をオンブルに使いました、なんて言われたら間違いなく長官から叱責注意を受ける。どうしよう……!


「あ、と……フェリシア様」

「はい。どうしましたか、ノエルちゃん」

「これと、これ。約束の」


 ノエルがちらちらとヴィクトルのほうを気にしながらも、おずおずと私に包みを差し出してくれる。包みを開けると、二冊の本。一冊は私の、転生者たちの記録。


「あぁっ! 忙しくて忘れてました!」

「君、それ大切なものなんだろう?」

「大切です!」


 そうだった、ノエルに預けてたんだった。すっかり忘れてしまうくらい忙しかったのは事実だけど、このままハルウェスタに帰っていたらちょっと泣いてしまったかも。


 ノエルは何かを言いたげにしていたけれど、首をふるりと振ると、私の手帳とは違う冊子を指で示す。


「こっち、テネッコンの図面。構造とか、材料とか、色々」

天体望遠鏡(テネッコン)!」


 そうだった! ノエルにお金を融通する代わりにこれをもらう約束だった!


 ヴィクトルにはこちらも忘れていたことがバレバレのようでじろりと睨まれてしまう。ノエルがしっかり者で良かった。これで踏み倒されていたら、ヴィクトルに叱られるだけじゃ済まなさそうだもの。


 私がそそっと二つの本を包みに戻すと、ヴィクトルはやれやれと嘆息をついた。


「フェリシア、路銀の報告書だけど」

「ひっ!」

「ひっ、じゃない」


 いやだって心臓に悪い話題でしてぇ……!


「差額はその図面の購入費にしておいて」


 へ……?


「購入費、ですか?」

「君の私物にはならないけど、経費で落としてあげるよ」


 経費で! 落としてくれるんですか!?


「いいんですか!?」

「これは良いものだからね」

「それじゃあ歯ブラシも!」

「それはだめ」


 ヴィクトルのいけずー!

 でも経費で落としてくれるなら嬉しい。いやだって、上司に借金している令嬢なんて世間体が悪すぎるもの。


 やったー、とるんるん気分でいれば、ヴィクトルがパンパンッと手を打ち鳴らす。


「さ、明後日にはここを発つからね。ノエルともお別れだ」

「そうですね。寂しくなります」


 またリストテレスに来ることがあれば、その時にはお父様の遺志を継いでノエルも立派な学者になっているかもしれない。そんなことを思っていれば。


「あの、フェリシア様」

「はーい」

「これも」


 ノエルが差し出したのは小さな羅針盤のようなもの。でも羅針盤よりも複雑で、歯車のようなものがついていたり、目盛りのようなものがたくさん刻まれている。


「ノエルちゃん、これは何ですか?」

「父さんがくれた天体観測儀。預かっててほしいんだ」


 預かる?


「フェリシア様がテネッコンをハルウェスタで作るなら……そこで研究ができる、から」


 私はびっくりしてしまう。

 そこで研究ができるから、って。


「留学するにはお金がかかるから、少し時間がかかるかも。でも、ヴィクトル様がお金の稼ぎ方を教えてくれた。ハルウェスタに行くよ。絶対に行くから。だから約束。テネッコンを作って、待ってて」


 ノエルのぶかぶかの眼鏡の向こうには強い意志が垣間見える。だから私は、右手の小指を差し出して。


「分かりました。約束しましょう。指を絡めてくれますか?」

「なにするの?」

「これは約束のおまじないです」


 私は笑って、ノエルの小さな小指と自分の小指を絡める。


――ゆーびきーりげーんまーん……


 心の中で指切りを歌う。ノエルの夢を、私の大切な約束にする。


「父さんが言っていたんだ。月の見え方って場所で変わるんだって。ハルウェスタの月、楽しみにしてる」


 するりと指を離せば、ノエルが初めて私に笑いかけてくれた。





【メモ】

 ノエル・アイン。〝月の観測手〟と呼ばれるザック・アインの娘である彼女は、幼少期をサピエンス合衆国の学者に育てられ、少女時代にハルウェスタ王国へと留学した。転生者ではないけれど、彼女はテネッコンを改良し未発見の星を幾つも発見するという、将来、歴史に名前を残すようなことを成し遂げた。それだけではなく、私の気まぐれの言葉からカメラまで作ってしまったんだから、本当にすごいと思う。私は彼女にこの言葉を贈りたい。前世の名言「天才とは1%のひらめきと、99%の努力である」を。


(フェリシアは最後まで迷った末、ノエルのことは正式な転生者リストには載せなかった。でも日本語で書かれたメモ用の手帳には記載されている)



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チ。じゃないですかこれー!! これはやがてチ。に至る道…!!確実に科学の進みを少し、たぶん百年くらい進めたね… 望遠鏡を覗いた科学者はそれで空だけではなく地を覗き、山を覗き、木を覗き、動物を見るでしょ…
ノエルちゃん良かったね〜! どうなるかドキドキしながら待ってました。取られずに終わって良かった。科学が発達する未来が見えます。 フェリシアが後先考えず動くの怖い気持ちはよく分かるけどおかげで楽しく読…
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