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24.学術研究都市リストテレス

 ゴドーヴィエ・コリツァ大陸の北の中心国、サピエンス合衆国。ここには大陸随一の学術研究都市リストテレスがある。大陸中の叡智がここに集い、日々新たな発見がされる場所。


 その中でも年に一回行われる、大規模な研究発表会。各分野の第一人者がその年に発見された新事実や、開発したもの、研究成果などが世界に向けて発表されるから、大陸中の国から自国の益になる研究成果を求めて色んな人が訪れる。そういう場所に、私もヴィクトルも、ハルウェスタを代表してやってきた。


「わぁ、すごいですねぇ……!」

「やっぱりリストテレスはすごいな」


 学術研究都市リストテレス。

 色んな分野の叡智が集合するからこそ、建築物にもそれが現れる。


 毎年一段ずつ背を高くしている物見櫓。川の中に作られた水時計。花壇だと思ったら見慣れない実をつける野菜だったり。建物の壁に点在するホタテっぽい貝殻は何のために埋められているのかしら。立ち並ぶ住宅街は一軒ずつ材質も様式も違って、まるで世界中の家を集めたリトルワールド。しかも街角にはハルウェスタにはないガス燈が立っていて、間違いなく文明の最先端はここだと思わせられる。


 まるで夢の世界に立っているみたい。この長い旅の中で通ってきた国や街のように風景の統一感なんて何もなくて、地に足のつく感覚がなくなってしまいそう。


「予定より早く着いたからね。研究発表会にはまだ十日ある。ゆっくり視察しよう」

「はい」


 学術研究都市というからには、この街には色んな専門機関がある。ハルウェスタは農業大国なので、農業系の研究成果があれば最優先で情報収集するように言われているんだけど、それ以外にも有益な情報があれば持ち帰る。これが仕事なので、滞在期間が長いとはいってもゆっくりはしていられない。


 ゴトゴトと煉瓦とは違う感触の道を馬車が行く。毎年の行事なので、リストテレス側が各国の賓客の宿を手配してくれている。宿っていうか迎賓館なんだけど。そこへ向かう途中で。


「返せ! それは父さんのだ!」


 甲高い子供の声が聞こえた。

 喧嘩かしら、と馬車の窓から顔を覗かせてみる。ヴィクトルも気になったみたいで、私と一緒に声の主を探して。


「馬鹿だな。死者が弁説を振るうわけなどないだろう」

「父さんの意思はボクが継ぐ! だから返せ!」

「異端者の虚言を世界に広めさせるわけがない!」

「異端じゃない! ちゃんと父さんは評議会に認められて――うわぁっ!」


 言い争っていた相手に身体を突き飛ばされて、子供が馬車道へと飛び出した。それも、私たちの馬車の前に!


「止めろ!」


 ヴィクトルが言うまでもなく、御者もいち早く気づいて馬の進路方向をずらし、馬車を急停止させた。私は馬車から飛び出す。


「大丈夫!?」

「っ、だいじょ……痛っ」


 この子、倒れた拍子に足をくじいてしまったみたい。それでも気丈に突き飛ばした相手を睨んで立ち上がる。子供を突き飛ばした相手は男性だ。逃げようとしたのを、うちの護衛に遮られてバツが悪そうに立ち尽くしている。ここまで私たちの旅路を安全に連れてきてくれた護衛さんはすごく優秀な方です。


 ヴィクトルも馬車を降りてきた。彼は子供と突き飛ばした男性を見比べたあと、子供と視線を合わせるように膝を折る。


「足、痛むのかい」

「……大丈夫。これくらい平気だ」

「そうは見えないけど」


 子供が一人で立ち上がろうとして転びそうになったので、慌てて支える。軽い。ちょっとやせ気味な子供。髪は短くて、サイズの合わない眼鏡をかけてるけど、身なりは整っている。


「あなたの名前は?」

「……」

「その足じゃ動けないでしょう? 送りましょう」

「……知らない人についていくなって、父さん言ってた」


 あらま。躾がきちんと行き届いている子だわ。偉い子。ちょっとヴィクトル、どうして私を見るの? 私、知らない人にほいほい着いていく人間に見えてるの?


 どうしようかしらと思っていると、ヴィクトルが子供と視線を合わせたまま話しかける。


「医者のところまで連れて行くよ」

「……医者、行けない。お金、ないし」

「ちょうどそこに君を突き飛ばした奴がいる。彼に払ってもらえばいい」


 ヴィクトルがそう言えば、それまでバツが悪そうにしていた男性が眦を釣り上げた。


「そんな義理はない! そちらが勝手に転んだだけだ!」

「明らかに突き飛ばしたように見えましたけど」

「断じて突き飛ばしてなどいない!」


 強情だ。このタイプの人間は自分の非を簡単に認めない。身なりからして、子供よりも身分が高そう……あら? 待って?


 男性が肩から掛けているマントをじっと見つめる。肩の留め具に紋章が彫られている。この紋章って。


「じゃあ仮に突き飛ばしていないとしても。貴方はこの子に怪我をさせてしまった。聖職者として見捨てるというのも慈悲のない話ですね」


 ヴィクトルも気がついたみたい。この男性、アニマソラ神教の聖職者だ。肩の留め具に彫られた紋章、これはアニマソラ神樹国の教皇猊下に認められた聖職者が身につけることを許される紋章だ。


 男性は隠すこともせず、堂々とヴィクトルに主張する。


「慈悲も何も、異端者をのさばらせるわけにはいかない。部外者が口を挟まないでいただきたい」

「異端者?」


 私は子供と男性を交互に見やる。

 子供がアニマソラの聖職者を睨みつけた。


「父さんは異端者なんかじゃない! 知識や研究には善悪なんかない!」

「ある。少なくとも神樹ゴドーヴィエ・コリツァは知ることの禁忌を定められた。私はその代理人として、ザック・アインの研究を禁忌に触れるものと判断した」

「嘘つきだ! 父さんの研究がお前らに都合が悪いだけだろう! だからこんなことして……!」


 子供が顔を真っ赤にさせて怒る。ザック・アイン博士ってたしか、今年の研究発表会の一覧に名前が載っていたはず。専門は天文学だった。それがどうして禁忌云々の話に?


「もう一度言う。ザック・アインのテネッコンの鍵を寄越せ」

「いやだ!」


 意見は平行線。ヴィクトルも難しい顔をして黙っている。宗教的な話が絡んできたから、外交官としての立場上、これ以上首を突っ込むのは辞めておきたいのかもしれない。でも首を突っ込んでしまった以上、このまま放置っていうのは後味が悪すぎるわ。


 テネッコンってなに、とか。どうして天文学の博士が異端なのか、とか。知りたいこともあるけれど、とりあえずこの場を収めるためには。


「あなたの主張は分かりました。その上でアニマソラの聖職者の方。ここは学研都市リストテレスです。研究の自由が保証される場所。ご意見があるのなら、リストテレスを治める評議会を通すのが筋というものです」

「そんなもの、我らが大義の前には無用だ」


 この人本気で言ってる? 社会の秩序を無視した強硬な態度に呆れてしまう。


「それならこうしませんか? アニマソラ流に決着をつけましょう」

「なんだと?」

「アニマソラ神樹国の方ならこれ以上ない解決方法でしょう?」


――契約(オンブル)なら。






 こんな道端でするのも通行人の迷惑になるので、私たちはすぐそこにあった雑貨店で机を借りることにした。都合の良いことに、この雑貨店はオンブルカードを取り扱っていたので購入。ヴィクトルには「余計なことに首を突っ込みすぎだ」とお小言をもらうけれど、あのまま子供を見捨てるのも気分が悪いじゃない。


 オンブルをするには四人必要。アニマソラ神樹国の聖職者だった男性、ボフミル・ペラーンは離れたところにいた自分の従者を呼びつけた。オンブルをするためにその従者も加わる。


 対する子供の名前はノエルというらしい。さっきも名前が出ていた天文学者ザック・アイン博士の子。まだ八歳だって。この子の味方として私が……と言いたかったけれど。ここはね、ヴィクトルにお願いしましょうね。だってヴィクトルのほうが強いもの!


「どうして僕が……フェリシアがやればいいじゃないか」

「大人相手に子供二人では勝負になりませんよ」

「君、自分のことを子供だと認めたね?」


 ヴィクトルの戯言にはツンとそっぽを向いておく。自分で言っておきながら、さすがに二十歳で自認が子供は恥ずかしい。ヴィクトルが私のことを子供扱いするのが良くないんです。


 それよりも。


「ノエルちゃん。あなた、契約(オンブル)のルールは知っていますか?」


 ノエルに呼びかけると変な顔をされた。あら私、サピエンス語の敬称間違えた? ヴィクトルもびっくりしたようで、私のほうを見てくる。


「〝ちゃん〟? ノエルは男の子だろう」

「女だ。だからそもそも、この娘がザック・アインの研究を継ぐことなどない」


 ボフミルの嫌味に、ノエルが俯いてしまう。

 分野によっては、学問は男性のものだとして女人禁制を謳う派閥もある。ボフミルもそういうタイプなのかも。私はノエルの肩へと手を添えた。


「それがどうしましたか? 女性が研究しても良いでしょう。この契約(オンブル)だって女性が発想しました。ノエルちゃんがお父様の研究を継ぎたいのなら、継げばいい。自分が何をするかはその人の自由です」


 やりたいことがあるなら、見たい景色があるのなら、全力でやれば良い。


 前世の私は何もないと思っていた。何も成せないと思っていた。社会の歯車としてそれなりの人間だと感じなが、日々を漫然と過ごしていた。


 でも今、転生した私は、やりがいを持って生きている。そこに女だとか、男だとか、性別なんて関係ない。前世もそういう社会が目指されていたし、この世界でも女性の社会進出は始まってる。学術研究都市で男女の差別なんてナンセンスなんだよ。


 だから私はノエルにもう一度問いかける。


「ノエルちゃん。あなた、契約(オンブル)のルールは知っていますか?」


 やりたいことがあるのなら。

 欲しいものがあるのなら。


「自分で掴み取りなさい」


 ノエルはぽかんと私の顔を見上げると、意を決したように頷いて。


「わかる。お父さんたち、学者の間でも流行ってるから」


 アニマソラ発祥の契約(オンブル)は国を越えて嗜まれているらしい。私は契約(オンブル)がカードゲームってことを知らなかったけれど、リストテレスの学者は流行にも敏感みたい。ハルウェスタのほうが国としては近いんだけどな、


「……せいぜい足掻くがいい。ノエル、この遊戯で決まった結果は覆らない」


 ボフミルのあからさまな挑発の台詞。ノエルはちょっと怯むけれど、私がこの子の代わりに胸を張る。


「そうです。そのための契約(オンブル)ですものね」


 今回、公平性を期すためにディーラーは固定ではなく、四人で順繰りに一ディールずつ行っていく。四つのスートのAを伏せた。スペードのAを引いた人が最初のディーラーになる。これも運だ。天の配剤。最初にディーラーにならないほうが、契約を獲得しやすい。


 そんな中、最初にディーラーになったのは。


「僕からだね」


 涼しい顔でヴィクトルがスペードのAを掲げた。


【陳謝】盆で帰省中なのですが。開田高原に朝採れとうもろこしを買いに行く機会がありまして、ついでに木曽馬の里に寄ってお馬を見てきました。馬毛、羊毛と違って思っていた以上に綺麗でした。これなら私、口に入れる抵抗ないかもしれない。やはり実物を知らずに書くのって良くないですね。そのうち改稿しようと思います。お馬の写真はX(@unebi72)にて。

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― 新着の感想 ―
こういう所で「私が!」って言わずに、有利不利考えてヴィクトルに任せられるの偉いな。 フェリシア嬢は冷静で強かですねぇ。
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