2.米騒動
サンドイッチ伯爵もいたんだから、じゃあお米に熱い情熱を注いだ転生者もいるのでは?
そう思って、今度はお米に的を絞って転生者を探してみることにした。
一番手っ取り早いのは、お米の品種改良からたどってみることでは、と思い、世界各国のお米を取り寄せて、お米の品種についてリストを作ってみることに。
でも、日本のブランド米みたいに〝コシヒカリ〟や〝アキタコマチ〟みたいな典型的なものは見当たらない。日本人転生者がいたら垂涎もののネタだと思うんだけど、お米農家には日本人転生者はいなかったのかもしれない。残念。
でも、間違いなく、日本人は米に食いつく。
異世界のサンドイッチ伯爵こと、ベルナベウ氏も日記に書いていた。彼がお米を見つけた時の狂喜乱舞っぷりは見開きページを使って綴られていたほど。
私だってお米があると聞いた時はすごく胸が躍った。こうして取り寄せて塩むすびを食べただけでも、懐かしい食感にちょっぴり泣きそうになってしまったくらいだもの。
とはいえ、お米が好きな人がお米を作るとも限らない。日本人だってお米が好きなのに、米農家になりたがる人は少なかった。令和の米騒動とかいって、お米が高騰化した時でさえ、米農家に寄り添える人はどれくらいいたんだろう。安いから主食だっただけで、普段からお米を食べていると忘れがちだったこと。作る人がいてこそ、食べられる幸せがある。死んでから気がついても遅かった。
そう考えるとやっぱり、日本人は米につられても、自分で田んぼを持とうと考える人は少ないかもしれない。
そう思いながら、お弁当のおにぎりを頬張っていると、上司のヴィクトルが通りがかって。
「珍しいものを食べているね」
外務省勤めの私はまだまだ外交官としてはひよっこ。男性職場の中に混じっている唯一の伯爵令嬢ということもあって最初こそちやほやされたりしていたけれど、今は中庭の日当たりの良いベンチで落ち着いてお弁当を食べるのが習慣になっていた。こうしていると、たまに通りがかるヴィクトルに声をかけられたりする。今日みたいに。
私は口の中のものを飲みこむと、すっとヴィクトルにお弁当を差し出してみる。
「お一つどうぞ」
「いや、僕はいいよ。君のお弁当だろ」
「そう言ってヴィクトル様、お昼を抜くつもりでしょう。今から合同庁舎に行くとして、戻る頃には休憩時間終わりますよ」
「あー……」
苦笑するヴィクトルに無理やりおにぎりを押しつけた。彼は「ありがとう」と言って、大きな口でばくりと食べる。彼の菫色の瞳がまん丸になった。
「ん、これは美味い! リゾットくらいしか食べたことなかったけど、これは手軽に食べられていいや。最近の君はお米にご執心だと聞いてるけど、こんなに美味しいなら、何度でも食べたくなるね」
「私、お米が主食でもいいくらいですよ。でもなかなか手に入らなくて。お給料三ヶ月分をつぎ込んで、隣の大陸から取り寄せました」
「相変わらずだね。その情熱は本当にすごいと思うよ」
ヴィクトルが笑いながら、手のひらについたお米をぺろりと食べてしまう。濡れ布巾を渡したらありがたく使ってくれた。ついでに、もう一つ食べるかとお弁当箱を差し出すと「大丈夫」と断られてしまう。
「ごちそうさま。お礼に良いことを教えてあげよう」
なになに? と耳を傾けてみれば。
「うちの大陸で米は主流じゃないけど、好事家はけっこういるらしいよ。どっかの国で前に、米のお祭りをしていたのを見かけたんだよね。なんでも一番美味しい米を炊けた人が優勝とかいうやつ。気になるなら調べてごらん」
お米のお祭り!
日本でも聞いたことない感じのコンテスト!
これは面白そう。調べてみようかな。
「ありがとうございます。調べてみますね」
「そうしな」
じゃ、とヴィクトルは颯爽と歩き去っていく。彼は有能な外交官なので、いつもあちこちに引っ張りだこ。私も午後からの仕事をがんばろうっと。
❖ ❖ ❖
お米の炊き加減を競うお祭りは年に一回やっているらしい。とはいえ場所が場所で、大陸の玄関口と言われている貿易大国で行われているお祭りだった。私の住むハルウェスタ王国からだと三つくらい向こうの国だからちょっと気軽に行けるような距離じゃなかった。
仕方なく、また細々とお米に関連して転生者の痕跡がないかを探してみる。本場が別大陸の食べ物のせいか、手に入る情報は限られてしまう。やっぱり顧客として調べたほうが探しやすいかな。でも米問屋に尋ねたとしても、顧客リストは教えてもらえないだろうし、大陸中の米問屋から顧客の情報を集めるのも建設的じゃない。
断念するしかないのかなぁと悩みながら、お米のブランドリストを眺める。この中にコシヒカリとかアキタコマチがあれば良かったのに。
……ん?
あれば良かったのに?
「無いなら作れば良いのでは?」
今あるものから見つけられないなら、未来で見つけられるように、目印をつくれば?
逆転の発想。
私がコシヒカリを作ればいいの!
とはいえ、私はお米農家の専門家じゃないので、お米農家へ投資をすることにしよう。お父様に相談して、うちの伯爵領の中に水田に適した土地がないか探してもらって、お米を作る。たぶん気候的に向き不向きもあるだろうから、品種改良への投資は惜しまないわ。
そして成功した暁には、コシヒカリブランドと命名するの!
そうと決まったら、お米農家の人を誘致できるように人脈を作って、お父様にも土地の相談をして。
これでひとまず、前進できるはずだわ!
※北海道で「米1グランプリ」というイベントがあるそうです。米の炊き方に自信のある方はぜひ。