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16.盤上遊戯のマリア

 カード工房はアニマソラ神樹国の端のほうにある。アニマソラの領土自体が小さく、国というよりは都市程度の大きさしかないから、国の端といっても馬で移動すれば余裕で移動できる距離だ。


「なんで俺まで……」

「だって私、一人で馬に乗れないもの」


 惰眠を貪ろうとしていたイェオリを朝早くに叩き起こして、足になってもらう。あくびを噛み殺しているイェオリには悪いと思うけど、その代わりに昨日の聞きこみで知った美味しいご飯を奢ってあげるから許してほしい。


 パカラッパカラッと軽快な蹄の音をBGMに、私は昨日の契約(オンブル)で手に入れた工房までの地図を眺める。


「イェオリ、次の分かれ道を右ね」

「はいはい」


 馬での移動と言っても、馬車よりちょっと速いってだけでそんなに時速は出ない。とはいえ明日の筋肉痛は覚悟の上。休憩をはさみながら、四時間かけて目的地についた。


「ここが目的地か?」

「そのはず、だけど……」


 工房があるのは山の近い綺麗な川辺だった。牧場のような広さの工房で、敷地を区画するための柵が川の向こうまで伸びている。


 入り口を探して柵沿いに馬を歩かせていると、前方にものすごく豪奢な駕籠みたいなものを見つけた。


「なんだあれ」

「珍しいね」


 馬車じゃないんだ。駕籠をひく人が四人もついている。イェオリと二人で顔を見合わせていると、ここから一番近い建物から、男性と女性の言い合う声が聞こえてきた。


「今日は帰らせていただきますが、次こそは神子を差し出してもらいますからね!」

「だからうちにはいないって言っているだろう! 何代前の話をしてんだ!」

「いいえ! 必ずここに神子は現れると神託があったんです!」

契約(オンブル)で負けたならそれが神の思し召しだから、もう来るな!」

「嫌です! 諦めませんから!」


 キリッとした様子の女性が建物から出てくる。真っ白な布地に金の刺繍が上品にあしらわれたドレス。頭にはものすごく大きな道化師のような帽子。あの帽子、見たことあるような……?


「アニマソラの神官じゃん。なんでこんなところにいるんだ?」


 イェオリのぼやく声で思い出す。そうだあの特徴的な帽子、アニマソラの高位神官のものだわ。


 なんとなく行きづらくて、駕籠に乗った女性神官がいなくなるのを待つ。頃合いを見計らって建物のほうへと近づくと、建物の中に戻ろうとした男性が私たちに気がついた。私は待って待ってと手を振る。


「すみません、ここってエクサ工房ですか?」

「ああ、そうだが。君たちは」

「この本を見て訪ねに来ました!」


 私は肩から提げていた鞄から、馬車で読んでいたカード大全の本を取り出した。それを見た男性は目を丸くする。


「爺様の本を読んでくれたのか」

「お祖父様ってことは、お孫様ですか?」

「そうだ。エクサ工房二代目、ヴェルナーという」


 挨拶をしてくれたヴェルナーさんに、私もイェオリも名乗る。家名はあえて名乗らない。言葉に訛りがあると言われたので正直にハルウェスタから来たと話すと、すごくびっくりされた。


「そんな遠いところからわざわざ訪ねに来てくれたのか」

「仕事のついでだったもので」


 イェオリからすごいジト目を受けてしまう。本当のことだよ。お仕事なかったらアニマソラに来てなかったもん!


 ヴェルナーさんが入ってくれ、と言ってくれたので工房に上がらせてもらう。そうして眼の前に広がった光景に私は思わず。


「オセロ! チェス! ボードゲーム!」


 なんてこと! ここはボードゲームのパラダイスでしたか……!?


 工房の中にはたくさんの職人さんが木を削り、彫り、色んなものを作っていた。作られていくものを見ていると、オセロの駒だったり、チェスの駒だったり、それらで遊ぶためのマス目のある盤だったり。そんな、アニマソラがゲーム国家だなんて、私聞いていないよ……!


 案内をしてくれるヴェルナーさんは、私が反応したオセロの丸い駒を作業机から一つ取り上げると私の手のひらに乗せてくれる。丸く切られた木の板の表に白、裏に黒が塗られている駒。間違いなくオセロの駒だ。


「これはオシェロという盤上遊戯の駒だ。あちらで作っているのはレゼシェック用の駒。お嬢さんはこれを知っているのか?」

「はい。私の知っているものと、名前はちょっと違うのですが」


 オシェロは間違いなくオセロだ。ヴェルナーさんにレゼシェックの駒も見せてもらうと、やっぱりチェスっぽい。遊び方のルールとか、確かめてみたいけれど。


「フェリシア、落ち着け」

「ふぁい」


 興奮して作業者さんの手元を間近で見ていたら、イェオリに首根っこを引っ張られてしまった。ヴェルナーさんは感慨深そうに私たちを眺めていて。


「その様子だと、オンブルのカードについても詳しそうだな」


 オンブル、カード、で我に返る。本命はそっち。はい、深呼吸します。気持ちを落ち着かせて。私はハルウェスタ王国の伯爵令嬢フェリシアです。はい、笑顔を浮かべて。


「私はオンブルによく似たカードを知っています。本のコラムで、詳しくこのカードについて聞きたいと書かれていたので興味を持ったんです」


 にっこりと愛想よくしていると、イェオリが私の背中をつつく。


「おいフェリシア。嘘は良くない。お前がオンブル知ったのは……アイダ!?」


 イェオリの足を踏んづけた。余計なことは言わなくていいのです。


 運良くヴェルナーさんにはイェオリの言葉は聞こえていなかったようで、彼は感慨深そうに頷いている。


「そうか……。奥へ来なさい」


 誘われるまま、私たちは職人さんたちの間をすり抜けて工房の奥へと進む。奥まったところにある部屋に私たちは通された。ごっちゃりとしたその部屋にはゴロゴロと作りかけのおもちゃのようなものがいっぱい転がっている。


「ここは……?」

「工房長の部屋だ。爺様が作った試作品がたくさん残されている」


 よくよく見れば、マス目の多かったり少なかったりする盤上や、形が歪なチェスの駒、色んな絵柄や数字の書かれたトランプのようなものがたくさんある。


「これは、この本の著者の方が残されたのですか?」

「そうだ」


 すごい。こんなにもたくさん、試行錯誤を繰り返していたんだ。


 私は手近にあったチェスの駒っぽいものに触れてみる。石膏で作られたようで真っ白な駒は、パラパラと粉を落としていく。形はポーンに近いかも。ポーンにしては頭でっかちだけど。


 まじまじと見ていると、ヴェルナーさんが私に問いかけた。


「お嬢さんはこれらを見てどう思う」

「すごいと思います」

「どこがどうすごいと?」


 私はぱちりと瞬きして、ヴェルナーさんを見た。

 どこがどう、と言われますと。


「こんなにも試行錯誤していらっしゃったってことは、これを作ろうと思ったヴェルナーさんのお祖父様には、正しい形で伝わらなかったんですよね。でも今、工房で職人さんが作っているものは正しい形をしています。それがすごいと思ったんです」


 本には『祖母の記憶に基づいて著者が再現した』カードが〝オンブル〟だったと書いてあった。トランプを筆頭に、オセロもチェスも、この部屋に詰まっている作りかけのおもちゃたちは、全部、再現しようとして失敗したものたちだと思う。


 思ったことをそのまま伝えれば、ヴェルナーさんは目を見開いていきなり私の肩を掴んできた!


「きゃっ!?」

「本当か!? あれらはちゃんと正しい形になっているか!」

「ちょ、おっさん離れろって!」


 すごい剣幕で私の両肩を掴んできたヴェルナーさんをイェオリが引き離してくれる。私は肩からずり落ちてしまった鞄を拾って、もう一度背負った。痛た、けっこうな力で掴まれたわ……。


「すまない……。俺も不安だったんだ。高祖母は長生きだったが、俺が子供の頃に亡くなった。祖父は高祖母のためにこれらを作り続けていたが、記憶にある高祖母は、もうまともに物が考えられるような人ではなかったんだ」


 物忘れがひどく、自分の息子や孫の顔すら分からない。「マリア」と名乗り、本当の名前すら忘れてしまう。そのせいか、ヴェルナーは高祖母が亡くなるまで彼女の本名を「マリア」だと思っていたくらいで、祖父が建てた工房の名前が高祖母の名前だとすら気づいていなかったとか。


「そんな人の記憶を頼りに作るものだったから、本当に正しい形で作れているのか分からない。父は疑わしく思っていたし、高祖母のためにこうして時間を無為にした祖父のことを軽蔑していたようだった」


 高祖母ということは、えぇと、祖父にとっての祖母だから……曾祖母の母ってことだよね。そんな人が生きていたのはヴェルナーさんが子供の頃だというから、五歳くらいと見積もって……亡くなった頃は九十歳だろうか。私の持ってきた本では『身体が弱くて寝たきりの人』だったそうだし、そんなに物忘れがひどかったのなら認知症を患っていた可能性が高い。そうなると、確かに記憶を頼りに物を再現することは難しくなるよね。


 そうつらつらと考えて、ふと違和感。

 身体が弱くて寝たきりだった女性が、九十歳まで生きる……?


「あの、この本だと著者のお祖母様……エクサさんは病弱だったとあるのですが、実際には長生きされていたのですね」

「あぁ……そういえばそう書いてあったな。祖父の配慮でそう書かれているだけで、高祖母は身体そのものは丈夫だったらしい」


 それならどうして病弱と書かれていたのかと聞くと、エクサさんは幼い頃から妄想癖というか、虚言癖を持っている人だったらしい。そのせいで結婚してからは病弱だと適当な理由をつけられて、家から出させてもらえなかったのだとか。ひどいことだと思うけれど。


「そんな高祖母だったが、祖父だけは、高祖母の言葉を衒いなく聞いて信じていた。……まぁ、その結果がこうなるとは思わなかったが」


 最初に再現できたのはオンブルだったそう。その後、政治的な絡みもあって契約(オンブル)が流行した。その資金で、ヴェルナーさんの祖父はエクサさんが話していた他の盤上遊戯を再現、開発した。それを引き継いで量産体制を整えたのが今のヴェルナーさん。


 エクサさんが亡くなってからのお祖父様は、いつも手探りで作業されていたそう。そんな中、ようやく再現の目処がたった頃にご自身も亡くなってしまった。引き継いだヴェルナーさんも暗中模索でやってきたようで、不安はいつも拭えなかったと話してくれる。


「だからこそ、俺も聞きたかった。高祖母の話が本当だったのか。妄想癖だとか虚言癖だとか、そう言われるべき人ではないと祖父が信じていた。だから尋ねさせてくれ。これらは高祖母の妄想のものではないんだな?」


 ヴェルナーさんの言葉が、痛い。

 妄想癖とか、虚言癖とか、そう言われてしまうと私もつらい。


 もしかしたらエクサさんは、行動を間違えた場合の私かもしれない、とさえ思う。だってきっと、エクサさんは転生者だったんだ。前世と現世の記憶が曖昧だったのかもしれない。だから周りの人に言葉を信じてもらえず、隔離されてしまったのかもしれない。


 知らず知らずのうちに、私は自分の腕をぎゅっと抱いてしまう。変な反応をしたくない。ここで言葉を間違えたら、私も頭のおかしい人になりかねない。だってここには。


(イェオリがいる……!)


 私の真後ろには一緒に話を聞いているイェオリがいる。どこまで話を本気で聞いているか分からないけれど、下手なことは言えない。ここまで踏みこんだ話をするつもりじゃなかったから、連れてきたのが仇になっちゃった……!


 すっと息を吸う。深く深呼吸。言葉を、選んで。


「妄想ではないと思います。だからといって、これがどこ由来のものかは私もきちんとは答えられません。私が知っているものとは名前が違いますから」

「そうなのか?」

「はい。それも私はそれをどこで知ったのか、はっきりと言えないんです。職業柄、私はたくさんの本を読みますし」


 事実だけを話してそれっぽく錯覚させるのは貴族らしい腹芸の一つ。私はあまりこういう腹芸は得意なほうではないけれど、ヴェルナーさんを納得させるには十分だった。


「そうか……いや、名前が違うものでも、確かに存在しているのなら、高祖母の話を信じた祖父も報われる」


 ありがとう、とヴェルナーさんに言われた。

 私はいいえ、と愛想笑い。


「いや、それ、フェリシアが読んだのって、この国から派生したやつかも――アダ!?」


 イェオリくん、お口チャックでお願いします。黙ってないともう一回足を踏みます。


 それに私の話は本当のことなんだから、ヴェルナーさんにはそういう認識で居てほしいの! イェオリには言えないけど! 余計なことを言わないで!


 足を踏まれて半眼で私を見ているイェオリと、余計なことを言ってほしくない私。何も言わずにお互いに圧をかけあっていると。


「ついでだ。今後の参考に聞きたい。君はこのオンブルやオシェロ、レゼシェックをどうしていくと良いと思う?」

「どう、とは?」

「オンブルは他国に普及していくにあたって、カードの絵柄や種類が変わっていった。このオシェロやレゼシェックもいずれはそうなるかもしれないと思うんだが……そうなったらうちの工房もデザインやらなんやら、一新しないといけなくなっていくからな」


 実際今は旧デザインのオンブルカードは売れなくなっていて、創世神話に因んだスートのカードが人気だとか。絵柄は工房ごとの特許のようなものがあるようで、後発のカード工房たちに美味しいところを持っていかれているらしい。


 量産体制ができたばかりのオセロやチェスも、そうなることをヴェルナーさんは見越しているらしい。なるほど、と私は頷く。


「カードと違って、駒のあるゲームはルールが変わることはそうそうありえません。あるとしたら、駒や盤の工夫ですね」

「工夫、か」


 そうです、工夫すればいいんです。


「たとえばオシェロに磁石を仕込んで小型化すれば、持ち運びが簡単になって馬車でも遊べますし。レゼシェックの駒はとても洗練されたデザインなので、硝子や宝石をあしらえば貴族にも売れますよ。私も買います」


 前世で私が見てきたものをポンポンっと挙げてみれば、ヴェルナーさんはぽかんとする。


「じしゃ……? 硝子ってあの硝子か? 硝子でこんな細工が作れるのか?」

「為せば成る、為さねば成らぬ、何事も」


 キリッ! と言ってみれば、ヴェルナーさんはしばし呆けていたものの、瞬きを三回する頃には工房を率いる親方の顔をしていて。


「お嬢さん、うちの工房のパトロンになってくれないか」

「えっ」


 今の話でそうなります!?


【盤上遊戯のマリア】

本名エクサ・タナー。エクサ工房の名前の由来となった女性。現工房ヴェルナー・タナーの高祖母にあたる。およそ百年前の人物で、神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千三百年祭典における神子候補の一人にも選ばれていたが、病弱を理由に神子候補から外れたそう。アニマソラではオンブルが流行していったが、ポーカーや大富豪、ババ抜きのようなトランプゲームも細々と人気がある。エクサ工房より近々、新商品オシェロとレゼシェックが発売予定。


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神子=転生者なんかな、だとしたらエクサさんは本当の神子だったのに虚言癖扱いで閉じ込められたのか
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