14.残業は栗きんとんを添えて
覚えているでしょうか。
私がティモによって「手作りのお菓子を振る舞う」という契約を交わしていたことを。
私は約束事とかはささっと忘れる前に済ませておきたいものなので。残業月間が始まってすぐ、残業前の腹ごしらえとして手作りスイーツを振る舞うことにした。
といっても。「お嬢は珍しい食べ物に興味がある」と思った料理長が、栗っぽい味の木の実を仕入れてくれたので、彼にそれを蒸してもらって、私はそれと調味料を混ぜるだけだったけども。
そうして出来上がったのが、この栗きんとんです! 栗が凝縮されて口に広がる上品な甘さ……。美味しくて大好き。
「ティモさん、トゥロさん。約束の品です」
「やったー」
「ありがとう〜」
契約を交わしたのは二人だからね。まずは二人に差し入れ。美味しく食べて貰えているようで良かった。私は混ぜるだけだったけど。
「イェオリもどうぞ」
「あんがと」
イェオリは不思議そうに栗きんとんを眺めてから、ぱくりとひと口。
「あ、うま。本当にフェリシアが作ったのか?」
「ちゃんと作ったよ」
蒸す段階で竈の火力調整の方法が分からず、沸騰したお湯にびっくりして、竈ごと水をぶっかけようとしたあたりで料理長から再度の厨房出禁を宣言されそうだったけど。そのせいで栗もどきを潰して材料を混ぜるしかさせてもらえなかったけど。でもまぁ、半分は作ったと胸張って言えるから!
「ヴィクトル様もどうぞ」
「ありがとう」
ヴィクトルもためらいなく口に運んでくれる。ぺろりと平らげてくれて、私も満足。良い食べっぷりです。
「フェリシアってやっぱり美味しいものが好きなのかい? このお菓子もそうだけど、けっこう変わったものを好むよね」
「そうですか?」
そんな変わったものを好きだと言われるくらい、食いしん坊だと思われてるの? どうして?
「サンドイッチとー」
「お米と〜」
「カレースパイスもだな」
……身に覚えしかなかったわ。
私がそよっと視線を泳がせていると、ヴィクトルが書類を一枚差し出してきた。
「長期出張前で悪いんだけど。イェオリと二人で短期出張に行ってきてほしいんだ」
「今の流れで言うことですか?」
「外国の美味しいものが食べたいだろうな、と思って」
ヴィクトルなりの優しさですか? え、でもそんな食べ物につられて出張に行くと思われてるのかな、私。それはそれで微妙な気持ちになる。
「出張ってどこですか」
聞き耳を立てていたらしいイェオリが、自分の名前も出たからかヴィクトルの執務机にまで寄ってきた。私とイェオリが並んで立っていると、ヴィクトルは肘をついて悩ましげな幹部ポーズを取る。
「アニマソラに寄付金を持って行ってほしいんだ」
「寄付金ですか?」
どうして? とイェオリと顔を見合わせる。
ヴィクトルはもう一枚の書類を差し出してきた。
「三年後、アニマソラ神樹国主導で、神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千四百年祭典があるのは知ってるよね。その寄付金が届いていなかったんだよ」
神樹ゴドーヴィエ・コリツァはアニマソラ神樹国の中心にそびえる大きな大樹。大陸神話にも関わっていて、暦は神樹ゴドーヴィエ・コリツァの年輪によって定められているほど。その神樹のお膝元であるアニマソラ神樹国での祭典は、当然盛大なものになる。
宗教的にも大陸の多くの人々が信仰しているから、国家間行事としても一目置かれている、というのは聞いている。ハルウェスタ王国もアニマソラ神樹国から神官を呼んで式典を行う予定だし。だから外交官の仕事も今後増えていくよって、二年前くらいから言われていたかな。
「寄付金が届いてなかったって、道中で野盗にでも襲われたんですか?」
「もっと悪い。横領だよ」
私とイェオリの間に緊張感が走る。まさか外交官の誰が、と戦慄が走ったものの、外交官ではなく財務官によるものだったとか。寄付金を運ぶ途中で発覚し、外交官たちは取って返してきて今は事後処理中なんだって。
「とはいえ、このまま寄付金を届けないというわけにもいかない。上層部が国家としての面子を保ちたいからと、緊急で外交官を送れって言ってきたんだ」
それなら双子にとんぼ返りでアニマソラに行ってもらえば良いじゃない、と思っていれば、その双子が当事者だったみたい。アニマソラに入国してすぐ取って返してきたんだって。だから帰国が早かったんだ。
「なんとか寄付金をかき集めたから、あとは外交官を選出するだけなんだけど……僕は半年後にあるサピエンス合衆国の長期出張に向けて調整を続けないといけないから行けない」
「ヴィクトル様、私もサピエンス合衆国に行く予定ですけど」
「君はだいたい僕におんぶに抱っこでしょう。契約のおかげで、君とイェオリがちょっと出張に行くくらいならなんとかなりそうだからね」
それを狙って『この場にいる全員の残業一ヶ月分』を賭けた契約をしたの? ヴィクトルの段取りの良さに惚れ惚れしちゃう。
「急ぎの案件だからね。三日後には出立。馬車の御者を二人つけるから、駅逓で馬車を乗り継いで昼夜問わずに走ってもらう予定。いつもの三倍の速さで移動できるよ」
「マジっすか。俺は良いですけど、フェリシアは」
イェオリがちょっとだけ可哀想な目で私を見てくる。そんな目を向けられるなんて心外だよ。私だって近隣諸国の出張に行ってるんだから。外交官として慣れてきたんだよ?
「当家自慢の高級クッションを持参します」
「らしいから、平気だね」
ヴィクトルがもう慣れきってしまったような対応でさらっと流してしまう。それを聞いたイェオリが残念そうな視線をこっちに向けてきた。でも大切なことだよ、馬車移動におけるクッション選びって。私は外交官として学んだんだよ!
「二人はそのつもりで今日から準備に入って。日程とか細かいことは今渡した紙に書いてあるから。よろしくね」
私とイェオリはヴィクトルからの指令に承諾する。
自分の席に戻りながら、私はアニマソラ神樹国に思いをはせた。
トランプによく似たオンブル。
それが発達した国、かぁ。
双子には断られてしまったけれど、オンブルについてもっと詳しく知れるかもしれない。マークの使い方や絵札を見るに、転生者と関係している可能性が高いもの。これは良い機会。日程は少ないとはいえ、なにかしら実のあるものを拾って帰りたい。
そうと決まったら、アニマソラで調べたいことについてメモしておかないとね!
作者は岐阜県出身なのですが、子供の頃、なぜ世の中には二種類の栗きんとんが存在するのか不思議に思ってました。大人になって正月の栗きんとんの原材料のほとんどがサツマイモだと知り、ヤツを二度と栗きんとんと認知することができなくなってしまいました……。
岐阜に来た時は是非、茶巾絞りの栗きんとんをお買い求めください。